666 / 2,914
雪見酒
しおりを挟む
一月の中旬の金曜日に大雪が降った。
東京は雪に滅法弱い。
数センチ積もっただけで大騒ぎだ。
今回は10センチ以上も積もり、電車は軒並み運転休止となり、タクシーは大半が引っ込んでしまう。
事故で車両が壊れるのを恐れてだ。
ベテランの運転手だけが出動し、稼ぎまくる。
でも、彼らにしても横暴な客が路地裏の自宅まで行けと言い、酷い目に遭うことも多い。
また、自分は綺麗に運転しても、スタッドレスも履かないアホに追突されることもある。
雪道を歩き慣れていない人間が多く、よくあちこちで転ぶ。
救急車もいつもより到着が遅れる。
なんとかなるだろうと甘く考えている人間が、いい気になって酒を飲み、どうにもならなくなる。
ホテルも満杯になる。
仕方なく歩いて帰ろうとする奴が、革靴で歩いて滑って転び、風邪をひくし骨折もする。
俺はオペがあったので帰れなかった。
「石神先生、是非うちへお泊り下さい」
天使のように美しい女が、悪魔のように囁いた。
別に六花のマンションに泊ってもいいのだが、俺の矜持が何かを訴えた。
「いや、子どもたちも心配だから、帰るよ」
「そんなぁー!」
病院内でも帰れない人間が多くいた。
普通の会社であれば、早めに仕事を切り上げて、まだ電車が動いている間に帰宅した人間も多い。
しかし病院はシフトで勤務時間が決まっており、遅番(12時から20時)の人間のほとんどが帰れない。
いつも病院裏に列をなして止まっているタクシーも、今日はまったく来ない。
タクシー会社に連絡しても、手配はできないと断られる。
俺は院長に許可を取り、何部屋かを帰れない人間のために確保した。
毛布を配る。
宿直室は、宿直者のためのものだ。
空いているベッドも勝手に使ってなならない。
数十枚の毛布を渡し、それで何とかしてもらうしかない。
病院内のソファなどは使う許可を出したが、人数分は無い。
多くの人間は床にブルーシートを敷き、その上で雑魚寝だ。
まあ、その方が温かいはずだが。
俺は便利屋を呼んだ。
俺のハマーで来させる。
スタッドレスであれば、大丈夫だ。
俺は残っている部下たちを乗せて、送りながら帰った。
鷹も乗せた。
9時に病院を出たが、帰ったのは12時を回っていた。
便利屋に礼を言った。
「助かったよ、ありがとうな」
「いえ! 石神先生のお役に立てて光栄しごくとチンチンいっちゃうです」
よく分らんが、便利屋は近所なので歩いて帰った。
遠くで「アァー!」という声が聞こえたが、面倒なので見に行かない。
ロボと亜紀ちゃんが玄関に迎えに出てくれた。
俺の家の庭も、大分積もっている。
「明日は雪かきだな」
「はい! 任せて下さい!」
ロボがいつもと違う景色に興味を示していた。
寒いので抱き上げて階段を上がった。
「何人も転んで怪我をしているようですよ」
「そうか」
亜紀ちゃんはずっとテレビを観ていたらしい。
「車の事故も多いようです」
「そうだろうな」
「目黒で交通事故で電柱が折れて、停電らしいです」
「大変だな」
テレビの情報を俺に次々と伝えてくれる。
「タカさん、お食事は?」
「ああ、まだなんだ。病院でもいろいろ手配があってな」
「じゃあ、すぐに作りますね!」
俺の夕飯は残してくれなかったらしい。
「親子丼でいいですか?」
「ああ。ところでお前らは?」
「ステーキでした」
「あ、そう」
何か間違っている気がするが、俺は待った。
ロボが匂いで騒ぎ出したので、亜紀ちゃんに鶏肉を少し焼かせ、喰わせた。
親子丼を食べ、俺は着替えを持って風呂に向かった。
当然のように亜紀ちゃんが待っている。
「さあさあ!」
いつものように洗い合い、二人で湯船に浸かった。
「タカさん、今日は冷えたでしょう」
「そうでもないよ。病院の中にずっといたからな」
廊下でロボが「クチッ」っとクシャミをした。
ドアを開け、中に入れてやる。
「タカさん、アレが出来ますね」
「なんだよ?」
「ゆ・き・み・ざ・け!」
俺は笑った。
「じゃあ、俺の部屋のテラスで飲むか」
「あ! いいですね!」
二人で段取りを考えた。
「やっぱ寒いですね」
「零下5度らしいぞ?」
俺たちはベンチシートを出し、毛布を3枚敷いた。
テーブルにコンロを置き、作った鶏鍋を温める。
熱燗を用意した。
俺と亜紀ちゃんは厚着をし、ベンチシートに座って毛布で足をくるみ、足元にカイロを5個入れた。
上も4枚の毛布を頭からかけ、二人でくっついた。
「城ケ崎に行ったのを思い出しますね!」
「あの時より暖かいな!」
雪はまだ降っている。
明け方まで降るようだ。
