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理事親睦会
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1月後半の金曜日。
「亜紀ちゃん、今日は理事の集まりがあるから、夕飯はいらない」
「分かりましたー」
年に一度ある。
院長も俺も病院の理事なので、一緒に行く。
正式な理事会は年に何度かあるが、今日は結局は宴会だ。
親睦を深めるという名目で、理事会費という他人の金で思い切り飲み食いするのだ。
俺はそういうことが大嫌いだが、仕方がない。
「前はよくこの家でやってたんですよね?」
「ああ。お前たちが来てくれたお陰で、何とか外れた。良かったよ」
「そんなに大変だったんですか」
「そりゃもう」
子どもたちが来る前。
6人いる理事の一人が俺の家を知った。
「石神先生は、随分と大きな家に住んでるんだね」
「え、ええ、まあ」
「今年は君の家で親睦会をやろうよ」
「いや、困りますよ」
「いいじゃないか。君は料理も得意なんだろ? よくオペが終わった後でみんなに振る舞っているそうじゃないか」
「あれは別に、俺が好きな物を食べたいだけで」
「じゃあ、宜しく頼むよ。もう外の食事は飽きちゃってねぇ」
「だから困りますって」
「家でのんびりと飲みたいよ。帰る心配もないしね」
「それは本当に困ります!」
心底ゾッとした。
「石神先生ね。僕らは結構頑張って、この病院のために働いてるよ?」
それに見合った報酬をもらっているだろう!
「君は病院の側の人間でもある。僕らを労ってもいいじゃないか」
俺も理事だ!
「じゃあ、みんなにも話しておくね」
「……」
結局押し切られた。
院長に相談したが、悪いが頼むと言われた。
理事の連中は確かに有益だ。
土曜の夕方。
理事たちが俺の家に来る。
理事の一人がリムジンを出し、みんな揃って来た。
勝手に庭を歩き、ガレージのフェラーリなどを見て冷やかす。
「庭は大して面白くないね」
玄関を入っても、そのまま家の中をうろつく。
俺は靴を揃え、二階のリヴィングへ案内した。
朝から大変だった。
院長は多少は若いが、他の理事は全員70歳以上だ。
元気だが年寄りのために和食を作らなければならなかった。
これまでも料亭に集まることが多かった。
洋食は一度だけだ。
俺は一日中、仕込みをしなければならなかった。
「大きなテーブルだね!」
銘々に席に着く。
院長は下座だ。
俺は座ることすら出来ない。
ひたすらに配膳し、料理を作りながら出し、酒を言われるまま用意した。
材料費や酒代は請求できるが、作る手間は俺だ。
しかもワガママな年寄りたちは、次々に好きな酒を要求する。
それらはうちにあるもので、俺の負担となった。
領収証がねぇ。
「石神くん! 料理が上手いねぇ」
「ありがとうございます」
「もうちょっと、このヒラメの刺身が欲しいな」
「僕には味噌汁をもらえないか」
「テンプラが多いよ。海老真丈にしてくれ」
「スルメはないかな? 七味マヨネーズで頼む」
「和食だけだと飽きるな。君はフレンチも得意だろ? 何か作ってくれよ」
少食な奴はいない。
食事をしながら大いに飲み、楽し気に騒いでいる。
院長は時々酌に動きながら、隅で少しずつ食べていた。
そっちも気になって、バナナジュースなとを持っていく。
二時間があっという間に過ぎ、俺はそろそろ解散をと言った。
「何言ってるんだね! 折角料亭じゃない場所にしている意味がないだろう!」
怒られた。
流石に食べるペースは落ちたが、今度は酒の注文が細かくなる。
カクテルを作れと言われ、俺はずっと立ちっぱなしだった。
「ニューヨークのハイアットで飲んだカクテルがね」
どうでもいい自慢話ばかりする。
だから年寄りは嫌いなのだ。
「石神くんもこっち来て傾聴したまえ!」
「はいはい、ニューヨークですか」
「そうだよ、君は行ったことないだろう?」
しょっちゅう行っていたし、マフィアを襲ったこともある。
「石神くん! こんな広い家に住んで、どうして結婚しないのかね?」
余計なお世話だ。
「石神くん! ちょっと休憩だ。コーヒーをくれよ」
そろそろ人生を休憩してろ。
「何か芸をやってくれ」
俺はギターを持って来て演奏した。
誰も聴いちゃいねぇ。
「ピアノはあるか?」
「いえ、あいにく自分が弾けないので」
地下にあるが、連れて行くと一層面倒だ。
「だめだなぁ! ピアノは教養だよ? 今度用意しておきたまえ」
死ね。
「橘弥生は、うちの女房の妹の娘の友達の遠縁の従妹が近所なんだよ」
まるで関係ねぇじゃねぇか。
「ギターっていえば、あのサイヘーな! よくライブに行ったもんだ。石神くん、サイヘーって分かる?」
知ってるよ!
