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ミユキ Ⅵ: 告白
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小学一年生の時に、両親から勧められて隣町の「花岡流現代合気道」に通い出した。
幼い頃から、それほど丈夫でなかった私のことを考えての勧めであったのだろう。
「元気になるといいね」
母がそう言っていた。
師範は優しい人だった。
いつもニコニコしていて、分かりやすく指導してくれる。
年に数回、綺麗な女の人も来た。
先輩たちが「栞先生」と呼ぶその綺麗な人は、師範の娘さんらしい。
栞先生が来ると、みんなが喜んだ。
練習もそっちのけで栞先生の所に集まる。
師範はときどき注意したが、大体笑って見ていた。
だけど、時たま来る「大師範」は本当に怖い人だった。
師範以外とは誰とも話さない。
指導して下さることも稀だ。
いつもみんなを見ているだけだ。
その目が怖い。
ある時、大師範よりもずっと怖い人が来た。
一目見て、悪魔が人間の姿をしていると感じた。
私はなるべく見ないようにして演武を続けていた。
怖くて身体が震えた。
立っているのさえ辛かった。
でも、悪魔を観たくなくて、目を閉じて必死に演武をしようとした。
「こいつ、面白いな」
悪魔が言った。
目を開けるとみんな倒れていた。
師範はいなかった。
悪魔が近づいてきて、私は気を喪った。
気が付くと知らない部屋にいた。
悪魔と、彼岸花の着物の女の人がいた。
「この者をどうなさるので?」
「決まっている。新しい「人形」だ」
「どこからお連れになったのですか?」
「ああ。雅の道場だ。役にも立たんことをしていたので、ちょっと「気合」を入れた。こいつだけが立っていたんだ」
「それは」
「見所がある。きっと面白い「人形」になるぞ」
悪魔が笑った。
「雅様がお怒りになるのでは」
「知らん」
「しかし」
「雅は俺よりも弱い。さきほども簡単に壊せたぞ」
「そんな!」
「何を心配している? 俺をどうにかできるのは斬のじじぃだけだ」
「でも、この者の係累が斬様に訴えれば」
「ああ、ならばこいつの家族はみんな白くしてやろう」
「!」
私はまた気を喪った。
「……様」
私の奥底にあるものに触れた。
そこまで、何もかもが消されていた。
次に気が付くと、広い部屋で椅子に縛られていた。
目の前に怯える両親と姉と弟がいた。
悪魔がその横に立っていた。
「ようやく気が付いたか。待たせるなよなぁ。じゃあ、始めるか!」
悪魔が父の頭を吹き飛ばした。
母の腹を裂き、中から何かを引きずり出した。
母は呻きながらも弟に覆いかぶさった。
悪魔はそれを見て笑いながら姉を犯した。
母の前で弟が少しずつ「消された」。
母が気を喪い、悪魔は全てを消失させた。
私は絶叫していた。
しかし、その声が聞こえなかった。
私も壊れた。
私はベッドに縛られていた。
彼岸花の女の人がベッドの脇に座っていた。
私が目を覚ましたことに気付いて、話し出した。
「お前を哀れに思う気持ちはあります」
低い声でそう言った。
「だから私がお前を真っ白にしましょう。そして「業」様のために働く戦士にしましょう」
ぼんやりと女の人を見た。
横を向いていたのでよく分からないが、泣いているようにも見えた。
眠っている間に、あれほど辛かった心が消えていくのを感じていた。
やがて、何もかもが消えて行った。
私は「私」であることをやめた。
その後で何かが入って来る感じがしたが、それは僅かに残った「私」の欠片が追い出した。
「私」の欠片は、ただ痛みを欲していた。
私の欠片も眠りについた。
何も無かった「私」の前に、真っ赤な火柱があった。
あまりにも大きな火柱だったので、「私」の欠片が起き出した。
温かくなった。
またしばらくして、「私」の前に、小さな白い光が見えた。
火柱で「私」が起きなければ気付かなかったかもしれない。
その小さな白い光も温かかった。
その小さな光は、「私」を見て泣いていた。
「私」は痛みを感じた。
「こーちゃん、泣かないで」
痛みとともに、そんな言葉が浮かんだ。
後になって、それが「私」の弟のことだと思い出した。
目が覚めた。
久しぶりのことだと分かった。
「石神様の御映像を」
