上 下
548 / 2,808

皇紀とミユキ

しおりを挟む
 東京駅から上越新幹線に乗った。
 高崎駅まで1時間もかからない。
 タカさんはグリーン車を用意すると言ったが、断った。
 東京駅から上越新幹線に乗った。
 高崎駅まで1時間もかからない。
 タカさんはグリーン車を用意すると言ったが、断った。

 「折角初めての一人旅なんだから、贅沢しろよ」
 「いいですよ。たった50分程度なんですから」
 タカさんはいつでも僕たちのためを考えている。
 僕たちが楽しく、喜ぶようなことを。
 土曜日で、しかも四連休。
 タカさんは「だから下りは空いているだろう」と言っていた。
 その通りだった。
 タカさんはやっぱスゴイ。

 高崎で新幹線を降りた。
 タクシー乗り場で、乗り込んだタクシーの運転手さんに行き先の《花岡畜産研究所》の名と住所を告げた。

 「珍しいね。お父さんとか勤めてるの?」
 「いいえ、見学のようなもので」
 「あそこ、そんなことやってるんだ」
 通りかかったことが何度かあるらしい。
 駅前は東京と同じように開けているが、5分も走ると、もう畑と山ばかりだ。
 蓮花さんの研究所は、山間にある。




 「あそこだけどね。あ、もう誰か待ってるよ」
 運転手さんはそう言ってタクシーを正門前で停めた。
 蓮花さんは着物ではなく、白衣を着ていた。
 僕が料金を払おうとすると、蓮花さんが運転手さんにお金を渡した。

 「このような服でお出迎えして申し訳ございません」
 僕にはよく分からないが、蓮花さんのいつもの着物は、正装のようなものらしい。
 今日はタクシーで行くと伝えていたので、不審がられないように、白衣なのだろう。

 「いいえ。僕なんかのために却って気を遣わせてしまってすいません」
 そう言うと、蓮花さんは微笑んで「こちらへ」と言った。

 



 本館の中へ入り、僕のために用意された部屋へ案内された。
 
 「お召替えの着物も用意しましたが、普通の服の方がよろしいですか?」
 「え、着物があるんですか!」
 タカさんが蓮花さんにいただいたという着物を持っている。

 「はい。皇紀様がよろしければとご用意いたしました」
 「是非! ああでも着方が分かりません」
 「わたくしがお手伝いいたします」
 そう言って、蓮花さんはベッドの脇に畳まれた着物を取り出した。
 恥ずかしかったが下着姿になった。
 蓮花さんは上も脱いで下さいと言った。
 後ろから襦袢というものを羽織らされた。
 温かかった。
 蓮花さんがすべてやってくれ、僕は生まれて初めて着物を着た。
 腰の帯が締め付けて背筋が伸びる感じがする。

 「歩いてみて下さい」
 歩くと裾が足に絡まる。

「普段よりも小幅に。慣れれば普通に歩けますよ」
 そうか、だから蓮花さんの動作は美しいのか。
 僕は嬉しくなった。
 蓮花さんはタカさんの着物で歩く姿が美しいのだと言った。
 また、僕の目標が一つ増えた。

 紺地の着物の柄は、月と多くの小さな白いバラだった。
 蓮花さんは僕を部屋の大きな鏡の前に連れて行き、背中を見せてくれた。
 大きな甲冑が描かれていた。

 「皇紀様は誰よりもお優しい。ですから「守る方」ですので」
 僕は蓮花さんにお礼を言った。
 僕はそうだ。
 みんなを守りたいのだ。





 昼食をご馳走になった。
 和食で、幾つもの器が出た。
 どれも美味しかった。

 食後に、蓮花さんと打ち合わせをした。
 食堂とは別の、大きなテーブルのある部屋だった。
 多分、防諜システムがあるのだろう。
 窓がなく、ドアがやけに分厚い。

 数時間に渡って、二人で話し合った。
 中でも時間をかけたのは「IVA(イーヴァ)」についてだ。
 人工的に「虚震花」を生じる兵器。
 中枢の周波数の組み合わせは、タカさんと僕、そしてルーとハーの四人だけしか知らない。
 蓮花さんにも伝えたいが、タカさんが言うには、これでも多すぎるということだった。
 そのために、中枢の回路は僕たちで供給するしかない。
 蓮花さんが紅茶を淹れてくれた。

 「取り敢えずはここまでにいたしましょう。一度研究所内を見ていただき、また後程」
 「はい、よろしくお願いします」
 「では、まずは「IVA」を」
 「あの、できればでいいんですが、ミユキさんにお会いできませんか?」
 蓮花さんは少し驚かれたが、僕に美しい笑顔を見せた。

 「皇紀様、感謝いたします」
 そう言って深々と頭を下げられた。

 「いいえ! 僕は何も」
 微笑んで部屋を出て行かれた。
 ミユキさんに会うための、何かの用意があるのだろう。
 そう思っていたら、蓮花さんはケーキを持って来られた。
 メロンのショートケーキだ。

 「申し訳ございません。茶請けもお出しせずに」
 既にクッキーなどが出ていた。
 蓮花さんは、クッキーの皿の前に、ケーキを置いた。
 微笑んでいた。
 ケーキはとても美味しかった。





 エレベーターを乗り継いで、ミユキさんの部屋へ行った。
 ミユキさんは、立って僕たちを待っていた。
 僕が部屋に入ると、深々と頭を下げた。

 「皇紀です、初めまして。タカさんに聞いて、ずっとお会いしたいと思っていました」
 「ミユキと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 部屋には小さなテーブルがあり、蓮花さんに導かれた。
 僕と蓮花さんが向かい合わせに。
 二人の横に、ミユキさんが座った。

 「皇紀様はこちらへ来て、真っ先にお前に会いたいと仰いました」
 「さようでございますか。ありがとうございます」
 「いえ、今回こちらへ来た一番の目的がミユキさんに会いたかったことです」
 「それは」
 ミユキさんは少し驚かれたようだ。
 目を大きく見開いている。

 「前にミユキさんたちを見たんです。申し訳ありません、僕はタカさんのように上手く言えない。その、ミユキさんたちはまるで生きていないようでした」
 「はい、存じております。あの者にそうされたことも思い出しております」
 「僕は泣いてタカさんに言ったんです。こんなひどいことは絶対に許せないって」
 「はい」

 「タカさんも同じ怒りと悲しみがあったと思うんです。蓮花さんも。だからこうしてミユキさんを甦らせることを考えていた」
 「はい、石神様はわたくしの最大の恩人です」
 ミユキさんが涙を零した。
 ここまで人間的な感情を持っているとは思わなかった。
 タカさんと蓮花さんに感謝した。

 「この前、タカさんが教えてくれました。ミユキさんが生き返ったと」
 「それは!」
 「とても嬉しそうに僕に教えてくれたんです。僕も本当に嬉しくて」
 「ああ!」
 「あなたが元気になって下さって、僕たちは本当に嬉しいんです。ミユキさん、頑張ってくれてありがとうございました」
 ミユキさんは一層の涙を流した。
 何も無かった壁に、タカさんの姿が映った。
 等身大のタカさんの映像だ。
 優しく微笑んでいる。

 「ミユキ、落ち着けよ」
 タカさんの声でそう言った。

 「石神様、いいのです。泣かせてやって下さい」
 蓮花さんがそう言うと、タカさんの映像が消えた。
 AIの判断だろう。
 ミユキさんが一定の興奮状態になると、センサーで感知してああやって鎮める行動をする。
 ミユキさんには、まだこういった制御が必要なのだ。

 ミユキさんは自分が思い出した記憶について少し話した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...