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早乙女久遠

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 俺が家に着いたのは、午後4時のことだった。
 車の音を聞いてロボが玄関で亜紀ちゃんと待っていた。
 ロボの熱烈歓迎を受けながら、応接室を指さす亜紀ちゃんを見た。
 亜紀ちゃんにロボと荷物を預け、中へ入る。

 「お待たせしました。石神です」
 ソファに座っていた男が立ち上がった。

 「警備局(公安)の早乙女だ」
 それだけだった。
 名刺も寄越さない。

 190センチ近い長身に鍛えている肉体。
 ごついが整った顔。
 白髪の混じった長い髪。
 黒のスーツ。
 年齢は44歳と聞いている。

 俺に似ている。
 面白そうな男だ。

 「ちょっと友人の家へ行っていたものですから」
 「御堂か」
 俺のことは調べているようだ。

 「今日はどのような用件で?」
 「赤星綺羅々の件だ。お前が困っているという」
 「そうですか」
 俺は一目見て、隠すつもりはなくなった。

 「あいつとやり合うつもりか?」
 「ええ。あれは人間と思っていません」
 「同感だな」
 早乙女はあっさりと認めた。

 「早乙女さんは同じ警備局の仲間ですよね?」
 「やめてくれ。あんな連中と同じつもりはない」

 俺は亜紀ちゃんにコーヒーを持って来るように言った。

 「でも、優秀なんでしょ?」
 「確かにな。今までに幾度も日本の脅威になる勢力を潰しているのは確かだ」
 「だったら上の人間の信頼も」
 「ある。しかし、それ以上に毛嫌いしている人間も多い」
 「多くの人間が攫われて殺されていると聞きました。ど変態の後でね」
 「お前はどこでそれを!」

 亜紀ちゃんがコーヒーを持って来た。
 すぐに出て行くように言った。

 「どうしてあんな連中を放置するんですか?」
 「優秀だからだ。あいつら以上にやる連中は他にない」
 「腐ってますね」

 俺がそう言うと、早乙女は一瞬怒りの表情を見せ、黙り込んだ。

 「俺は何度も上に進言した。証拠も出した。全部握りつぶされたよ」
 「でも今回は違う」
 
 早乙女が俺を見た。

 「お前は潰せるのか?」
 「さあ。俺は真面目に生きているだけの人間ですから」
 「お前のことはある程度は分かっているつもりだ。どうやったかは分らんが、フランス外人部隊の襲撃を跳ねのけた」
 「よく分かりません」
 「証拠は無い。お前も注意深いようだし、赤星たちが掃除している」
 「そうなんですか?」

 「あの襲撃は日本では未曽有の大規模なテロだ。なにせ攻撃ヘリや装甲車まで出たんだからな」
 「ああ」
 「今日お前が行っていた御堂の家でもそうだな」
 「あいつは何も言ってませんでしたが」
 
 襲撃の物的証拠は徹底的に隠した。
 ただ、攻撃ヘリの飛行の目撃はどうしようもない。

 「まあいい。あの襲撃は日本の警察では手に負えない規模のものだった。自衛隊の出動が必要だったが、もっと多くの被害が出ただろう」
 「そうですか」
 「石神、お前は何かの力を持っているようだ。しかし赤星たちは狡猾だぞ」
 「はあ」
 「上の連中は、実績の優秀さだけで放置しているんじゃない。あいつらを恐れているんだ」
 「大変ですね」

 「何度か止めようとした人間がいる。全員が死んだ」
 「……」

 早乙女はコーヒーを口にした。

 「なかなかいい味だな」
 「ありがとうございます」
 「お前はすでに何人かやったな?」
 「何の話ですか?」

 「もう、激突は避けられない。お前は奴らと戦うしかないぞ」
 「そうですか」
 「自信がありそうだな」
 「いえ。ただ、俺はやらなきゃならんことをやっていくだけです」

 早乙女は俺を見ていた。

 「俺は親父と姉をあいつらに殺された」
 「え?」

 「親父も警察官だった。ある事件で赤星たちの尻尾を掴んだらしい。その直後に殺され、姉は見せしめに殺された。俺に対するな」
 「それは逆効果じゃ」
 「その通りだ! 俺は絶対にあいつらを潰す! 絶対にだぁ!」

 「早乙女さん」

 「俺はずっと待っていた。あの鬼共と戦う人間を! 石神、お前はあいつらと戦うのか!」
 「そうですね」
 「だったら俺もやるぞ。石神、俺も一緒に戦わせてくれ」

 俺はしばらく待っているように言った。
 ノートPCとハードディスクを持って来る。
 早乙女に、ジェヴォーダンの襲撃の映像を見せた。

 「!」

 「この戦闘では通常兵器が無効でした。うちの子どもたちでもギリギリでした。俺たちの力は、これですよ」
 「こんなことが……」
 「もう、世界は深い闇に覆われつつある。小悪党に関わっていられない。俺たちは一丸となって、闇に立ち向かわなければならないんです」
 「俺は……」

 「まだ公表はできません。しかし、アメリカは既にこいつらの脅威を知っています。新宿中央公園の爆発は、その先兵との戦いでした」
 「あの爆破テロか!」
 「俺たちの戦闘力を測るためのものでした。あの外人部隊もそうです」
 「!」
 「お互い、銃火器はほとんど無効です。だから、あの特殊な拳法ですよ」
 「赤星の部下をやったのも?」

 俺は答えなかった。
 
 「綺羅々たちに襲われても、俺たちをどうこうできません。まあ、その前に決着するつもりですけどね」
 「どうやってだ!」
 「形に嵌めますよ。あいつらが散々やったことだ」

 「俺にも協力させてくれ」
 「お願いします。俺が言い逃れできない状況を作ります。それで警察側の意見をまとめて下さい」
 「どうすればいい?」

 「あいつらは凶暴なテロリストです。だから粛清される」
 「出来るんだな?」
 「任せてもらえればね」
 「頼む!」

 早乙女は泣いていた。

 「これで、これでやっと」

 早乙女は俺に言った。

 「一つだけ頼みがある」
 「なんですか?」
 「赤星たちが始末される時、俺も一緒に観ていたい」
 「あんた、警察官でしょう?」

 「俺は早乙女久遠だ」

 俺は笑った。
 まったく俺にそっくりだ。

 「まあ、条件次第ですね」
 「何でもやる」
 「綺麗事じゃねぇぞ?」
 「分かっている」

 俺の威圧に、早乙女は一切ビビらなかった。
 俺たちは手を握った。



 早乙女は連絡先だと言って、電話番号を書いたメモを寄越して帰った。



 「タマ」
 黒い痩せたイタチが現われる。

 「どうだった?」
 「あいつが言った通りだ。父親と姉が殺されている。相当恨んでいるぞ」
 「俺に協力するというのは?」
 「本心だ。お前に感謝していた」
 「そうか」

 「お前の経歴をある程度掴んでいた。暴走族で暴れていたこと。傭兵の経験もな」
 「そうか」
 「証拠は握っていないようだが、お前が外人部隊との戦闘に関係していると思っていた」
 「どの程度だ?」
 「まあ、勘だな。お前の車の目撃情報や御堂の家の周辺でもヘリの目撃情報から、あいつが感じていたようだ」
 「そうか」

 「こんなものでいいか?」
 「十分だ。また頼むぞ」
 「いつでも呼んでくれ」





 公安の中に協力者が出来たことは有難い。
 俺は笑みを浮かべた。
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