俺たちは熱燗を猪口で飲みながら、鍋を食べた。
非常に温かくなる。
何かバカなことをしている気もするが、それがまたいい。
「あったかいですね!」
「いいな、これ!」
俺たちはニコニコとしながら、飲んで食べた。
「真冬にキャンプもいいですかね?」
「まあな。でも双子はすぐに裸になりたがるだろう」
「アハハハハ!」
「タカさんはキャンプとかよくしました?」
「ああ、矢田とよくやったなぁ。あいつ家に帰りたくない奴だったからな」
「あの矢田さんですね」
「小学生の時から、テント担いで近くの山に登ったよ」
「楽しそうですね」
「楽しかった。あいつといつも遅くまで話してたな」
「どんな話ですか?」
「一時はラジオに二人で嵌って、そのうちハムの免許を取ろうってことになったな。そんな話が中心だったか」
「はむ?」
「今はネットがこれだけ普及してるから、もうほとんど誰もやらないだろうけどな。昔は無線で遠く離れた人と会話するというのがあったんだ。それがハム無線な。でかいアンテナを立てて、送受信機で会話するんだ」
「へぇー!」
「免許が必要で。でも年齢制限は無いから、小学生でも受かれば使える。俺も矢田も受かったけど、まあうちは貧乏で何も買えない。矢田の家でよくやったっけ」
「そうなんですか」
「そのうち、俺も欲しくなってなぁ」
「でも買えないですよね」
「そうだ。だから自作することにした」
「えぇー!
俺は亜紀ちゃんに話した。
東京は雪に滅法弱い。
数センチ積もっただけで大騒ぎだ。
今回は10センチ以上も積もり、電車は軒並み運転休止となり、タクシーは大半が引っ込んでしまう。
事故で車両が壊れるのを恐れてだ。
ベテランの運転手だけが出動し、稼ぎまくる。
でも、彼らにしても横暴な客が路地裏の自宅まで行けと言い、酷い目に遭うことも多い。
また、自分は綺麗に運転しても、スタッドレスも履かないアホに追突されることもある。
雪道を歩き慣れていない人間が多く、よくあちこちで転ぶ。
救急車もいつもより到着が遅れる。
なんとかなるだろうと甘く考えている人間が、いい気になって酒を飲み、どうにもならなくなる。
ホテルも満杯になる。
仕方なく歩いて帰ろうとする奴が、革靴で歩いて滑って転び、風邪をひくし骨折もする。
俺はオペがあったので帰れなかった。
「石神先生、是非うちへお泊り下さい」
天使のように美しい女が、悪魔のように囁いた。
別に六花のマンションに泊ってもいいのだが、俺の矜持が何かを訴えた。
「いや、子どもたちも心配だから、帰るよ」
「そんなぁー!」
病院内でも帰れない人間が多くいた。
普通の会社であれば、早めに仕事を切り上げて、まだ電車が動いている間に帰宅した人間も多い。
しかし病院はシフトで勤務時間が決まっており、遅番(12時から20時)の人間のほとんどが帰れない。
いつも病院裏に列をなして止まっているタクシーも、今日はまったく来ない。
タクシー会社に連絡しても、手配はできないと断られる。
俺は院長に許可を取り、何部屋かを帰れない人間のために確保した。
毛布を配る。
宿直室は、宿直者のためのものだ。
空いているベッドも勝手に使ってなならない。
数十枚の毛布を渡し、それで何とかしてもらうしかない。
病院内のソファなどは使う許可を出したが、人数分は無い。
多くの人間は床にブルーシートを敷き、その上で雑魚寝だ。
まあ、その方が温かいはずだが。
俺は便利屋を呼んだ。
俺のハマーで来させる。
スタッドレスであれば、大丈夫だ。
俺は残っている部下たちを乗せて、送りながら帰った。
鷹も乗せた。
9時に病院を出たが、帰ったのは12時を回っていた。
便利屋に礼を言った。
「助かったよ、ありがとうな」
「いえ! 石神先生のお役に立てて光栄しごくとチンチンいっちゃうです」
よく分らんが、便利屋は近所なので歩いて帰った。
遠くで「アァー!」という声が聞こえたが、面倒なので見に行かない。
ロボと亜紀ちゃんが玄関に迎えに出てくれた。
俺の家の庭も、大分積もっている。
「明日は雪かきだな」
「はい! 任せて下さい!」
ロボがいつもと違う景色に興味を示していた。
寒いので抱き上げて階段を上がった。
「何人も転んで怪我をしているようですよ」
「そうか」
亜紀ちゃんはずっとテレビを観ていたらしい。
「車の事故も多いようです」
「そうだろうな」
「目黒で交通事故で電柱が折れて、停電らしいです」
「大変だな」
テレビの情報を俺に次々と伝えてくれる。
「タカさん、お食事は?」
「ああ、まだなんだ。病院でもいろいろ手配があってな」
「じゃあ、すぐに作りますね!」
