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タンデムの女 Ⅱ

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 高校に入り、俺は杉本と再会した。
 杉本は髪を明るい茶に染め、薄く化粧をしていた。
 
 「杉本、久しぶり」
 「石神くん、またおっきくなったね」

 俺たちは笑いながら再会を喜んだ。
 杉本は1年10組だった。

 あまり接点は無かったが、廊下で会ったりすれば挨拶し、少し話すこともあった。
 しかし、それは俺の取り巻きにいい印象を与えなかった。
 俺が知らない場所で、杉本は俺と距離を置くように言われていた。

 ある日、同じクラスの男子がヘンなことを言っていた。

 「10組の杉本ってさ、ヤリマンなんだって」
 「ほんとかよ!」
 「ああ、同じ中学だった奴から聞いたんだ。金を渡せば誰でもやらせてくれるんだってよ!」
 「おい! 幾らだよ!」
 「3000円だってさ」
 「俺、やるよ!」

 俺が近づくと、話していた三人が俺を見た。

 「石神くん……」
 「おい、あんまり下らないことを言うなよな」
 「え、でも」
 「杉本はそんな奴じゃない。俺は小学校から知ってるんだ」
 「そうでも、僕はちゃんと」

 俺はそいつの髪を掴んだ。

 「俺が言ってんだけど?」
 「うん、分ったよ!」




 それからも、度々そんな噂を聞いた。
 派手な見た目になった杉本は、その噂を肯定しているように見られていた。
 最初は仲の良かった女子生徒も、杉本から離れて行った。
 高校二年の夏休みが終わると、杉本はあまり学校へ来なくなった。

 俺はいろいろな噂話に詳しい、取り巻きの女に聞いてみた。

 「あー、杉本ね。あの子、〇〇高の不良と付き合ってるらしいよ?」
 「そうなのか」
 「うん。よく駅前であいつらの仲間とつるんでるって」
 「ありがとう」

 俺はそいつの名前を聞いた。
 〇〇高に、バイクで出掛けた。

 下校時刻に俺が校門で立っていると、不良たちが集まって来る。
 腕を組んで、俺を見ている。

 「なんだ、てめぇは?」
 10人も集まった後で、俺に一人が聞いて来た。

 「岩崎って奴を連れて来い」
 「あんだと!」

 俺はそいつの鼻を潰した。
 残りが取り囲んでくる。
 
 「あ! トラさん!」
 族の後輩が俺を呼んだ。

 「なにやってんすか?」
 「二年の岩崎って知ってるか?」
 「はい、そいつに御用で?」
 「連れて来てくれよ」
 「分かりました!」

 「おい、お前!」
 取り囲んだ一人が呼び止めた。

 「あのね、この方は「ルート20」の赤虎ですよ?」
 「「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」」

 九人が一斉に退いた。
 後輩が岩崎を連れて来た。
 ツレらしい数人も一緒だ。

 「俺になんか用っすか」
 「杉本を知っているか?」
 「え? はい」

 「どういう関係なんだよ」
 「どうって、まあ一緒につるんでるというか」
 「付き合ってんじゃねぇのか?」
 「とんでもない! あの女は俺たちにくっついてるだけで」
 「手は出してないのか」
 「え、それは、あの」

 岩崎の仲間の一人が言った。

 「あの、すいません。もしかして杉本は赤虎さんの女なんでしょうか?」
 「そうじゃねぇよ」
 「あ、よかった!」

 「俺の大恩人だ」

 「「「「ヒィッ!!」」」」

 岩崎たちは土下座し、二度と杉本には近づかないと言った。




 翌週、杉本が久し振りに学校に出てきた。
 俺の教室へ来て、俺を呼びだした。
 二人で屋上に上がった。

 「石神くん、岩崎たちに会ったんだって?」
 「ああ」
 「どうしてよ!」
 「杉本を返して欲しかったんだ」
 「なんでよ!」

 「お前が楽しそうじゃなかったからさ」
 「楽しかったわよ!」

 杉本が俺を睨んだ。
 目が潤んでいた。

 「あたしに付き合ってくれたのはあいつらだけよ! それをどうして!」
 「俺が幾らでも付き合うよ」
 「え?」

 杉本が驚いた顔で俺を見た。

 「お前を笑わせてやる。必ずだ」
 「だめよ、石神くんは一杯女の子たちがいるじゃない」
 「全部切る。杉本だけと付き合う」
 「無理よ! そんなことできるはずない!」
 「俺はやると言ったらやるよ」

 杉本は泣き出した。
 俺たちは壁を背に、座った。

 「石神くんと、ずっと一緒だったらな」
 「どうした?」
 「あのまま小学校も中学校も一緒だったら良かったのに」
 「そうかよ」

 杉本は俺を見ないで空を仰いだ。

 「あたしね。中学校で一つ上の先輩と付き合ってたの」
 「へぇ」
 「今から思うと、ただあたしとやりたかっただけ。他にやれる女が出来たら捨てられちゃった」
 「そうか」

