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双子M&A: レストラン「ミート・デビル」篇

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 「タカさんのお料理って、本当に美味しいよねー」
 「うん、毎日幸せ!」

 石神に引き取られて間もなく、ようやく子どもたちは石神との生活に慣れて来ていた。
 その最大の理由が、毎回石神が作ってくれる食事にあった。

 石神の忙しさは、しばらくすればみんな分かっていた。
 病院での難解な手術は石神に集中し、時には10時間を超える長時間のものもあった。
 しかし、石神はまったく疲れた顔を子どもたちには見せなかった。
 夕飯が遅れることはしばしばで、時には一ノ瀬さんという家政婦の人が作ってくれた。
 それでも、石神は最大限の努力をし、なるべく自分で作ろうとしてくれる。
 その優しさが、食事に詰まっているように感じた。
 最初はハンバーグだった。
 そして洋食、和食を中心に、いろいろなものを食べさせてくれる。
 
 「一杯食べろよ!」

 明るい声でそう言ってくれる。
 ルーとハーは嬉しくて有難くて泣きたくなって、石神に感謝した。
 それは姉や兄も同じだったが、二人はまた別な点からも見ていた。
 石神の料理には幸せを呼ぶ力がある。

 それをどう表現していいのか分からない。
 たくさん食べることで、美味しくて幸せになり、石神も喜んでくれて幸せになる。
 そしてもう一つ。
 いつか食べた自分たちが石神を幸せにすることが出来る。

 そのことに気付いた。
 気付いたら、何かが変わった。
 一層食べられるようになった。
 同じ血を引く姉も兄も、そのことが無意識に分かっているようで、自分たちが変わると姉も兄も変わった。
 特に姉が変わった。
 時々、人間でなくなった。


 最初は石神に心配された。
 消化の限界を超えている。
 でもそれも、自分たちが元気で明るく笑っていることで、やがて気にしなくなった。
 それに、どんなに食べても怒ることはもちろん、嫌な顔一つしなかった。
 「ケダモノ」「肉食獣」「肉バカ」、そう言いながらも、嬉しそうに笑っていた。
 ただ、他人の家、特に御堂家では遠慮しろとしょっちゅう言われた。
 御堂家のみなさんが喜んでくれるのを見て、それもあまり言われなくなった。

 そのうち、自分たちも手伝うようになった。
 最初はルーもハーも食器を運んだり洗ったりするだけ。
 それから少しずつ料理を教わった。
 それがまた、楽しかった。

 子どもたちだけでも、ほとんどの料理が出来るようになった。
 もちろん、石神が作る高度なものではないが。
 ハンバーグを焼くと、皿にソースのデコレーションをするのは石神だった。
 それで、その皿が全然違うものになる。
 姉が作ったものを石神が味見をする。
 一発OKが出ても、それでまったく違うものになる。

 また、石神自身もよく作ってくれていた。
 本格的なフレンチや和食を作り、別荘ではウナギを大量に作ってくれた。
 姉はよく石神と夜にお酒を飲むようになり、一緒につまみを作っている。
 それが本当に楽しそうだ。
 双子にはよく分かる。




 「こないだ六花ちゃんから聞いたんだけど」
 「なーに?」
 「うちは中華を作るには、火力が足りないんだって」
 「そーなんだ」
 「だから、タカさんは本格中華を作らないんだね」
 「チャーハンとか餃子なんかはよくやるけどね」

 「食べたいね」
 「食べたいね!」

 兄の開発するシステムのために、いろいろな会社を買収した。
 こないだは、自分たちの服を作るために、アパレルショップを買った。
 今度は、レストランを買おう。

 二人は探した。
 M&Aの専門会社を持っている。
 そこで探させた。

 「CEO、どういうレストランが宜しいでしょうか?」
 小学生の双子に、恭しくM&A会社「リュカオン」の社長・貝原が聞いた。
 社名は、石神がつけた。

 「お二人がお好きなものが宜しいかと」
 「「肉!」」

 中華ではなかった。
 二人は聖にニューヨークでご馳走になった、ステーキハウスを思い出していた。
 その話をする。

 「かしこまりました」

 三日後には、幾つかの候補の店が提示された。
 二人は貝原を連れて試食に行く。
 気に入った店があった。
 美味しい。
 店の雰囲気がいい。
 何よりも、二人が5キロずつ食べても笑顔でいる。

