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南のクリスマス

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 響子の部屋へ行った。
 
 「タカトラー!」
 ベッドの上で俺に両手を拡げている。
 抱き締めに来い、という意味だ。
 今日は少し熱があるとのことで、今朝はセグウェイの巡回を止められ、こうしてベッドにいる。
 抱き締めながら、耳に息を吹きかけた。

 「やー」
 喜んでいる。

 「響子、大丈夫か?」
 「うん」
 額に口を付けて息を吹きかける。
 その後で俺の額を付けた。

 「まだ熱があるな」
 「タカトラがやったからだよ!」
 「アハハハハ」
 六花の方を向くと、37.2度とのことだった。
 夕べ、俺たちが帰った後でうろついていたらしい。

 「響子、今年はうちでクリスマスパーティーはやらないんだ」
 「うん、知ってる」
 「亜紀ちゃんたちが響子のニューヨークの家に行っちゃうからな」
 「うん」
 「響子も行きたいだろうけど」
 「タカトラの傍がいい」
 「そうか」

 笑おうとしているが、響子の顔が引き攣っている。
 俺に負担を掛けまいと無理をしている。

 「亜紀ちゃんたちが戻ったら、またうちに呼ぶからな」
 「うん、楽しみにしてるね」
 「俺もだ」
 響子は俯いた。

 「よし! じゃあ今日は俺のクリスマスの思い出を話してやろうか!
 「うん!」
 六花が俺の隣に椅子を持って来て座った。

 「おい、お前は仕事しろよ」
 「イヤです」
 「お前、堂々と上司に逆らうなぁ」
 六花がまた最高の笑顔を見せる。
 それが出たら、しょうがねぇ。

 俺は語り出した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 小学五年生の時のクリスマスイブ。

 授業が終わると、みんな急いで家に帰った。
 いつも取り巻いている女たちも、喧嘩を売って来る男連中も、何人かの男友達も。
 誰もが家に入っている。
 俺はトボトボと家に帰り、カバンを置いて外に出た。
 みんな家でクリスマスを迎えている。
 俺も過去に何度かはあった。
 アイスのケーキを喰い、親父が珍しくプリンを作ってくれた。

 今は家に誰もいない。
 二人とも共働きで、帰りは深夜だ。
 今日はクリスマスイブで、随分と遅くなると聞いていた。

 寒かった。
 雪が降って来た。
 ボタ雪だ、きっと積もるに違いない。



 寒いので、なんとなく歩き続けた。
 動いてないと、どんどん寒くなる。
 俺はジーンズを履き、上はセーターと薄いジャンパーだけだった。
 雪が積もって行く。
 いよいよ寒くなって、俺は時々行く、山の麓の廃屋へ向かった。
 近所には数件の家しかない。

 外側の壁だけ残って、中はがらんどうで地面が出ている。
 何かの倉庫だったのだろう。
 折り畳み椅子が何脚かある。
 俺は山から枯れ枝を拾って来た。
 雪で濡れている。
 廃屋の中の廃材の板に火を点けた。
 時々外で焚火をするので、ライターを持っていた。

 枯れ枝を脇に置いて、火で乾かした。
 折り畳み椅子を出して、座った。

 「あったけぇー」

 俺は手をかざして火を見つめた。
 火を見ていると、時間が勝手に過ぎていく。
 不思議なものだった。




 「石神くん?」
 扉もない入り口で、俺は名前を呼ばれた。

 「おう! 南か」
 同級生の南涼子だった。
 眼鏡をかけて目立たない子だったが、誰にでも優しい、いい奴だった。
 俺が喧嘩三昧だったため、あまり口を利いたことはない。
 でも、俺は南が周りの人間に親切にしているのを、何度も見ていた。

 「あの、ここで何をやってるの?」
 「ちょっと寒いじゃん。だから温まってる」
 「ふーん」

 「南も来いよ! 温かいぞ!」
 「うん」

 「南こそ、何やってたんだよ?」
 「ちょっと夕飯の買い物」
 家がこの近所なのだと言う。
 南は買い物カバンを持っていた。
 今は見かけない、トートバッグのようなものだ。
 中を見ると、インスタントラーメンだった。

