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置き去りイタリアン

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 一江のデスクマットの下。
 韓国の人気歌手Jの顔写真がある。

 褒められたものでもないが、本人が好きなんだろうから、そのまま置かせていた。
 一江のデスクには、俺と同様にうず高く論文や資料や本が積まれている。
 誰も見てないと思って、時々Jにキスをしている。
 ニヤニヤしている。
 本当に気持ち悪い。
 Jがちょっと気の毒だ。

 少し前に、一江に誘われてコンサートに行った。
 俺もちょっと好きになった。
 リズム感がいい。
 顔も清潔感がある。

 「あぁ、ジェイさま……」

 しかし、一江が乙女のようなため息を吐くと、食欲が無くなる。
 
 

 俺は誰が人を好きになろうと文句はない。
 恋は素晴らしい。
 俺だって奈津江を今も愛しているし、他に恋人もいる。
 しかし、一江を見ていると気分が悪い。
 理屈じゃない。



 「おい」
 「はい」
 「ブサイク」
 「なんですよ、もう!」

 「ジェイに会いたいか?」
 「え!」

 「会わせてやろうか?」
 「ほんとですか!」
 「俺が嘘を言ったことがあるか」
 「はい! たくさん!」

 一江の頭に拳骨を落とした。

 「イタイイタイイタイ!」

 「丁度木曜の夜に会うんだ」
 「えぇ!」
 「会わせてやろうか?」
 「はい! 是非!」

 「じゃあ、もうそれは取れ」
 「え?」
 「お前の気持ち悪いキスシーンは見たくねぇ」
 「あ、バレてました?」
 「取れ」
 「もう、妬いてんですかぁー、まったくぅ」

 俺がフルパワーでぶん殴ろうとすると、大森が必死に止めた。

 「離せ、大森! こいつのブサイクを整形してやるんだ」
 「ダメです、部長! 一江は貧弱なんですから!」

 「おい! 処置室の手配だ!」
 「いや、ICUを空けとけ!」
 
 部下たちが騒ぐのでやめた。

 「木曜日の夜は空けとけよな」
 「はい! さすが部長ですぅー!」





 木曜日の夜。
 あれから一江は写真を外し、俺の写真を敷いた。
 
 「ありがとー、部長! チュ!」
 激しい頭痛がした。

 俺はベンツに一江を乗せ、飯倉近くのイタリアン・レストランへ行った。
 前に斎藤の女を置き去りにした店だ。

 「ちょっと個室で打ち合わせがある。お前は適当に何か飲んで待ってろ」
 「は、はい!」

 一江が珍しく本気で化粧をしている。
 服も上等だ。
 バッグも今日はフェリージではない。
 ヴィトンのダミエだ。
 俺はジェイと公安の問題を打ち合わせ、個室を出た。
 一江が下を向いている。
 恥ずかしくて直視できないでいる。

 「おい、顔を上げろ。ジェイだ」
 「ハーイ!」
 ジェイが片手を上げた。

 「?」
 一江が二メートルを超える黒人のジェイを見ている。

 「誰?」
 「ジェイだよ。俺の親友だ」
 「はい?」
 「じゃあ、ジェイ。あとはこいつとデートしてやってくれ」
 「分かったよ、タイガー。お前の大事な女性だ。精一杯楽しませるさ」
 「一江、ジェイは英語しか話せねぇ。日本語は今勉強中だ」
 「へ?」

 「楽しんで来い」
 「あの、部長!」

 俺は笑いを堪えて店を出た。
 この店はこれから「置き去りイタリアン」と呼ぼう。




 その晩、ジェイから電話をもらった。
 
 「タイガー! 今送って行ったよ」
 「そうか、ありがとう」
 「カワイらしい女性だね」
 「お前、うちの脳神経科に来い」
 「アハハハハ!」

 ジェイは楽しそうだった。

 「楽しませてくれたか?」
 「ああ。ロッポンギで遊んだよ」
 「そうか、ありがとう」
 「手は出してないよ」
 「お前が正常で良かったよ」
 「アハハハハ!」



 翌日の金曜日。

 「部長、昨日はどうも」
 「楽しんだか?」

 「はー? あのね、ジェイってあのジェイ様じゃなかったじゃないですかぁ!」
 「俺は歌手のなんて一言も言ってねぇ」
 「またそうやって人を騙してぇ!」

 俺は笑って悪かったと言った。

 「でも、楽しかっただろ?」
 「ま、まあ」
 「お前、デートの経験なんてこれまで無かったろうよ」
 「それはそうですけど」

 「どこに行ったんだよ、あの後?」
 「あそこで一緒に食事をして。それからタクシーで六本木のクラブに」
 「おー! 楽しそうだな!」
 「はい、楽しかったですよ。私はダンスなんて全然ですけど、ジェイがいろいろ教えてくれて」
 「そうかそうか」

 一江が思い出して笑顔になっていく。
 良かった。

 「楽しい話も一杯してくれて。ああ、部長とのグアムの出会いも聴きました」
 「ほうほう」
 「とんでもなく強くて。ガンも抜群でって」
 「まあなー」
 「最初はゲイだって思ってたって」
 「アハハハハ!」

 「襲われたら自分じゃ敵わないからちょっと怖かったって」
 「そうかよ」

 「まあ、何にしても本当に楽しかったです。ありがとうございました」
 「いいよ、可愛い部下のためだからな」
 「でも、騙したことは忘れません」
 「アハハハハ!」
 「もう! 最高にオシャレして行ったのに!」
 「ああ、綺麗だったぞ?」
 「ほ、ほんとですか!」

 一江が嬉しそうな顔をする。

 「ああ、ジェイが電話くれて、「カワイらしい人だった」ってさ」
 「え!」
 「うちの病院で精密検査をすると言っといた」
 「な、なんで」

 「まあ、良かったじゃねぇか」
 「は、はい!」




 「あの、部長」
 「あんだよ?」
 「また、良ければジェイさんに会いたいな、とか……」
 「ああ、その目はねぇな」

 「そんなぁー」
 「今度サルでもプレゼントしてやるよ」

 一江が俺に殴りかかり、大森が必死に止めた。
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