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千万組、盃事。 Ⅱ

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 高速で、俺たちはノリノリだった。
 『人生劇場』
 『飛車角』
 『傷だらけの人生』
 次々に歌った。

 任侠映画のセリフで、映画名のタイトル当てを楽しんだ。

 「こんなもんでええのんですかぁ?」
 「お! 『山口組三代目』ぇ!」
 「当たりですぅー!」
 「「アハハハハ!」」
 俺たちは任侠映画が大好きだった。

 「最近のヤクザ映画ってなぁ。みんなのし上がりの成り上がりよ。人を騙して金をせしめるってな。全然見る気もねぇ」
 「そうですよね! なんで昔みたいな任侠ってないんでしょうか」
 「そりゃ、世の中の価値が金だと思ってる連中ばっかだからよ」
 「つまんないですねー」
 「燃えねぇよな」
 「はいはい!」

 「双子なんてなぁ。あんだけ超金持ちなのにな。サメとウツボの衣装でノーパンだぞ!」
 「ギャハハハハハ!」
 「でも見たかったよなぁ」
 「そうですね!」
 「メキシコ軍あたりで残ってねぇかな」
 「ああ、でも「轟雷」使っちゃったみたいですからねぇ」
 「日本と違って、あっちじゃ街に監視カメラとか少ねぇだろうしな」
 「残念です」

 「山賊のアジトにはあっただろうけどな」
 「あそこは「轟閃花」ですしね」
 「一江にでも頼んでみるか」
 「そうして下さい!」

 楽しく話していると、千両の別荘に着いた。

 



 俺たちは空腹だった。
 食事を用意してくれと頼んでいた。
 ステーキを10キロと、他に美味いものをと。
 別荘は予想通り広かった。
 一万坪はありそうな敷地。
 4メートルの高さの塀に囲まれている。
 斬の屋敷と同じだ。
 恐らく、大きな集会が出来るようにと建てられたものだろう。

 あちこちに組員らしき男が立っていた。
 門の前には5人が詰めていた。
 俺のハマーH2を見て驚く。

 「石神だ」
 「ハッ! わざわざのお越し、ありがとうございます!」
 数人の手で門が開かれた。
 手動だ。
 一人が走って俺たちを案内する。

 「ちょっとぶつけてみるか」
 「やめてくださいよ!」
 駐車スペースに案内された。
 俺は頭から突っ込む。
 荷物を降ろし、亜紀ちゃんが手に持った。
 俺は「虎王」だけを持つ。

 それを見て、案内していた男が緊張する。
 恐らく、武器の持ち込みに制限があるのだろう。
 
 「なんだ?」
 「い、いいえ」
 俺はニヤリと笑った。

 「早く案内しろ。腹が減っている」
 「は、はい!」





 広い玄関では下足番の男がいた。
 俺と亜紀ちゃんの靴を丁寧に預かる。
 屋敷ももちろんでかい。
 ちょっとしたホテルほどはある。
 俺たちは二階の応接室に案内された。
 千両が土下座していた。
 窓際に男が一人立っていた。
 警備用の人員なのだろう。
 胸元の膨らみで、銃を持っていることが分かる。

 「お迎えにも上がりませんで、申し訳ございません」
 「良い。お前にも立場があるのだろう」
 「……」
 男が入って来て、茶を出された。

 「おい、俺はコーヒーが好きなんだ。次からはそっちにしてくれ」
 「はい! おい」
 テーブルが運ばれてきた。
 でかいものだ。
 椅子が三つ置かれ、俺が上座に、亜紀ちゃんがその左手に座った。
 千両は俺の向かいだ。
 次々に料理が運ばれる。
 ステーキが20枚。
 一枚が500gなのだろう。
 鉄板に置かれたそれは、まだ熱をあげて肉を温めている。

 俺たちが喰っている間に、ライスや他の食事も運ばれ、テーブルに置かれた。
 刺身の舟盛や松茸などの高級食材だ。
 俺たちは無言で平らげて行った。
 角刈りと数人の男たちが入って来る。
 亜紀ちゃんの食事に驚嘆していた。

 俺にはワインが振る舞われた。
 グラスが空くたびに注がれる。
 テイスティングは千両がやった。
 俺もステーキを2キロほど食べたが、亜紀ちゃんはまだ足りずに舟盛をほとんど喰った。

