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ホークレディ 誕生
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翌日の土曜日。
俺は栞の家に行った。
リヴィングでコーヒーをもらう。
「どうだった、鷹との丹沢は?」
「うん。心配してたんだけど、明るい顔をしてたよ」
「そうか、良かった」
栞は最近車を買った。
トヨタのランドクルーザー ZX G-FRONTIERだ。
色は白だった。
一度乗せてもらったが、あまりに荒っぽい運転で二度と乗ってない。
「朝までいたのか」
「うん。ちょっと車の中で寝たけどね」
「大変だろうけど、鷹を頼むな」
「もう大丈夫だよ。何か吹っ切れたみたい」
「栞のお陰だな」
「エヘヘヘ」
俺は昼食をご馳走になり、夕方に帰った。
子どもたちと夕飯を食べ終えると、栞から電話が来た。
「石神くん! 急いで蓮花に電話して!」
「どうした!」
「鷹が! 鷹が大変なの!」
栞が半狂乱で叫んだ。
問い詰めている時間が無いことを直感で知った。
俺はすぐに蓮花に電話する。
最大級に嫌な予感がした。
電話を持つ手が震えていた。
「石神様! 今ミユキと鷹さんの所へ向かっています。ミユキ! もっとスピードを!」
「はい!」
あの蓮花が慌てている。
「何があったんだ!」
「先ほど栞様から連絡がありました。峰岸鷹さんが自殺なさろうとしていると」
「なんだと!」
「場所は分かっています。今急行しています。お腹を刃物で裂いたと聞きました」
「蓮花! 急いでくれ! 頼む!」
「はい! 必ずお助けします!」
俺はすぐにライダースーツに着替え、ドゥカティに跨った。
気づいて追いかけてくる亜紀ちゃんに、栞に事情を聞けと伝えた。
1秒が惜しかった。
俺はスロットルを開き、蓮花の研究所へ急いだ。
あれだけの遣り取りですべてが分かった。
鷹は生体チップと恐らくは「α」の粉末を手に入れるために、蓮花の研究所の近くで自刃したのだ。
場所は知らなかっただろう。
しかし栞から群馬の、またもう少し詳しい場所を聞き出していたに違いない。
そこで自刃し、栞に連絡した。
研究所で「処置」する他が無い方法で。
途中で蓮花から連絡が来た。
俺は時速300キロを切らずにずっと走っていた。
インカムで応答する。
「どうなんだ!」
「石神様! 鷹さんは喉を突きました!」
「なんだとぉ!」
「私たちの姿を見た途端に! 生体チップと「α」の粉末をお望みです!」
やはりそうだった。
俺は目の前が暗くなった。
「とにかく研究所へ運べ! 通常の処置では間に合わないのか!」
「恐らく。鷹さんは最初から生体チップと「α」を求めて自刃なさったのだと」
「!」
「石神様! ご決断を」
蓮花にも分かったのだ。
俺は即座に指示した。
「蓮花、やれ! 「オロチ」もだ! 俺の決断だ!」
「かしこまりました!」
「必ず助けてくれ、蓮花! 頼む!」
「はい! 必ず!」
研究所には1時間足らずで着いた。
途中は信号も止まらずに突っ切って来た。
カードで門を開け、研究所に入った。
廊下をオペ室に向かっていると、ミユキが現われた。
「石神様! こちらです。もうすべての処置は終わりました」
「鷹は無事か!」
「はい。命は留めていらっしゃいます」
ようやく安堵した。
俺はミユキと一緒に走り、鷹のいる部屋へ入った。
「蓮花!」
「石神様。鷹さんのオペは終わりました」
「鷹は?」
俺は眠っている鷹を見た。
輸血や幾つかの点滴。
鷹の美しい髪は全て喪われ、頭頂部に生体チップのプレートが固定されている。
「お身体の傷は、生体チップによる脳の高速化の働きと、「α」の粉末と「オロチ」の皮によってすでに完治しつつあります」