「君も聴いたら、もうちょっとギターも上手くなったかもな」
「そうですか」
4時間も飲み食いしていた。
「ちょっと風呂を借りようかな」
「いいな!」
「ちょっと、困りますよ」
「いいじゃないか! 君の家には風呂がないのか!」
無茶苦茶を言う。
院長が自分が用意すると言うので、俺が仕方なくやった。
「おお! 何だこの風呂は!」
「でかいな! みんなで入れるぞ!」
俺は好きにしろと思った。
「おい、石神! 背中を流せよ!」
呼び捨てになっている。
干からびて肉の垂れ下がったジジィ共の背中を流した。
俺はリヴィングに戻り、院長の向かいに座った。
「すまないな、石神」
「もう限界ですよ」
「耐えてくれ。あの人たちは普段は一生懸命にやってくれてるんだ」
「そうは言ってもですねぇ」
ジジィたちが風呂から上がって来る。
全裸だった。
俺と院長は唖然とした。
「じゃあ、今日頑張ってくれた石神くんのために、せめてものダンスを見せよう」
四人で歌いながらラインダンスを踊った。
端から足を上げ、二回目にはオチンチンを上げていく。
俺も院長も大笑いした。
普段はうちの理事の他に、数々の肩書を持っている。
以前には全員がそれぞれの要職に就いていた人たちだ。
俺は思わず、心ばかりの労いに感謝してしまった。
「もっと飲んで下さいよ。今日はよろしければうちに泊ってください」
「「「「おぉー!」」」」
四人はまだまだ飲み、俺はずっと忙しかった。
12時に近くなり院長は途中で帰り、じじぃたちに「人でなし」と嘲られた。
俺は酔いつぶれた四人を二つの客間に運び、寝かせた。
翌朝、じじぃたちはベッドや床に吐き、小便を漏らし、二人はウンコを布団の中にした。
流石に面目ないと謝られた。
翌年からは12時には切り上げると約束された。
またやるのかよ。
俺は、子どもたちを引き取るまで、毎年のサバトにげんなりした。
「亜紀ちゃん、今日は理事の集まりがあるから、夕飯はいらない」
「分かりましたー」
年に一度ある。
院長も俺も病院の理事なので、一緒に行く。
正式な理事会は年に何度かあるが、今日は結局は宴会だ。
親睦を深めるという名目で、理事会費という他人の金で思い切り飲み食いするのだ。
俺はそういうことが大嫌いだが、仕方がない。
「前はよくこの家でやってたんですよね?」
「ああ。お前たちが来てくれたお陰で、何とか外れた。良かったよ」
「そんなに大変だったんですか」
「そりゃもう」
子どもたちが来る前。
6人いる理事の一人が俺の家を知った。
「石神先生は、随分と大きな家に住んでるんだね」
「え、ええ、まあ」
「今年は君の家で親睦会をやろうよ」
「いや、困りますよ」
「いいじゃないか。君は料理も得意なんだろ? よくオペが終わった後でみんなに振る舞っているそうじゃないか」
「あれは別に、俺が好きな物を食べたいだけで」
「じゃあ、宜しく頼むよ。もう外の食事は飽きちゃってねぇ」
「だから困りますって」
「家でのんびりと飲みたいよ。帰る心配もないしね」
「それは本当に困ります!」
心底ゾッとした。
「石神先生ね。僕らは結構頑張って、この病院のために働いてるよ?」
それに見合った報酬をもらっているだろう!
「君は病院の側の人間でもある。僕らを労ってもいいじゃないか」
俺も理事だ!