俺の夕飯は残してくれなかったらしい。
「親子丼でいいですか?」
「ああ。ところでお前らは?」
「ステーキでした」
「あ、そう」
何か間違っている気がするが、俺は待った。
ロボが匂いで騒ぎ出したので、亜紀ちゃんに鶏肉を少し焼かせ、喰わせた。
親子丼を食べ、俺は着替えを持って風呂に向かった。
当然のように亜紀ちゃんが待っている。
「さあさあ!」
いつものように洗い合い、二人で湯船に浸かった。
「タカさん、今日は冷えたでしょう」
「そうでもないよ。病院の中にずっといたからな」
廊下でロボが「クチッ」っとクシャミをした。
ドアを開け、中に入れてやる。
「タカさん、アレが出来ますね」
「なんだよ?」
「ゆ・き・み・ざ・け!」
俺は笑った。
「じゃあ、俺の部屋のテラスで飲むか」
「あ! いいですね!」
二人で段取りを考えた。
「やっぱ寒いですね」
「零下5度らしいぞ?」
俺たちはベンチシートを出し、毛布を3枚敷いた。
テーブルにコンロを置き、作った鶏鍋を温める。
熱燗を用意した。
俺と亜紀ちゃんは厚着をし、ベンチシートに座って毛布で足をくるみ、足元にカイロを5個入れた。
上も4枚の毛布を頭からかけ、二人でくっついた。
「城ケ崎に行ったのを思い出しますね!」
「あの時より暖かいな!」
雪はまだ降っている。
明け方まで降るようだ。
俺たちは熱燗を猪口で飲みながら、鍋を食べた。
非常に温かくなる。
何かバカなことをしている気もするが、それがまたいい。
「あったかいですね!」
「いいな、これ!」
俺たちはニコニコとしながら、飲んで食べた。
「真冬にキャンプもいいですかね?」
「まあな。でも双子はすぐに裸になりたがるだろう」
「アハハハハ!」
「タカさんはキャンプとかよくしました?」
「ああ、矢田とよくやったなぁ。あいつ家に帰りたくない奴だったからな」
「あの矢田さんですね」
「小学生の時から、テント担いで近くの山に登ったよ」
「楽しそうですね」
「楽しかった。あいつといつも遅くまで話してたな」
「どんな話ですか?」
「一時はラジオに二人で嵌って、そのうちハムの免許を取ろうってことになったな。そんな話が中心だったか」
「はむ?」
「今はネットがこれだけ普及してるから、もうほとんど誰もやらないだろうけどな。昔は無線で遠く離れた人と会話するというのがあったんだ。それがハム無線な。でかいアンテナを立てて、送受信機で会話するんだ」
「へぇー!」
「免許が必要で。でも年齢制限は無いから、小学生でも受かれば使える。俺も矢田も受かったけど、まあうちは貧乏で何も買えない。矢田の家でよくやったっけ」
「そうなんですか」
「そのうち、俺も欲しくなってなぁ」
「でも買えないですよね」
「そうだ。だから自作することにした」
「えぇー!
俺は亜紀ちゃんに話した。
0
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
魔族 vs 人間。
冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。
名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。
人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。
そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。
※※※※※※※※※※※※※
短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。
お付き合い頂けたら嬉しいです!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
元虐げられ料理人は、帝都の大学食堂で謎を解く
あきゅう
キャラ文芸
両親がおらず貧乏暮らしを余儀なくされている少女ココ。しかも弟妹はまだ幼く、ココは家計を支えるため、町の料理店で朝から晩まで必死に働いていた。
そんなある日、ココは、偶然町に来ていた医者に能力を見出され、その医者の紹介で帝都にある大学食堂で働くことになる。
大学では、一癖も二癖もある学生たちの悩みを解決し、食堂の収益を上げ、大学の一大イベント、ハロウィーンパーティでは一躍注目を集めることに。
そして気づけば、大学を揺るがす大きな事件に巻き込まれていたのだった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる