富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
上 下
623 / 2,901

橘弥生

しおりを挟む
『で、どうなの? いい感じなの?』

 電話の向こうの弘子は声色だけでもわかるぐらいノリノリだ。涼香はため息混じりに言葉を返す。

「いや、だからさ……友達だって言ってんじゃん」

 何回言わせれば気がすむのだろうか。
 一昨日はメールで、昨日は会って直接、そして今電話で確認を取られている。お見合いおばさんのしつこい勧誘を受けているようで涼香は額に手を当ててもう一度大きく息を吐く。

『だって、こんなに会うなんて今までないでしょ?』

「それは──なんでもない」

 弘子には言えない。お互い自分に振り向かないだろうと分かっているから一緒にいられる……だなんて。

『とにかく、すぐに言いなさいよ。ね?』

 弘子は母親のようだ。適当に相槌を打ち電話を切る。

 ベッドに横になると大輝の切なそうな顔を思い出した

 大輝くんは……どんな人を愛したんだろう……。

 涼香は少し過去の女性が気になった。あの大輝の想い人だ、きっと見た目も心もきれいで素敵な人なんだろう。

 でも、振られちゃったんだよな……。

 詳しくは聞けない。だって、自分だってまだ軽く人に言えない。

 涼香は携帯電話を手に取ると大輝にメールを送る。

──明日仕事終わりに飲み行かない?

 すぐに返信が来た。

──了解。どこ行く?

──大輝くんが言ってた韓国料理の店はどう?

──OK。また連絡する


 短いやり取りを終え携帯電話を置く。そのまま涼香は眠りについた。




 その店は平日にもかかわらず大盛況だった。韓国人の店主が作るチゲ鍋や、海鮮チヂミが絶品らしい。二人掛けの狭い席に座ると慣れたように大輝が注文していく。

「やっぱ混んでたか……荷物、下に置いて」

「あぁ、ありがとう」

 二人は互いにビールを傾けた。

「お疲れさん」
「お疲れ!」

 ぐいっと飲むと一気に背筋が伸びた気がする。一日の終わりを感じてしまう。
 運ばれてきた料理はどれも最高に美味しかった。辛いのに旨味があってすっかり気に入ってしまった。上機嫌で頬張っていると大輝が涼香の顔をじっと見つめていた。

「うん?」

「……美味しそうに食べるよな……いや、美味しいけど」

 そういうとチヂミを飲み込んですぐの私の口元に次のチヂミを差し出す。一瞬躊躇うもそのまま凄い勢いでかぶりつくと大輝が満面の笑みでそれを見ている。
 まるで餌付けだ。

 少し恥ずかしくて顔が熱くなるが、大輝はお構いなしなようだ。誤魔化すようにビールも飲んでいると、横を通りかかった人影が立ち止まる。

「……涼香?」

「え……あ──武、人」

 そこには二年前よりも髪が短くなり爽やかな香りを伴った元彼の林 武人はやし たけとが涼香を見下ろしていた。

 大輝は二人の様子からなんとなく察しがついたのか気まずそうに横を向きビールを飲む。

「元気、そうだな……」

「あ、武人も……」

「彼氏?」

武人が大輝の方を一瞬見る。大輝はニコッと微笑んでいる。

「俺は涼香ちゃんの友達ですよ」

「あ……そうなんですね」

 武人はなぜか表情を緩める。彼氏か彼氏じゃないかを気にする立場にもないはずだが、明らかに大輝を見る目が優しくなったのに気付く。

 奥の席で武人を呼ぶ声が聞こえると慌ててポケットからボールペンを出しそこにあった紙ナプキンに電話番号を記入する。

「ごめん、よかったら連絡して? じゃ──」

 そのまま幻のように武人が店の奥へと消えた……。

 なんだったんだ、今のは。

 机に置かれた見慣れたはずの武人の字が別人のように見える。

「……よかったじゃん、今の人、二年前の人でしょ? やり直したい感じ出してたけど。俺の事も気になってたみたいだし」

「え? あ……いや、そうだけど。違うよ、だって……私捨てられ──」

「ずっと忘れられなかったんだろ? 素直になれって……チャンスだろ?」

 大輝の顔は真剣そのものだった。やり直せばいい──そう言ってるようだ。

「……まだいいよ──会えたら……」

「え?」

 大輝がまたあの時みたいに俯いて遠い目をしている。

「涼香ちゃんは、こうしてまだ会える。憎んでいても、愛していても……俺は違う」

 心臓が痛くなる。
 大輝の心が痛みで悲鳴を上げているのが聞こえる。まさか、まさか──。

「俺の彼女はもう、この世にいない──会いたくても、会えない。嫌いにもなれない──忘れられない」

 大輝の顔が苦しげに歪むのを見て私の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。泣くつもりなんてなかった。きっとこれは大輝の涙だ。

 どうして彼が私と同じだと似ていると思ったのだろう。愛している人の死を体験し、愛する気持ちをぶつける矛先を失った彼の心は、私の悲しみを優に超えている。

 彼の心は深く深く、囚われたままだ──。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 61

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...