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穏やかな日

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 金曜日。

 顕さんの病室へ行った。

 「明日、顕さんの家の掃除をさせていただきますね」
 「悪いなぁ。どうせ年内に出るんだから、適当でいいから」
 「いえいえ。フィリピンに行っている間もお世話させてください」

 顕さんは、しきりに恐縮された。

 「顕さんの家ですけど、奈津江の家でもあるんですからね」
 「それを言われるとなー」
 二人で笑った。
 俺は前から鍵を預かっている。
 時々行って、水道などを流していた。
 そうしないと、主に排水口が詰まってしまうし、ウォータートラップが干上がって下水の臭いが上がって来る。

 他人様の家なので、子どもたちにも頼めない。
 俺が仕事帰りに、月に何度か行っていた。

 
 顕さんは、CGの最終の仕上げをしていた。


 「間に合いそうですか?」
 「ああ、大丈夫だよ」

 「すいませんね」
 「いやー、俺の楽しみだ。この「仕事」が入院中で一番楽しかったよ」
 「ありがとうございます」

 俺は顕さんの部屋を出て、響子の部屋へ行った。
 昼食前で、響子は六花と遊んでいた。
 布団を丸めて、響子が跨っている。

 「何してんだ?」
 「石神先生! ああ、響子にバイクの乗り方を」
 「そうか」

 響子の前のタブレットに、バイクの走行の動画が流れている。
 それに合わせて体重移動やスロットルやブレーキの操作をしているらしい。
 まあ、適当だが。

 「面白そうだな!」
 「うん!」

 六花が考えたのだろう。
 いいアイデアだ。


 もうすぐ顕さんが退院するので、何かを、と六花が考えた。

 俺は響子を抱き上げた。

 「あー!」

 「今度また、バイクで出掛けるか」
 「うん!」

 六花もニコニコと笑っていた。



 昼は、顕さんを連れて四人でオークラのベルエポックで食事をした。
 みんなで響子を楽しませた。

 「双子がさ、無人島に行っちゃってな」
 「えぇー!」

 「ちょっとした事故みたいなものだったんだけど」
 「大丈夫だったの!」

 「ああ、平気平気。別荘で川の魚取ったじゃない」
 「うん、ハーちゃん」

 「同じ要領で海の魚とか食ってた」
 「アハハハ!」

 「サメとかも獲れたそうだよ。だからサメの革で服作ってな」
 「すごいね!」

 「サメの頭とウツボの頭を両肩につけて。メキシコの海岸についたらバケモノだって騒がれた」
 「アハハハハハハ!」

 響子は大笑いだった。
 他の二人も笑っている。

 「それで何とかアメリカまで辿り着いてなぁ。アルと静江さんに助けてもらったんだ」
 「えぇ! そうなの!」

 「レイチェルさんって綺麗で優しい人がわざわざうちまで送ってくれたんだ」
 「あ! レイ!」
 「ああ、知ってるのか?」
 「うん! 大好きなの!」
 「そうかぁ。忙しそうな人で、すぐに帰られたんだけどな。ちゃんとお礼がしたいなぁ」
 「今度呼んであげる!」
 「ほんとか! そうしてくれよ」
 「うん!」

 本当に来てくれると嬉しい。



 「石神くんの子どもは元気だねぇ」
 顕さんが言った。

 「元気すぎですよ! こっちはしょっちゅう大変だ。今回はロックハートの家の方々が何とかしてくれましたけどね」
 「確かにとんでもないよなぁ」

 「借りたフェラーリをぶっ壊すし」
 「え!」

 「帰ったら中身がないんですからね。弁償も大変でした」
 「そりゃー」


 「石神先生の大事な絵を目茶目茶にするし」
 「ああ、怒られるのが嫌で家出したよな」
 「アハハハ!」
 顕さんが大笑いした。

 「響子はいたずらしなくてカワイイぞ」
 「たまにデブになりますけどね」
 「いやー!」

 「ああ、久しぶりに倉庫の掃除をするか」
 「そうですね」
 「わ、私がしとくよ!」
 響子が慌てて言った。

 「そうか。じゃあ悪いけどお願いするかな」
 「うん! まかせて!」
 俺と六花が笑った。




 夜の7時頃に家に帰った。
 既に子どもたちは夕飯を終えていた。
 映画鑑賞の日だったが、明日は早いので、今日は休む。
 子どもたちも、8時頃には部屋へ行った。

 亜紀ちゃんがニコニコしている。

 「お食事でしょ? じゃあ次は」

 俺は笑って支度して来いと言った。




 湯船に一緒に浸かる。

 「今日はちょっとだけにしておきますか!」
 「おい、何をするんだよ?」

 「ちょっとだけ飲みましょうよ」
 「俺は眠いよ」

 「大丈夫ですよ」
 「どうしてだよ?」

 「ちょっとだけですから」

 俺は笑うしかなかった。



 風呂を上がり、寝間着に着替えて梅酒を飲んだ。

 つまみは漬物だけだ。

 「明日はちゃんと飲みましょうね!」
 「亜紀ちゃんはすっかり酒飲みになったな」
 「エヘヘヘ」

 「千両のとこでもよく飲んでたよなぁ」
 「だっていっぱい勧められちゃって」
 「うそつけ! 一升瓶抱えてたじゃねぇか」
 「アハハハハ」

 亜紀ちゃんがロボの鼻に漬物を近づける。
 ロボが嫌がって俺の膝に乗った。

 「そういえば、桜さんが来たいって言ってますよ」
 「連絡があったのか?」

 「はい。タカさんが帰るちょっと前でしたけど」
 「すぐに言えよ」

 「すみません。いつ帰るのか分からなくて、お部屋にメモを置いておいたんですけど」
 「それでも口頭で言え。まあ、桜の連絡なんかはどうでもいいけどな」

 「すみませんでした。でも一度お呼びしませんか?」
 「なんでだよ?」

 「だって」
 「ん?」

 「また飲めますもん」
 「お前なぁ」

 亜紀ちゃんは隠れては飲まない。
 必ず俺と一緒の時だけだ。

 「それと」
 「まだあるのか」

 「また『薔薇乙女』に連れてってください」
 「飲むことばっかだな」
 「アハハハハ!」


 

 「明日はよろしくな」
 「はい! タカさんの最愛の人の家ですもんね!」
 「そういうことだ」

 明日は栞も一緒に行く。
 その足で丹沢に送る予定だ。 

 俺たちはグラスを空けた。
 亜紀ちゃんが片付けると言うので、俺とロボは部屋へ行った。




 顕さんと奈津江の家を綺麗にしよう。
 俺は明日の段取りを考えながら、眠った。
 今日は何も事件はない。
 穏やかな日がいい。
 そう思った。
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