 「その先輩がね、いろいろな連中に話したらしいの、あたしとやったって」
 「……」

 「それが、この高校でも広まって、あたしはヤリマンだって」
 「ふざけんなよな」
 「でも、全部が嘘じゃないもの。噂が広まってからは、岩崎たちとも散々やったし」
 「やめろよ」

 「本当だよ?」
 「やめろ、どうでもいい」
 「どうでもいいの?」
 「俺はこれから杉本だけを見る。今までなんて関係ない」

 杉本の目から、大粒の涙が零れた。

 「本当に?」
 「ああ。俺はお前だけだ」

 杉本が俺に抱き着いて来た。
 声を上げて泣いた。

 「ねえ、海が見たいな」
 「おお! 俺に任せろ!」





 俺は放課後に着替えて来いと言って、杉本の家の傍の公園で待ち合わせた。
 俺はRZに乗って迎えに行った。
 ヘルメットはレディースの仲間に借りた。
 大きなハートのある物で、可愛らしい杉本にピッタリだと思った。

 俺は杉本を乗せ、金沢文庫に向かった。
 杉本は最初はタンデムを怖がったが、俺にしがみついているうちに慣れて行った。

 途中に寺があった。
 海はすぐそこだったが、俺たちは興味を持って中へ入った。
 大きな寺だった。
 奥に、膨大な人形が置かれていた。
 不気味な雰囲気だった。

 「ちょっと! 石神くん、怖いよ、ここ!」
 「いいじゃんか。好きなの持って帰れよ」
 「冗談じゃないよ!」

 怒る杉本を笑いながら腰を抱き、俺たちは出た。

 「早く海に行こうよ」
 「ああ!」




 9月も終わりで、もう人気は少なかった。
 俺たちは浜に出て、砂の上に座った。
 しばらく二人で黙って海を見ていた。
 陽が暮れて行った。

 「綺麗だね」
 「そうだな」

 杉本が俺の手に、自分の手を重ねた。

 「良かった」
 杉本が呟いた。

 「何がだよ?」
 「石神くんが、本当に私を海に連れて来てくれた」
 「そうするって言っただろう」
 「うん」

 杉本が笑った。
 あの、小学生時代の、あどけない笑顔だった。




 「杉本、あの時はありがとうな」
 「え?」
 「俺が猪俣にやられてる時、お前が他の先生を呼びに行ってくれたじゃん」
 「ああ、あれ」
 「あの時から、お前が俺の一等大事な人間なんだ」
 「ウフフフフ」

 杉本が、俺の肩に手を回してきた。
 身体の大きな俺に、杉本は必死で捕まった。

 「あー、もうこの姿勢、苦しいね」
 「絶対やめるなよな」
 「アハハハハ」

 俺が寝転ぶと、杉本は肩に手を回したまま一緒に寝転んだ。
 星が見えて来た。

 「なあ」
 「何?」

 「俺って貧乏で、こんなことしかできないや」
 「うん」
 「美味い飯でもおごってやりたいけど、ジュースで我慢してくれ」
 「アハハハハ!」
 
 杉本が笑った。

 「でも、俺は精一杯やるから。お前のために出来ることを全部やる」
 「嬉しいな」

 「今はこんなだけどよ。もうちょっとすればもっといい目に遭わせてやる」
 「うん、待ってる」

 俺たちはキスをした。



 「石神くん」
 「ああ」

 「なんであの日、私が教室を飛び出したのか」
 「うん」

 「大事な石神くんが、壊されちゃうと思ったの」
 「そうだったか」
 「本当に怖かったけど、必死に助けを呼んだの」
 「ありがとう、本当に」

 「ずっと好きだった」
 「ありがとう」

 「引っ越して友達もいなくて」
 「そうか」
 「だから寂しくて」
 「そうだな」
 「ごめんね」
 「謝ることなんてないよ」

 「私の初めては、石神くんにもらって欲しかった」
 「俺たちはこれからだよ」
 「ほんとに?」
 「そうだ」

 俺たちはもう一度キスをした。

 ジュースを飲んで、俺たちは帰った。




 その翌週、杉本は突然退学した。
 そのまま引っ越し、行方は分からなくなった。

 その後、俺に杉本から手紙が来た。
 大阪の消印だった。
 住所は無かった。

 妊娠していたこと。
 誰の子か分からないこと。
 両親に相談し、堕胎することを決めたこと。
 遠くに引っ越して、一からやり直すということ。
 そして、海と星が綺麗だったということ。




 「またいつか、どこかで再会したら」

 手紙はそこで途絶えていた。
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