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別荘での日々 ゼロ

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 3月に入った。
 少しずつ温かくなっている。
 最初の土曜日に、栞が遊びに来た。
 昼食を一緒に食べる。
 今日はキノコのリゾットだ。
 
 「やっぱり石神くんの家の食事は美味しいね!」
 「そうか。もっとちょくちょく来いよ」
 「うん!」

 食事が終わり、俺は拡張した現場を栞に案内した。
 土日は工事を休んでもらっている。

 「随分と広くなるね」
 「ああ。多くは皇紀と双子の研究施設とかだけどな」
 「でも、あのガラスの空間が楽しみだよね」
 「そうだよなぁ」

 「出来たら、もう別荘は行かなくなるのかな?」
 「それは無いよ。あそこは別な楽しみもあるしな」
 「そう」
 「何も無い、というな。そういうものが重要なんだ」
 「なるほどね」

 俺は別荘での楽しい日々を思い出した。
 子どもたちとの思い出が多いが、他にもある。

 「最初に別荘に行った時にさ」
 「うん」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺が今の家を建てた翌年。
 お袋が死んだ。

 再婚して離れて暮らしていたので、お袋の状態に気づけなかった。
 山口にいたため、数年に一度くらいしか会うこともなかった。
 いずれ折を見て一緒に暮らそうと思って建てた家に、俺は独りで住んだ。
 お袋は死ぬ前に墓参りは不要だと言った。
 山口まで俺が出掛けることを考えてのことだろう。
 俺は毎日仏壇に手を合わせることにした。
 

 仕事に没頭して、その悲しみを紛らわせていた。
 仕事というのは、本当にありがたい。
 最愛の人間の死も、仕事があったお陰で乗り越えられた。

 倒れた。
 過労のためだ。
 俺は院長に叱られ、ちゃんと休みを取るように言われた。
 以前よりは良かったが、やはり家に独りでいると気が滅入る。
 そんな時に、中山夫妻から財産贈与の話が来て、俺は慌てた。
 話し合いの上で、俺が別荘を建てるからその維持管理を頼む、ということになった。
 もちろん管理費は払う。
 しかし、中山夫妻は俺のために何かが出来るようになり、喜んでくれた。

 なんで、あんな話になったのか。
 今でも不思議だが、自然にそういうことになった。
 俺は別荘なんか欲しくもなかったし、遊び全般に興味が無かった。




 別荘の設計や調度品を考えている時、俺は仕事と同じように気が紛れていることに気付いた。
 特に、実現できなかった奈津江と顕さんと話した、ガラスの通路を作ろうと思い付き、夢中になった。

 完成した年の夏に、俺は出掛けた。
 お袋の遺影を持って行った。

 ベンツの助手席に遺影を置き、ずっとお袋に話しかけて走った。

 中山夫妻が別荘で待っていてくれ、俺を中へ案内してくれた。

 「素敵な別荘ですよ」
 「お世話になりました。これからも宜しくお願いします」

 一通り説明を聞き、俺が持って来た食糧を入れようと冷蔵庫を開けると、既に多くの食材が納められていた。
 俺が幾ら遠慮しても、毎回そのようになっていた。
 今もそうだ。

 俺は食事を作り、独りで食べた。
 何もない。
 誰もいない。
 しかし、そこにいると、気が滅入ることもなかった。
 外は自然が拡がり、独りでいることが当たり前の空間だった。

 夜になり、俺は初めて屋上に上がった。
 涙が出る程、美しかった。

 お袋の遺影をテーブルに置き、静かに酒を飲んだ。

 「お袋、ここはいいだろう?」
 「ここはさ、奈津江と奈津江のお兄さんと話してたんだよ。いつか作ろうって」
 「もう奈津江もいないんだけどな。どうして作っちゃったかな」
 「でもさ、作って良かったよ。だって、こんなに素敵な場所になったんだぜ」

 俺は思い出して、下でコーヒーを淹れて来た。

 「悪い悪い、お袋の飲み物がなかったや」

 お袋はコーヒーが好きだった。
 再婚する前は、喫茶店をやりたいとも言っていた。
 俺も自然に、コーヒー好きになった。

 俺はギターを持って来て、一晩中弾いて歌って、お袋と話した。
 明け方になって、外の景色が見えるようになってきた。

 「あれ、なんか恥ずかしいな、こりゃ」
 俺は笑って下に降りて寝た。



 昼過ぎに起きて、散歩に出た。

 「あっついなー!」

 すぐに戻って風呂に入る。
 まるでバカだと自分で笑った。
 しかし、何もしなくていいという環境が、俺を明るく笑わせた。

 夜にまた屋上に上がり、同じようにお袋と話した。
 これまで話してなかった恥ずかしいことなども話した。

 「実はさ。小学生の時に、知子ちゃんと初めてやったんだよ! ごめんな!」

 俺が何を話しても、遺影のお袋は、ずっと生前の優しい微笑みのままだった。

 「俺は20歳まで生きられないって言われたろ?」
 「何が悲しいって、お袋が泣くだろうと思ってさ。それだけがどうしようもなく辛かった」
 「だから良かったよ。お袋の後で死ねるんだからな! ああ、本当に良かった」
 「でもちょっとお袋、死ぬのが早いよ。もうちょっと生きてて欲しかったよ」

 69歳だった。
 お袋が入院して、俺は月に2度、見舞いに通った。
 脳腫瘍で意識が徐々に無くなって行く。
 食事も摂らなくなっていく。
 俺はスープを作って持って行くようになった。
 最後まで、少しでも食べられるようにと思った。

 頭関連でご利益があるという奈良の寺に行き、祈祷してもらった。
 治して欲しいとは願わなかった。
 ただ、安らかに逝って欲しいと願った。
 そうなっていい、本当に優しい人だったと寺の人に話した。
 群馬の山の中で堂守をしている人がいると聞いた。
 俺が出掛けて事情を話し、祈祷してもらった。
 その人は、俺が頼みもしないのに、毎日お袋のために祈祷をしてくれた。
 俺は、あちこちの寺や神社に頼んだ。

 お袋は、末期にもまったく苦しむことなく眠るように逝った。

 俺は毎晩の屋上でのお袋との話が、楽しくてしょうがなくなった。



 俺は三日間別荘で過ごして帰った。

 「あれ、石神先生」
 「はい?」
 「いえ、なんだか雰囲気が。ああ、ごゆっくりされたせいですね。穏やかなお顔になってますよ」
 「そうですか? あ、たくさん食材をいただいてしまって。お陰で一度も買い出しに行かずに済みました」
 「いえいえ、うちで捕れた野菜ばかりで申し訳ない」

 俺は中山夫妻に鍵を渡し、また管理をお願いした。

 帰りの高速は信じられないほどに空いていて、俺は半分の時間で家に帰った。 





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「最初は独りで出掛けたわけだけど、もうあそこが気に入っちゃってなぁ。夏には毎年行くし、ときには冬とか春にも行った。冬は雪があるけど、それもまたいいんだよ」

 「そうなんだ。いつか行きたいな」
 「おう、一緒に行こう」

 俺たちは中へ戻った。

 「さて、ロボと遊ぶかな!」
 「アハハハハ」



 たわしのオモチャで遊び、段ボールに突っ込ませ、ジルバを踊った。
 栞も子どもたちも、笑ってそれを見ていた。

 もう、俺は独りではない。  
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