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木田

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 レイが来た翌朝。
 俺たちは週末の土曜日に歓迎会をやることにしていた。
 その日の夜に亜紀ちゃんと酒を飲みながら、打ち合わせをする。

 レイは数日仕事で出掛けて帰らない。
 ローックハート家の仕事だ。
 今後もそういうことはある。
 あくまでも、レイの身分はロックハート家の者だ。
 給料も引き続き、ロックハート家から出る。
 そしてレイは、ロックハートの中枢にいる人間なのだ。
 俺との関係は、ロックハート家がおれと親密になったからに他ならない。
 レイは俺の部下になったわけではない。
 俺を手伝うように言われてはいるが、その他の仕事もある。



 「食事はやっぱり「肉」ですかね?」
 「亜紀ちゃんたちには、それ以外の発想はないだろう」
 俺たちは笑った。

 「レイは「豆腐」が好きらしいんだ」
 「そうなんですか!」
 「静江さんが好きなんで、一緒に食べたら気に入ったようだな」
 「流石レイさんの恋人!」
 「まぁーなぁー!」

 「じゃあ、冬だから湯豆腐とか?」
 「それといろいろな豆腐料理を作るか」
 「どういうのがいいですかね」
 俺は幾つか挙げてみた。

 肉豆腐鍋。
 豆腐ステーキ(ガーリック、刻みネギ、鷹の爪、醤油)
 豆腐ステーキ(キノコ、白身魚、餡掛け)
 豆腐の卵とじ(カニ、蓮、溶き卵、餡掛け、万能ねぎ)
 豆腐の味噌漬け
 豆腐ハンバーグ
 豆腐と桜エビのかき揚げ
 豆腐サラダ
 豆腐のシソ巻き

 亜紀ちゃんはレシピの概略と一緒にメモを取って行く。

 「凄いですね!」
 「まだあるけど、取り敢えずはこういうものを食べてもらったらいいんじゃないかな」
 「分かりました!」
 「亜紀ちゃんたちには唐揚げでも作るか。醤油ベースの料理はレイもあまり食べたことはないだろう」
 「いいですね!」

 この後、亜紀ちゃんは各料理の食材や調味料などを計算していく。
 頼りになる食糧大臣だ。

 「レイには双子の命を守ってもらったからな」
 「そうですよね」

 俺たちは一応の打ち合わせを終え、ゆっくりと酒を飲んだ。

 




 「前にも話したけど、山中も俺が死に掛けた時に、滝行なんてしてくれたよなぁ」
 「お父さんの場合は効果があったのかは分かりませんが」
 「あったよ」
 「そうなんですか?」

 「神仏はな、命を擲とうとする場合にだけ応えてくれるんだ」
 「はい」

 「俺は思うんだ。奈津江が命を捧げてくれなければ、きっと山中の命で俺は助かった」
 「え!」
 「あいつはそういう奴だった。だから俺は山中に感謝して已まないんだ」
 「タカさん……」

 「レイもそうだ。自分の命を顧みずに、俺たちのために戦ってくれた。だから山中と同じだ。俺にとってはこの上なく大事な人間だよ」
 「そうですね」
 「お前たちもな。特にルーやハーなんかも死にかけたよな。俺が護衛なんか頼んだばかりに。でも、お前たちは必死でそれをやりとげようとした。双子はそれこそ、死ぬ覚悟まで抱いてくれた」
 「はい」

 「マリーンの中に、日本語が出来る人間が何人かいた。亜紀ちゃんたちと連携を取るためにな。その中の一人から聞いた。ジェヴォーダンの一斉攻撃の時に、双子が叫んだそうだ」
 「なんて?」
 「「いよいよだ、タカさんのために死ぬぞ」って。片方が雄叫びをあげて応えたそうだよ。その直後に亜紀ちゃんが間に合ってくれた」
 「そうだったんですね」
 「二人は、そんなことを一言も話してくれなかった。でも、また同じ場面になればやるんだろう」
 
 亜紀ちゃんは両手に握ったグラスを見つめた。

 「ルーとハーの最終奥義……」
 「そうだ、あれを使うつもりだったんだろうな」
 「使えば死ぬしかないのに」
 「ああ。だからあいつらも、同じだ。自分以外の大事なもののために死ぬ覚悟を持っている」

 俺は亜紀ちゃんの後ろに回り、肩を掴んだ。

 「俺たちは、守らなきゃいけない人間が多いよな」
 「はい」
 「何しろ命を捨てて守ろうとするバカが何しろ多いからなぁ。大変なこった」
 「ウフフフ」




 亜紀ちゃんが泣きそうな顔をしているので、俺は話題を変えた。

 「滝行っていえばな、一つ思い出した」
 「なんですか?」
 「小学生の時にな。何人かの親しい男の友達がいた」
 「ああ、矢田さんとか」
 「そうだ。その一人が木田という名前でな。帰りが同じ方向だったんだ。俺はもっと先で、だから途中でよく家に寄って遊んでいたんだ」
 「へぇ」

 「木田には弟と妹がいて。俺は一人っ子だったから、兄弟というのが珍しくてなぁ。喧嘩するけど、すぐに何でもなくなるっていう、あの不思議な」
 「ああ、分かります!」
 「弟がちょっと弱視で、いつも眼鏡を掛けてた。俺が取り上げると、本当に何も見えなくなる」
 「アハハハハ!」

 「妹がブサイクでなぁ」
 「でもタカさんが大好きになるんですよね」
 「まあな。性格はカワイイ子だったよな」
 「で、やっちゃったんですね!」
 「やってねぇよ!」
 やってない。

 「中学一年の途中で引っ越したからな」
 「そうなんですか、危なかったですね」
 俺は亜紀ちゃんの頭にチョップを入れる。

 

 「小学校の時にな、うちの近所で遊んだんだ。うちは丘を再開発して造成した新興住宅地でな。だから安かったわけだけど、周囲にはこれから開発するつもりで、区画が区切ってあった」
 「はい」
 「何しろ丘なもんで、後ろの家が5メートルくらい高い場所にある」
 「なるほど」

 「俺たちは、上からいろんなものを落として遊んでた。土だとか石だとか、灯篭だとかガラスのサッシだとか……」
 「ちょっと待って下さい! 何かとんでもないモノを落としていたような」
 「アハハハハ! それを見ていて、木田の弟が修行をしたいとか言い出したんだよ」
 「何か嫌な予感がします」

 「下で座禅を組んでな。「やって下さい」って言うから。俺と木田で大量の土を滝のように落としてやった」
 「えぇ! それで?」
 「胸辺りまで土に埋まってな」
 「加減があるでしょう!」

 「全身泥だらけで、俺たちが掘り起こして引っ張り出した。口とか鼻とかからも土が出て来てなぁ」
 「生きてて良かったですね」
 「ああ。でも問題は目だ。目にもたくさんの泥が詰まって。すぐに病院に連れてったんだけど、失明しかけたって」
 「大変じゃないですか!」

 「それから、木田と遊んではいけないってな」
 「また、そのパターンですね」
 「まあ、他にも友達はいたしな」
 「酷いですねぇ」

 

 「中学を卒業する少し前だ。お袋が突然、木田の家に遊びに行けって言うんだよ」
 「?」
 「俺は木田の親から毛嫌いされていたじゃん。だからどうしてだってお袋に聞いたら、久しぶりに木田が会いたいと言っているからと。「ご両親も是非来て欲しいと言っている」と言うんだよな」
 「それで行ったんですか」
 「ああ。釈然としないものはあったけど、きっと俺が行く必要があるんだってことは分かったからな」



 俺は亜紀ちゃんに話し続けた。 
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