 「家の人は?」
 「お父さんもお母さんもお仕事なの。今日はクリスマスで遅くなるって」
 「一緒じゃん!」
 「え?」
 「ほら、うちって貧乏だろ? 今日は稼ぎ時だから、二人とも遅いんだ」
 「そうなんだ」

 南は焚火の火を見ながら言った。

 「石神くんはずっとここにいるの?」
 「そうだなぁ。家に帰っても誰もいねぇしな」
 「家の中の方が温かくない?」
 「同じだよ。こっちの方がいいかも」
 「そうなんだ」
 「誰もいない家にいるとさ。みんな親とかと一緒に楽しんでいるとさ。なんか寒いじゃん」
 「ウフフフ」
 南がちょっと笑った。

 「貧乏ってやだよなー」
 「うん、そうだね」
 「まあ、うちの場合、確実に俺のせいだけどな」
 「そうなの?」
 「俺がしょっちゅう病気だの大怪我だのするからさ。その治療費で家に全然お金がないの」
 「そうなんだ。時々石神くん、入院してるよね」
 「ああ。盲腸なんかで誰かが入院すると、みんなでお見舞いに行くじゃん。俺の場合ってしょっちゅうだから、もう誰も来ねぇ」
 「ウフフフフ」

 俺は入院の常連で、医者や看護婦や他の入院患者と仲がいいんだという話をした。
 南は面白がって笑った。
 1時間以上も話していた。
 俺は乾いた枝を選んで焚火を維持した。

 「南、そろそろ帰れよ。雪が積もったら大変だぞ?」
 「うん」
 「あ、俺送ってくよ。転んだら大変じゃん」
 「私もここにいていい?」
 「え?」
 「石神くんと初めてこんなに話せたんだもん」
 「そうだよな」

 「もっと話したい」
 「でも、お前」
 「ダメ?」
 「いや、いいけどさ」

 俺は外の雪が強くなっているのを心配した。
 俺は帰れるが、南はどうだろう。
 まあ、送って行けばいいかと思った。

 「南、夕飯はどうするんだ?」
 「え、あそうか。どうしよう」
 「ちょっと待ってろ」

 俺は廃屋に残った棚から、鍋を出してきた。

 「時々さ、ここでなんか食べたりするんだ。だからとってあるんだよ」
 「へぇ! スゴイね」

 俺は外の水道で鍋を洗い、水を汲んできた。

 「まだラーメンは入れないでな!」
 「石神くん、どこへ行くの!」
 「待ってろよ、俺に任せろ!」

 俺は出て行って、近所の畑からジャガイモやネギなどを失敬してきた。

 「石神くん! 雪だらけじゃない!」
 「あ? ああ、全然平気」
 「ダメだよ! 早く火にあたって」
 
 俺は軽く雪を払った。
 南が背中に回って、手伝ってくれる。

 「おい、南。火の傍にいろよ、寒いだろう」
 「何言ってるのよ! 石神くんこそ」

 俺は廃屋のレンガを焚火の傍に組んで、その上に鍋を乗せた。
 南が俺の手際に感動する。

 「へぇー、こうやればいいんだ」
 「アハハハ」

 俺は外でジャガイモなどを洗い、皮を爪で落とし、指と歯で小さく千切った。
 卵も、鶏小屋から2つ盗んできた。
 洗ったザルに、それらを乗せた。
 戻ると、丁度湯が沸騰している。
 俺は卵以外の食材を鍋に入れた。

 「石神くん、そのお野菜とかって」
 「ああ、勝手に引っこ抜いてきた」
 「え! 泥棒じゃない!」
 「俺は義賊だからな」
 「なにそれ?」
 「ほら、ねずみ小僧とかのさ。悪い奴から盗むって泥棒だよ」
 「その畑の人、悪い人なの?」
 「うーん、よく知らない」
 「えぇー!」
 「でも、俺の顔を見るとぶん殴りにくるぜ?」
 「それは石神くんが盗むからでしょ!」