「そうか、よくやってくれた」
俺は眠っている鷹の手を握った。
鷹の手は、尚も温かかった。
「麻酔は?」
「あと1時間ほどで。わたくしたちは下がっております。いつでもお声を掛けて下さい」
俺はミユキと出て行こうとする蓮花を止めた。
「蓮花、よく鷹を救ってくれた。ありがとう」
「いいえ、わたくしは」
「ミユキもありがとう」
「とんでもございません」
俺は鷹のベッドに戻った。
鷹が目を覚ました。
「い、石神先生?」
「ああ、来たぞ」
「あの、私……」
「何も言うな。すべて終わった」
「はい」
「黙って聞け」
俺は鷹を抱き締めた。
「お前はバカだ。俺はお前にこんな姿になって欲しくはなかった」
「……」
「俺なんかのために、お前は大馬鹿だ。何をやってるんだ」
「……」
「お前のあの美しかった黒髪が、お前……」
「石神先生、泣いていらっしゃるんですか?」
「当たり前だ」
「すみません。私も嬉しくて泣いています」
「分かってる」
「鷹、黒髪だけではない」
「はい」
「お前の子宮はズタズタだった。だから俺の指示でそこにも生体チップを入れた。子宮の代わりにな」
「はい」
「脊髄を通して二つのチップが応答する。連携してお前の運動能力は飛躍的に向上する」
「嬉しいです」
「俺は嬉しくない! お前に強くなんてなって欲しくなかった!」
俺の目から涙が零れた。
「はい、知っています。石神先生はいつも私のことを思って下さってました」
「だったら何故! お前!」
「私も同じだからです。石神先生をお守りする人間になりたかった。私には石神先生しかおりませんから」
「鷹!」
「すみません。今は私のために泣いて下さい」
「ばかやろう、お前は酷い奴だ」
「はい、すみません」
「俺はいつかお前に俺の子を産んで欲しかった」
「!」
「お前と俺の子はきっと……」
「私は本当に大馬鹿ですね」
「その通りだ」
鷹がまた眠った。
哀しき、ホーク・レディが生まれた。
俺は栞の家に行った。
リヴィングでコーヒーをもらう。
「どうだった、鷹との丹沢は?」
「うん。心配してたんだけど、明るい顔をしてたよ」
「そうか、良かった」
栞は最近車を買った。
トヨタのランドクルーザー ZX G-FRONTIERだ。
色は白だった。
一度乗せてもらったが、あまりに荒っぽい運転で二度と乗ってない。
「朝までいたのか」
「うん。ちょっと車の中で寝たけどね」
「大変だろうけど、鷹を頼むな」
「もう大丈夫だよ。何か吹っ切れたみたい」
「栞のお陰だな」
「エヘヘヘ」
俺は昼食をご馳走になり、夕方に帰った。
子どもたちと夕飯を食べ終えると、栞から電話が来た。
「石神くん! 急いで蓮花に電話して!」
「どうした!」
「鷹が! 鷹が大変なの!」
栞が半狂乱で叫んだ。
問い詰めている時間が無いことを直感で知った。
俺はすぐに蓮花に電話する。
最大級に嫌な予感がした。
電話を持つ手が震えていた。
「石神様! 今ミユキと鷹さんの所へ向かっています。ミユキ! もっとスピードを!」
「はい!」
あの蓮花が慌てている。
「何があったんだ!」
「先ほど栞様から連絡がありました。峰岸鷹さんが自殺なさろうとしていると」
「なんだと!」
「場所は分かっています。今急行しています。お腹を刃物で裂いたと聞きました」
「蓮花! 急いでくれ! 頼む!」
「はい! 必ずお助けします!」
俺はすぐにライダースーツに着替え、ドゥカティに跨った。
気づいて追いかけてくる亜紀ちゃんに、栞に事情を聞けと伝えた。
1秒が惜しかった。
俺はスロットルを開き、蓮花の研究所へ急いだ。
あれだけの遣り取りですべてが分かった。
鷹は生体チップと恐らくは「α」の粉末を手に入れるために、蓮花の研究所の近くで自刃したのだ。
場所は知らなかっただろう。