彼岸花の着物の女性が言った。
似ているけど、前に見た人とは違うと分かった。
同時に、重なっている部分も見えた。
女性は私が最も欲しかったものを与えてくれた。
それは意識でも「私」でもない。
石神様だった。
自分が石神様を愛し、石神様のために戦うことを焼きつけられていることは分かっていた。
しかし、それは私の最も深い場所で望んでいたことだった。
不思議と、それが確信できる。
私は石神様と出会い、お役に立つために生まれて来た。
あの日、すべてが消された時に最後に触れたものがそれであることを理解していた。
蓮花様にそのことをお話しすると、悲しい顔をされた。
でも、これは私にしか分からない。
私は蓮花様の用意した訓練に明け暮れた。
早く石神様のお役に立てるようにしなければならない。
焦る私を、たびたび蓮花様が諫めた。
そして、ついに私は「石神様」を会うことが出来た。
全身が燃え上がるような歓喜だった。
御身を困らせるのが分かっていたが、涙が止められなかった。
石神様は私が思っていた以上に御優しい方だった。
私のために、私を抱いて下さった。
御無理があったことだと、後から蓮花様に聞いた。
「あの方は御自分の命でさえ、簡単に大事な者のために捨ててしまうのです。だから私たちはあの方をお守りしなければなりません」
「はい!」
石神様は私に御優しくして下さった。
それが私の思い上がりだと知った。
石神様が私を外に御連れになった。
石神様が御呼びになり、黒い蛇が出てきた。
石神様が呼ばれたものなので、恐怖は無かった。
石神様は、蛇に何かを命じられた。
蛇が私の中に入って来た。
私が十分だと思っていた「私」に、膨大な何かが入って来た。
私の記憶だった。
懐かしい友との再会。
二度と会えるはずのないそれらを、私は歓喜して迎え入れた。
友は「私」になった。
私は大いなる喜びの中で眠った。
石神様の御優しさは、私ごときでは計り知れないものだった。
私が思っていた御優しさは、その底にある広大な御優しさのほんの一部だったことが分かった。
記憶を取り戻し、やはり確信した。
私は石神様に出会うために生まれて来たのだと。
蓮花様が焼き付けてくれたものは、そのための標識だった。
黒い蛇は、私の運命を教えてくれた。
私は「本当の私」になった。
幼い頃から、それほど丈夫でなかった私のことを考えての勧めであったのだろう。
「元気になるといいね」
母がそう言っていた。
師範は優しい人だった。
いつもニコニコしていて、分かりやすく指導してくれる。
年に数回、綺麗な女の人も来た。
先輩たちが「栞先生」と呼ぶその綺麗な人は、師範の娘さんらしい。
栞先生が来ると、みんなが喜んだ。
練習もそっちのけで栞先生の所に集まる。
師範はときどき注意したが、大体笑って見ていた。
だけど、時たま来る「大師範」は本当に怖い人だった。
師範以外とは誰とも話さない。
指導して下さることも稀だ。
いつもみんなを見ているだけだ。
その目が怖い。
ある時、大師範よりもずっと怖い人が来た。
一目見て、悪魔が人間の姿をしていると感じた。
私はなるべく見ないようにして演武を続けていた。
怖くて身体が震えた。
立っているのさえ辛かった。
でも、悪魔を観たくなくて、目を閉じて必死に演武をしようとした。
「こいつ、面白いな」
悪魔が言った。
目を開けるとみんな倒れていた。
師範はいなかった。
悪魔が近づいてきて、私は気を喪った。
気が付くと知らない部屋にいた。
悪魔と、彼岸花の着物の女の人がいた。
「この者をどうなさるので?」
「決まっている。新しい「人形」だ」
「どこからお連れになったのですか?」
「ああ。雅の道場だ。役にも立たんことをしていたので、ちょっと「気合」を入れた。こいつだけが立っていたんだ」
「それは」
「見所がある。きっと面白い「人形」になるぞ」
悪魔が笑った。
「雅様がお怒りになるのでは」
「知らん」
「しかし」
「雅は俺よりも弱い。さきほども簡単に壊せたぞ」
「そんな!」
「何を心配している? 俺をどうにかできるのは斬のじじぃだけだ」
「でも、この者の係累が斬様に訴えれば」
「ああ、ならばこいつの家族はみんな白くしてやろう」
「!」
私はまた気を喪った。
「……様」
私の奥底にあるものに触れた。
そこまで、何もかもが消されていた。