 アメリカ人のシェフが、日本で開いた店だった。
 しかし、日本人に頻繁にステーキを食べる習慣もなく、経営が傾いていた。
 安い立ち食いステーキが流行ったのも向かい風だった。
 また石神に店名を考えてもらった。

 《ミート・デビル》

 従業員や社長はそのままで、二人はそのレストランを買い取った。

 「どうやって宣伝すればいいかな」
 「またみんなにショーをやってもらう?」
 「ちょっと今回は違うんじゃない?」
 「鷹さんのアフロもダメかぁ」
 「見たいけどね」

 仕入れは「梅田精肉店」でいい。
 従業員も明るくて誠実な対応でサービスしてていい。
 お店の雰囲気も高級感があっていい。

 客は来ない。

 二人はしょっちゅう店に入り、大量のステーキを食べながら、どうすればいいのかを話し合った。
 毎月、経理報告を聞く。

 「以前の瀕死の状態から、持ち直しています」
 元のオーナーからそう言われた。

 「え、そうなの?」
 「何もしてないんだけど?」

 でも、試算表を見ると確かに赤字では無くなっている。
 
 「おかしいね」
 「なんだろうね」

 客は以前と同様に、多くは無い。
 多少、石神や関係者が利用してくれるようにはなった。

 二人は大量のステーキを食べながら、また話し合った。

 1年後。
 相変わらずの黒字収支を不思議に思い、元オーナーに、どう思うのか聞いてみた。

 「え?」
 「だからぁ、どうしてお客さんがそんなに増えてないのに黒字になったのかってこと!」

 「それは、あの」
 「何よ!」

 「お二人がいつも大量に注文して下さってるので」
 「「!」」
 
 「以前の数か月分の売り上げがあります」
 「「……」」




 やがて、二人の始めたアパレルショップで、「アニマル・ヘッド・ショルダー」が大ヒットした。
 雑誌やメディアの取材を多く受けるようになった。

 「成功の秘訣は?」
 「しょっちゅう「ミート・デビル」でステーキを食べることね!」
 「え?」
 「あそこのステーキを食べると、アイデアがどんどん浮かんでくるの!」
 「そーなんですか!」

 「ミート・デビル」は大盛況となった。
 可愛らしい双子の笑顔の食事風景が巨大な写真で店内に飾られ、その前で記念写真を撮ると成功するという都市伝説が生まれた。
 ウェイターやウェイトレスの制服が、「アニマル・ヘッド・ショルダー」の特別デザインに変わり、それも話題を呼んだ。




 「あ、タカさん、また行列ですよ!」
 「そうだなぁ。今日は諦めるか」
  
 そう言いながら石神と亜紀がレストランに近づいた。

 「石神様!」

 ウェイターの一人が気付き、外へ出てきた。

 「お寄り下さったんですか?」
 「ああ。でも混んでいるようなんで、また改めて来るよ」
 「とんでもございません! オーナーから石神様は最優先でお席を取るように申し付かっています」
 「でも、それは待っている人に悪いよ」
 「ご安心を。特別席がいつもキープしてありますから!」
 「そうなのか?」
 「はい! どうぞ!」

 長身の高級スーツを着るダンディと、美しい女性のカップルを、並んでいる人間たちが見惚れている。

 二階の突き出たテラス席で楽しそうに会話しながら食べる石神たちを、多くの人間が眺めた。
 「ミート・デビル」は、恋人たちの聖地と呼ばれるようにもなった。

 「あそこで食事すると、永遠の愛になるんだって!」
 「こないだ電撃結婚した芸能人の〇〇たちは、あそこでプロポーズしたらしいよ!」

 ネットで「ネットバー・プロトンさん」という人気の高いサイトで様々な噂が発信された。
 管理人のプロトンさんは、ツイッターやSNSでも世界的に高い人気だ。






 「ところでさー、ハー」
 「なーに、ルー」

 「中華を食べたかったんだよね?」
 「あ!」

 「でもさ、中華ってやっぱお店で食べればいいんじゃない?」
 「そうだよね」

 石神と同じ結論になった双子だった。
 
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