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雪の日

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 亜紀ちゃんは俺の話を聞きながら、俺の肩に顔を乗せていた。

 「矢田さんも傷だらけですね」
 「俺が好きな人間はみんなそうだよ」
 「私は全然傷がないですが?」

 「最愛の山中たちを喪ったんだ。抉られてないわけはないだろう」
 「そうですね」

 「だから今でも胸が抉られたままじゃねぇか」
 亜紀ちゃんが俺の横腹を殴る。

 「ばかやろう、寒くなるからもっとくっつけ!」
 亜紀ちゃんは笑って俺にピッタリと付いた。

 

 俺たちが楽しそうにしているのを見て、ロボがガラスの扉に貼りついていた。
 俺は笑ってドアを開け、抱きかかえて毛布に入れてやる。
 俺と亜紀ちゃんの膝の上で、ロボは喜んでいる。
 亜紀ちゃんの腹にネコキックをした。

 「ロボ、冷たいよー」
 「よし、温めるぞ!」

 俺と亜紀ちゃんはロボを撫で回した。
 ロボは興奮して暴れる。
 やがて温かくなったか、大人しくなった。

 「しかし、よく降るなぁ」
 辺りは一面の白だ。
 俺は歌い出した。


 ♪ 初雪にざわめく街で 見覚えのあるスカイブルーのマフラー 振り向いた知らない顔にうつむく ♪


 EXILEの『Lovers Again』だ。
 もう近所もいないので、少し大きな声で歌った。

 「タカさん、また矢田さんと会いたいでしょう?」
 「それはな。でも会ってもどうすることも出来ない。俺たちは別れてしまったんだからな」
 会いたい人間は幾らでもいる。
 まだ生きている人間もいるし、死んでしまった人たちも多い。
 
 「でも俺は誰かに会いたくて生きているわけではないからな」
 「そうですか」
 「思い出があればいいさ」
 「はい」

 亜紀ちゃんにもきっと分かるだろう。
 ロボが鳴いた。
 ロボにも、そういう人間がいる。




 翌朝。
 俺たちは朝食の後、庭の雪かきをした。
 みんなで皇紀に雪玉を投げた。

 「やめてよー!」

 「お前! 除雪車くらい作れ!」
 「無理ですよー!」

 ロボが庭に出たがったので、一階のウッドデッキに出してやる。
 恐る恐る雪の中に出たが、すぐに戻って俺に向かって不機嫌に鳴く。
 俺のせいだと言っている。

 「無理言うな。これは自然現象だ」
 納得してくれない。
 しかし、そのうちに雪の中を駆けて子どもたちの方へ行った。
 亜紀ちゃんが抱きかかえ、雪だるまを見せた。
 ロボが前足で引っ掻く。
 亜紀ちゃんがロボを雪の上に降ろすと、ロボはすぐに俺の傍に戻った。
 もう雪はいいらしい。

 双子が雪で寝そべった牛を作る。
 みんなで手を合わせて線香を一本立てた。





 昼食に肉うどんを食べた。

 「タカさん、これじゃどこにも出掛けられないですね」
 亜紀ちゃんが言った。

 「たまにはいいさ。家でのんびりしよう」
 午後に、夕べは出来なかった映画鑑賞会をした。
 みんなでケン・アナキンの『バルジ大作戦』を観た。
 ノルマンディー上陸作戦の後、ドイツ第三帝国は戦線を次々と突破されていた。
 しかし、それは大反攻作戦への準備でもあった。
 ヘスラー大佐は意気軒高な若い兵士たちと共に、クリスマスを祝ってだらけている連合軍に襲い掛かる。

 「やっぱヘスラー大佐よなぁ!」
 「はい! カッコイイですよ!」
 亜紀ちゃんが大興奮だ。

 「頭がいいのか知らないが、ヘンリー・フォンダのカイリー中佐は気持ち悪いよなぁ」
 「一生懸命なのは分かりますけどね」
 「主役はロバート・ショウだよな!」
 「意義なし!」

 皇紀たちは笑っている。

 「うちも去年はクリスマス返上で戦ってたもんな!」
 「「「「はい!」」」」

 俺は『パンツァー・リート』を歌った。
 亜紀ちゃんが覚えたいと言うので、楽譜を出してやった。

 「うちには何でもあるんですね!」
 「あたぼうよ!」



 皇紀はやることが満載なのでと、部屋に篭った。

 「おお、エリートさんは大変だな!」
 「はい!」
 皇紀が一生懸命なのに、遊んでいる自分が申し訳ない。

 「お前なんかチンコ折れちゃえ!」
 「なんでですかぁ!」
 俺は早く行けと言った。

 残った四人で「ジェンガ」をする。
 ロボ攻撃禁止と言われた。
 ロボの助けが無いと、俺はボロ負けだった。
 
 「お前ら、ずるいぞ!」
 「「「どっちがですか!」」」

 子どもたちは、いろいろ頑張って成長し、強くなっている。
 小さかった双子も、いつの間にか大人びてきている。
 亜紀ちゃんは俺がいなくても、家のことを任せられる人間になった。
 皇紀に至っては、大層なシステムを構築し、大勢の命を守る男になった。
 双子も皇紀と一緒に頑張っている。
 先日は命をかけて戦おうとした。

 まったく頼もしく寂しい。




 俺は一人で庭に出た。
 来月からうちの拡張工事が始まる。
 俺の家が変わる。
 独りだった俺は、何を勘違いしたか、こんな広い家を建ててしまった。
 苦労をかけたお袋のために建てたつもりだったが、お袋は一度も入ることなく死んでしまった。
 俺はぽつんと独りで住むしかなかった。

 それが今はどうだ。
 あんなに広かった家が手狭に感ずるようにさえなった。
 にぎやかに毎日を笑い転げる連中が来た。
 優しくて、俺のために大きな苦労を背負い込んでも文句ひとつ言わないあいつら。
 バカでいい加減な俺を慕ってくれ、俺に何かあれば本気で心配してくれる連中。
 そして家の外でも、同じ人間が増えて行った。
 俺のために命さえ擲つ奴らも出来た。

 俺はただそいつらのために何かをしたいと思っただけなのに。

 

 俺が家の中に入ると、亜紀ちゃんがすぐにコーヒーを淹れてくれた。
 双子が俺の顔をニコニコ見ている。

 「なんだよ?」
 「なんか、タカさんの顔を見ると嬉しくなる」
 ルーが言った。
 
 「ハーもかよ」
 「うん!」

 「私もですよ!」
 「ふん、知ってるよ」
 ロボが俺の足に乗って来る。



 「ああ、今日も肉を喰うかぁ!」
 「「「はーい!」」」



 俺も一層頑張らなければならないらしい。
 まあ、それが嬉しいのだが。
 俺はこいつらの思い出になりたい。

 そう思った。
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