「じゃあ、みんなにも話しておくね」
「……」
結局押し切られた。
院長に相談したが、悪いが頼むと言われた。
理事の連中は確かに有益だ。
土曜の夕方。
理事たちが俺の家に来る。
理事の一人がリムジンを出し、みんな揃って来た。
勝手に庭を歩き、ガレージのフェラーリなどを見て冷やかす。
「庭は大して面白くないね」
玄関を入っても、そのまま家の中をうろつく。
俺は靴を揃え、二階のリヴィングへ案内した。
朝から大変だった。
院長は多少は若いが、他の理事は全員70歳以上だ。
元気だが年寄りのために和食を作らなければならなかった。
これまでも料亭に集まることが多かった。
洋食は一度だけだ。
俺は一日中、仕込みをしなければならなかった。
「大きなテーブルだね!」
銘々に席に着く。
院長は下座だ。
俺は座ることすら出来ない。
ひたすらに配膳し、料理を作りながら出し、酒を言われるまま用意した。
材料費や酒代は請求できるが、作る手間は俺だ。
しかもワガママな年寄りたちは、次々に好きな酒を要求する。
それらはうちにあるもので、俺の負担となった。
領収証がねぇ。
「石神くん! 料理が上手いねぇ」
「ありがとうございます」
「もうちょっと、このヒラメの刺身が欲しいな」
「僕には味噌汁をもらえないか」
「テンプラが多いよ。海老真丈にしてくれ」
「スルメはないかな? 七味マヨネーズで頼む」
「和食だけだと飽きるな。君はフレンチも得意だろ? 何か作ってくれよ」
少食な奴はいない。
食事をしながら大いに飲み、楽し気に騒いでいる。
院長は時々酌に動きながら、隅で少しずつ食べていた。
そっちも気になって、バナナジュースなとを持っていく。
二時間があっという間に過ぎ、俺はそろそろ解散をと言った。
「何言ってるんだね! 折角料亭じゃない場所にしている意味がないだろう!」
怒られた。
流石に食べるペースは落ちたが、今度は酒の注文が細かくなる。
カクテルを作れと言われ、俺はずっと立ちっぱなしだった。
「ニューヨークのハイアットで飲んだカクテルがね」
どうでもいい自慢話ばかりする。
だから年寄りは嫌いなのだ。
「石神くんもこっち来て傾聴したまえ!」
「はいはい、ニューヨークですか」
「そうだよ、君は行ったことないだろう?」
しょっちゅう行っていたし、マフィアを襲ったこともある。
「石神くん! こんな広い家に住んで、どうして結婚しないのかね?」
余計なお世話だ。
「石神くん! ちょっと休憩だ。コーヒーをくれよ」
そろそろ人生を休憩してろ。
「何か芸をやってくれ」
俺はギターを持って来て演奏した。
誰も聴いちゃいねぇ。
「ピアノはあるか?」
「いえ、あいにく自分が弾けないので」
地下にあるが、連れて行くと一層面倒だ。
「だめだなぁ! ピアノは教養だよ? 今度用意しておきたまえ」
死ね。
「橘弥生は、うちの女房の妹の娘の友達の遠縁の従妹が近所なんだよ」
まるで関係ねぇじゃねぇか。
「ギターっていえば、あのサイヘーな! よくライブに行ったもんだ。石神くん、サイヘーって分かる?」
知ってるよ!
「君も聴いたら、もうちょっとギターも上手くなったかもな」
「そうですか」
4時間も飲み食いしていた。
「ちょっと風呂を借りようかな」
「いいな!」
「ちょっと、困りますよ」
「いいじゃないか! 君の家には風呂がないのか!」
無茶苦茶を言う。
院長が自分が用意すると言うので、俺が仕方なくやった。
「おお! 何だこの風呂は!」
「でかいな! みんなで入れるぞ!」
俺は好きにしろと思った。
「おい、石神! 背中を流せよ!」
呼び捨てになっている。
干からびて肉の垂れ下がったジジィ共の背中を流した。
俺はリヴィングに戻り、院長の向かいに座った。
「すまないな、石神」
「もう限界ですよ」
「耐えてくれ。あの人たちは普段は一生懸命にやってくれてるんだ」
「そうは言ってもですねぇ」
ジジィたちが風呂から上がって来る。
全裸だった。
俺と院長は唖然とした。
「じゃあ、今日頑張ってくれた石神くんのために、せめてものダンスを見せよう」
四人で歌いながらラインダンスを踊った。
端から足を上げ、二回目にはオチンチンを上げていく。
俺も院長も大笑いした。
普段はうちの理事の他に、数々の肩書を持っている。
以前には全員がそれぞれの要職に就いていた人たちだ。
俺は思わず、心ばかりの労いに感謝してしまった。
「もっと飲んで下さいよ。今日はよろしければうちに泊ってください」
「「「「おぉー!」」」」
四人はまだまだ飲み、俺はずっと忙しかった。
12時に近くなり院長は途中で帰り、じじぃたちに「人でなし」と嘲られた。
俺は酔いつぶれた四人を二つの客間に運び、寝かせた。
翌朝、じじぃたちはベッドや床に吐き、小便を漏らし、二人はウンコを布団の中にした。
流石に面目ないと謝られた。
翌年からは12時には切り上げると約束された。
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