次に気が付くと、広い部屋で椅子に縛られていた。
目の前に怯える両親と姉と弟がいた。
悪魔がその横に立っていた。
「ようやく気が付いたか。待たせるなよなぁ。じゃあ、始めるか!」
悪魔が父の頭を吹き飛ばした。
母の腹を裂き、中から何かを引きずり出した。
母は呻きながらも弟に覆いかぶさった。
悪魔はそれを見て笑いながら姉を犯した。
母の前で弟が少しずつ「消された」。
母が気を喪い、悪魔は全てを消失させた。
私は絶叫していた。
しかし、その声が聞こえなかった。
私も壊れた。
私はベッドに縛られていた。
彼岸花の女の人がベッドの脇に座っていた。
私が目を覚ましたことに気付いて、話し出した。
「お前を哀れに思う気持ちはあります」
低い声でそう言った。
「だから私がお前を真っ白にしましょう。そして「業」様のために働く戦士にしましょう」
ぼんやりと女の人を見た。
横を向いていたのでよく分からないが、泣いているようにも見えた。
眠っている間に、あれほど辛かった心が消えていくのを感じていた。
やがて、何もかもが消えて行った。
私は「私」であることをやめた。
その後で何かが入って来る感じがしたが、それは僅かに残った「私」の欠片が追い出した。
「私」の欠片は、ただ痛みを欲していた。
私の欠片も眠りについた。
何も無かった「私」の前に、真っ赤な火柱があった。
あまりにも大きな火柱だったので、「私」の欠片が起き出した。
温かくなった。
またしばらくして、「私」の前に、小さな白い光が見えた。
火柱で「私」が起きなければ気付かなかったかもしれない。
その小さな白い光も温かかった。
その小さな光は、「私」を見て泣いていた。
「私」は痛みを感じた。
「こーちゃん、泣かないで」
痛みとともに、そんな言葉が浮かんだ。
後になって、それが「私」の弟のことだと思い出した。
目が覚めた。
久しぶりのことだと分かった。
「石神様の御映像を」
彼岸花の着物の女性が言った。
似ているけど、前に見た人とは違うと分かった。
同時に、重なっている部分も見えた。
女性は私が最も欲しかったものを与えてくれた。
それは意識でも「私」でもない。
石神様だった。
自分が石神様を愛し、石神様のために戦うことを焼きつけられていることは分かっていた。
しかし、それは私の最も深い場所で望んでいたことだった。
不思議と、それが確信できる。
私は石神様と出会い、お役に立つために生まれて来た。
あの日、すべてが消された時に最後に触れたものがそれであることを理解していた。
蓮花様にそのことをお話しすると、悲しい顔をされた。
でも、これは私にしか分からない。
私は蓮花様の用意した訓練に明け暮れた。
早く石神様のお役に立てるようにしなければならない。
焦る私を、たびたび蓮花様が諫めた。
そして、ついに私は「石神様」を会うことが出来た。
全身が燃え上がるような歓喜だった。
御身を困らせるのが分かっていたが、涙が止められなかった。
石神様は私が思っていた以上に御優しい方だった。
私のために、私を抱いて下さった。
御無理があったことだと、後から蓮花様に聞いた。
「あの方は御自分の命でさえ、簡単に大事な者のために捨ててしまうのです。だから私たちはあの方をお守りしなければなりません」
「はい!」
石神様は私に御優しくして下さった。
それが私の思い上がりだと知った。
石神様が私を外に御連れになった。
石神様が御呼びになり、黒い蛇が出てきた。
石神様が呼ばれたものなので、恐怖は無かった。
石神様は、蛇に何かを命じられた。
蛇が私の中に入って来た。
私が十分だと思っていた「私」に、膨大な何かが入って来た。
私の記憶だった。
懐かしい友との再会。
二度と会えるはずのないそれらを、私は歓喜して迎え入れた。
友は「私」になった。
私は大いなる喜びの中で眠った。
石神様の御優しさは、私ごときでは計り知れないものだった。
私が思っていた御優しさは、その底にある広大な御優しさのほんの一部だったことが分かった。
記憶を取り戻し、やはり確信した。
私は石神様に出会うために生まれて来たのだと。
蓮花様が焼き付けてくれたものは、そのための標識だった。
黒い蛇は、私の運命を教えてくれた。
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