 「アハハハハ!」
 「アハハハハ!」

 二人で笑った。

 「もう、今日はいっか!」
 「そうだよ、子ども二人が凍えそうなんだからな!」
 「え、温かいよ?」
 「そうか!」

 ジャガイモが煮えたのを確認し、ラーメンを入れて、俺は茶碗を洗いに出た。
 小さなご飯用の茶碗だった。
 南の前に一つ置き、俺は細い枝で箸を作った。

 「ちょっと食べにくいけどな」
 「うん!」

 粉末の調味料を入れる。
 俺は南の茶碗に卵を割り入れ、鍋をそっと傾けて汁と食材を箸で落とした。
 自分の物もよそる。

 「食べようか!」
 「あ! メリークリスマス!」
 「そうか、メリークリスマス!」
 二人で食べた。
 ちょっと味が薄いが悪くはない。

 「美味しいね!」
 「野菜がいいだろ?」
 「うん! 家ではラーメンだけだから」

 南が茶碗を見つめている。

 「どうした?」
 「私、生の白身って苦手なの」
 「あ、悪い! じゃあ俺にくれよ」
 「でも、私口つけちゃったし」
 「いいよ。ああその野菜は歯で千切ったぞ?」
 「えぇー!」
 「いいじゃんか」
 「うーん、いいか。石神くんだし」
 「?」

 俺は白身をもらった。
 結構食べて、身体も一層温まった。

 「南、ラーメンありがとうな」
 「ううん、私こそいろんなお野菜とか卵まで」
 「盗んだものだけどな!」
 「ウフフフフ」

 二人で時々、鍋の湯を茶碗に注いで飲んだ。

 「石神くんて、すごいよね」
 「そうか?」
 「だって、こんな何もないところで、パッといろんなことが出来ちゃうし」
 「そうかな」

 「いつもだって、喧嘩も、こう、パパっと勝っちゃうでしょ?」
 「あいつら、弱いからなぁ」
 「勉強もできるし」
 「そっちは頑張ってる!」
 「それに」
 「ん?」

 「いつも女の子たちに囲まれて」
 「そっちはうっとうしいなぁ」
 「そうなの?」
 「そうだよ。好きでもない女に囲まれてもな」

 「そうなんだ」
 南が微笑んでいた。



 南がトイレに行きたいと言った。

 「外だからな。ああ、これを羽織って行けよ」
 俺は薄いジャンパーを南にかけた。
 外へ出た南がすぐに戻って来た。

 「石神くん、どこ?」
 「え、その辺でやればいいじゃん」
 「げぇ!」
 「しょうがないだろう」
 「石神くん、来ないでね」
 「ああ」

 俺は水戸黄門のテーマ曲を大声で歌った。
 南が笑いながら帰って来た。

 「これ、ありがとう。乾かすね」
 「平気だよ」

 俺は雪を払い、そのまま羽織った。
 枯れ枝で良さそうなのがあったので、隅に立てた。
 
 「何あれ?」
 「ああ、クリスマスツリー?」
 「アハハハハハ!」
 
 俺たちはいろいろな話をした。
 俺の喧嘩の話や、入院中の話など。
 南は読んだ本の話などをし、俺にも本を貸してくれると言った。



 「南、そろそろ帰れよ」
 「うん、そうだね」
 「送って行くよ」
 「ありがとう」

 俺は鍋の湯をかけて火を消した。
 南と外へ出ると、吹雪のように雪が強くなっていた。
 俺は南の手をつないで、前に立って歩いた。
 
 「石神くん、ありがとう」
 「いや。じゃあまたな」
 「うん。今日は石神くんといろいろお話できて楽しかった」
 「ああ、俺も。また話そうや」
 「うん!」
 
 俺たちは握手をして別れた。
 俺が歩いて行くと、南が大きな声で叫んだ。

 「メリークリスマス!」
 「メリークリスマス!」

 俺も叫んで走って帰った。




 いいクリスマスになった。  
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