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ハム

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 「石神、本当に作るのか?」
 「やってみるよ。やっぱり自分のものでやりたいからな」
 「じゃあ、俺も手伝うよ」
 「ほんとか!」

 焚火の前に二人で座って、そんな話をした。
 飯盒で飯を炊き、カップ麺をご飯に注いで食べる。
 俺たちには、この上も無く上手い飯だった。
 食事が終わると、俺たちはいつまでも話した。
 会話が尽きることが無かった。

 どうやって無線機を組み立てるか。
 部品だって買わなければならない。
 結構な金がいる。

 「金城先輩のところが、廃品回収だろ?」
 「ああ、そうだけど、あの人おっかないじゃない」
 「大丈夫だよ。俺の家の近所だし、仲もいいから」
 「そうなのか?」
 「ああ、俺に任せろ!」

 回路図は、雑誌に載っていた。
 全部は無理だが、それを参考に、矢田と二人で自作の回路図を作った。
 俺たちは、金城先輩に頼んで、部品取りをさせてもらうことにした。




 「もう好きなように持ってっていいぞ。どうせ潰して捨てるだけのものだからな」
 金城先輩がそう言ってくれた。

 金城先輩は在日韓国人だった。
 そのため、金城先輩の家は、近所の人とあまり交流はなかった。
 金城先輩自身も、同級生とは親しくない。
 在日なので絡まれることも多く、喧嘩ばかりしていた。
 俺はそういう関係で親しくなることが出来た。
 たまに金城先輩を助けて、喧嘩相手をのしていた。
 
 「俺なんかと付き合わない方がいいぞ」
 「なんでですか? 金城先輩、いつも俺にジュースとか奢ってくれたじゃないですか」
 「トラ、お前なぁ」
 「だったら、俺は金城先輩の味方ですって」
 金城先輩は笑って、自販機のジュースを買って来てくれた。

 「ほら、こんなに親切だ!」
 「アハハハハ!」



 俺と矢田は、広い敷地にうず高く積み上がっている家電用品をあさり、二人で必要なトランジスターや抵抗、ダイオードやコンデンサーなどを探していった。
 リストに書いていた部品が、結構溜まっていく。
 俺と矢田は夢中で探った。

 夕方になって、金城先輩が来た。

 「お前ら、まだやってたのか」
 「すいません、そろそろ帰りますから」
 表に見えているものは、粗方部品を抜き終わっていた。
 
 「ちょっと待ってろ!」
 金城先輩はどこかへ行き、ユンボに乗って戻って来た。

 「これでほじくってやるよ」
 小さなころから家の手伝いをしていた金城先輩は、ユンボを自在に操れるようになっていた。

 「どこがいい?」
 金城先輩は山の途中までユンボで登って、俺に聞いた。

 その時、突然ユンボが転倒した。
 その衝撃で、廃品の山の一部が崩れた。
 金城先輩は咄嗟に飛び降りたが、上から様々なものが転がって来る。
 俺は金城先輩に駆け寄り、上に覆いかぶさった。

 「石神!」
 矢田が叫んだ。
 俺は背中に衝撃を感じ、意識を喪った。



 気が付くと、いつもの病院のベッドにいた。
 お袋が心配そうに俺をみている。
 
 「高虎、大丈夫?」
 「お袋、ごめん。またやっちまった」
 「お前はもう!」
 俺が元気なのを知って、お袋も安心した。
 聞くと、背中をステンレスの板で抉られ、50針も縫ったと言う。

 「もう少しで内臓を切ってたって。良かったわ」
 「ごめんなさい」
 「石神くん!」
 大きな声を掛けられた。
 金城先輩のお父さんだった。

 「息子を助けてくれて、本当にありがとう!」
 「金城先輩は?」
 「ああ、君のお陰でかすり傷もない。ありがとう! どうやって償えばいいのか」
 「そんなこと! 俺はいつも金城先輩に親切にしていただいてるんで。今日だって俺のためにあんな危ない目に」
 俺は何度も礼を言われ、入院費や治療費を出してもらえることを聞いて感謝した。

 翌日、金城先輩と矢田が見舞いに来た。
 金城先輩も何度も礼を言ったが、俺は勝手にやったことだと言った。
 だが、もう家電の部品は集められなかった。
 危険な目に遭わせるわけにはいかないと、金城先輩のお父さんから断られた。
 その代わり、俺は無線機をプレゼントしてもらった。
 でも、それは受信専用で、送信はできなかった。
 詳しく知らないのだから、仕方がない。
 しかし、相当高性能のもので、当時でも何十万もするような機械だった。

 

 その後俺と矢田は関係を断たれ、もう一緒にハムの話をする相手もいなくなった。
 俺は時々、受信機でみんなの交信を聞いていた。

 「CQ、CQ、CQ。こちらはJA××××、ジュリエット、アルファ、……」

 矢田のコールサインだった。

 「JA〇〇〇〇、もしもお聞きでしたら応答願います」

 俺のコールサインを言っていた。

 「電波、遠いでしょうか? いつかまた交信できるのを、楽しみに待っています。本当に楽しみに。いつまでも待っています」

 矢田はずっと、そう言って俺のコールサインに話しかけていた。
 俺が送信機を持っていないのは知っている。
 矢田の一方的な呼びかけだった。

 「はい! こちらJA〇〇〇〇! 完全に了解できています!」

 俺は矢田の声に応答した。

 「交信したいです! とってもしたいです! いますぐに交信したいです!」

 俺は泣きながら叫んだ。
 俺の声は届くはずもなく、矢田はやがて呼びかけを終え、周波数を変えたようだった。

 矢田はああやって、いつも俺に呼び掛けていたのだろうか。
 俺は毎日矢田の声を拾おうとしたが、二度と拾えなかった。




 矢田が後輩を妊娠させたと聞いて、心配で矢田の家の近くまで行ったことがある。
 庭に建てられた矢田の自慢のアンテナは撤去されていた。




 卒業式の日、一度だけ矢田と話し、その後二度と矢田の声は聞いていない。
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