 「亜紀ちゃん、足りたか?」
 「はい! まだ食べられますけどね!」
 俺は笑ってデザートを持ってこいと言った。




 「大食い女が」
 角刈りと一緒に入って来た一人が呟いた。

 「おい!」
 角刈りが窘めた。

 「亜紀ちゃん、教育してやれ」
 「はーい!」
 「おいお前、全力でいけよ? チャカを使っても構わんぞ」
 「石神さん!」
 角刈りが止めに入る。
 亜紀ちゃんは男に近づき、鼻を軽く押し込む。
 途端に鼻血が流れ出した。

 「クソアマァー!」
 殴りかかる男が、次の瞬間に顎を粉砕されて倒れた。

 「てめぇはしばらく流動食だなぁ!」
 亜紀ちゃんが高笑いで男を蹴り飛ばした。

 「石神さん、どうか!」
 「早くコーヒーを持ってこい。次の奴をやるぞ?」
 角刈りが慌てて出て行った。
 倒れた男は別な人間に担がれていく。

 俺は千両を見た。
 黙っている。
 部屋には窓際の男が残っていた。

 デザートとコーヒーが運ばれ、窓際の男も外に出された。
 亜紀ちゃんはショートケーキを三つもらい、俺は断った。
 角刈りが戻って来て、千両の後ろに立った。

 「もういいのか?」
 「はい、お手数をお掛けしました」
 「最後の奴が辰巳組の男か」
 「はい。それと先ほどお嬢様がしとめた男です」
 「そうか」
 俺はそれだけ言った。

 「そうだ、これが「虎王」だよ。見てやってくれ」
 俺は笑顔で千両に「虎王」を渡した。

 「拝見いたします」
 千両は鞘を抜き、刀身を熱心に見た。

 「美しい」
 千両が呟いた。

 「振ってもよろしいですか?」
 「もちろんだ」
 千両が立ち、「虎王」を振り下ろした。
 見事な動作だった。
 鞘に納め、丁寧に俺に戻す。

 「良い冥途の土産ができました」
 「何よりだ」
 「おい」
 俺は角刈りに言った」
 
 「はい」
 「お前も座れよ」
 千両が頷く。
 角刈りが座った。

 「斬の所へは行っているか?」
 「はい。週に一度ですが」
 見れば分かった。
 体つきや動作が違う。

 「ちっとは強くなったかよ?」
 「はっ。お陰様で石神さんに役立つ人間に少しは近づけたかと」
 「まだまだそんなセリフは早ぇ」
 「申し訳ありません」
 「でもどうだよ。前のお前がいかに弱かったかは分かったか?」
 「はい。まさかあのような拳法があるとは」

 「お前がそうだったように、まだ分かってねぇバカがいる」
 「はい!」
 「さっきはそいつらが突っかかってくるように刺激したけどな。あれで収まってれば俺も懐に入れよう」
 「はい」
 「だけどな。親に逆らってでも来るなら容赦はしねぇ」
 「はい!」

 「桜!」
 俺は角刈りの名を呼んだ。
 桜の目が潤む。

 「お前はもっともっと強くなれ。俺の役に立て」
 「はい!」
 「待ってるぞ」
 「はい、必ず!」






 風呂に案内された。
 千両と桜が前を歩く。

 「お嬢さんはこちらへ」
 「私はいつもタカさんと一緒です!」
 「へ?」
 「親子のスキンシップなんだ。お前、下衆なことは考えるなよ?」
 「は、はい!」
 「千両さんもご一緒しませんか?」
 「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 三人で風呂に入った。
 亜紀ちゃんが俺と千両の背中を流してくれる。
 俺も亜紀ちゃんの背中と髪を洗った。

 「千両さんもやっぱり傷だらけですね」
 「石神さんにはとても」
 「千両さんも、優しい方なんですね!」
 俺は笑った。
 湯船に浸かる。
 広い風呂場だ。
 数十人が一度に入れる。

 「良いお嬢さんですね」
 「いや、お転婆で大変だ」
 「エヘヘヘ」
 「石神さん」
 「ああ」
 「私たちを使い潰して下さい」
 「ああ」

 「ああ、良い死に場所を得られそうだ」
 「お前たちは全員ヴァルハラへ連れてってやる。任せろ」
 





 千両が高らかに笑った。 
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