しかし栞から群馬の、またもう少し詳しい場所を聞き出していたに違いない。
そこで自刃し、栞に連絡した。
研究所で「処置」する他が無い方法で。
途中で蓮花から連絡が来た。
俺は時速300キロを切らずにずっと走っていた。
インカムで応答する。
「どうなんだ!」
「石神様! 鷹さんは喉を突きました!」
「なんだとぉ!」
「私たちの姿を見た途端に! 生体チップと「α」の粉末をお望みです!」
やはりそうだった。
俺は目の前が暗くなった。
「とにかく研究所へ運べ! 通常の処置では間に合わないのか!」
「恐らく。鷹さんは最初から生体チップと「α」を求めて自刃なさったのだと」
「!」
「石神様! ご決断を」
蓮花にも分かったのだ。
俺は即座に指示した。
「蓮花、やれ! 「オロチ」もだ! 俺の決断だ!」
「かしこまりました!」
「必ず助けてくれ、蓮花! 頼む!」
「はい! 必ず!」
研究所には1時間足らずで着いた。
途中は信号も止まらずに突っ切って来た。
カードで門を開け、研究所に入った。
廊下をオペ室に向かっていると、ミユキが現われた。
「石神様! こちらです。もうすべての処置は終わりました」
「鷹は無事か!」
「はい。命は留めていらっしゃいます」
ようやく安堵した。
俺はミユキと一緒に走り、鷹のいる部屋へ入った。
「蓮花!」
「石神様。鷹さんのオペは終わりました」
「鷹は?」
俺は眠っている鷹を見た。
輸血や幾つかの点滴。
鷹の美しい髪は全て喪われ、頭頂部に生体チップのプレートが固定されている。
「お身体の傷は、生体チップによる脳の高速化の働きと、「α」の粉末と「オロチ」の皮によってすでに完治しつつあります」
「そうか、よくやってくれた」
俺は眠っている鷹の手を握った。
鷹の手は、尚も温かかった。
「麻酔は?」
「あと1時間ほどで。わたくしたちは下がっております。いつでもお声を掛けて下さい」
俺はミユキと出て行こうとする蓮花を止めた。
「蓮花、よく鷹を救ってくれた。ありがとう」
「いいえ、わたくしは」
「ミユキもありがとう」
「とんでもございません」
俺は鷹のベッドに戻った。
鷹が目を覚ました。
「い、石神先生?」
「ああ、来たぞ」
「あの、私……」
「何も言うな。すべて終わった」
「はい」
「黙って聞け」
俺は鷹を抱き締めた。
「お前はバカだ。俺はお前にこんな姿になって欲しくはなかった」
「……」
「俺なんかのために、お前は大馬鹿だ。何をやってるんだ」
「……」
「お前のあの美しかった黒髪が、お前……」
「石神先生、泣いていらっしゃるんですか?」
「当たり前だ」
「すみません。私も嬉しくて泣いています」
「分かってる」
「鷹、黒髪だけではない」
「はい」
「お前の子宮はズタズタだった。だから俺の指示でそこにも生体チップを入れた。子宮の代わりにな」
「はい」
「脊髄を通して二つのチップが応答する。連携してお前の運動能力は飛躍的に向上する」
「嬉しいです」
「俺は嬉しくない! お前に強くなんてなって欲しくなかった!」
俺の目から涙が零れた。
「はい、知っています。石神先生はいつも私のことを思って下さってました」
「だったら何故! お前!」
「私も同じだからです。石神先生をお守りする人間になりたかった。私には石神先生しかおりませんから」
「鷹!」
「すみません。今は私のために泣いて下さい」
「ばかやろう、お前は酷い奴だ」
「はい、すみません」
「俺はいつかお前に俺の子を産んで欲しかった」
「!」
「お前と俺の子はきっと……」
「私は本当に大馬鹿ですね」
「その通りだ」
鷹がまた眠った。
哀しき、ホーク・レディが生まれた。
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