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ミユキ Ⅳ

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 「ミユキが記憶を取り戻したとのことですが」
 恐らく、蓮花が最も不安に思っている事柄だろう。

 「ああ、その通りだ。ミユキは「ミユキ」になった」
 「ミユキは「出会いに」と申しておりました。しかし、石神様との接点はないはずです」
 「それは今回の「出会い」がそれになったんだ。俺との接触が、ミユキの全てと結びついた」
 「申し訳ございません。わたくしには理解が及びません」
 蓮花は俺を見つめている。
 こうして話しながらも、俺の身体への負担や変調を見逃さまいとしている。

 「俺とお前がミユキを救ったということだよ」
 「!」
 「ミユキは家族を無残に殺され、「業」によってバケモノになった。そのことも思い出している」
 「はい!」
 俺もミユキの過去は知らないが、恐らくミユキを利用するにあたり、「業」は邪魔になる家族を殺したのだろう。

 「そして俺たちがミユキを「人間」に戻した。そのことが最大の感謝となって、ミユキの全てを覆った」
 「でも、ミユキの記憶は破壊されていたはずですが」
 ミユキが蓮華によって脳改造を受けていることを、蓮花は言っている。

 「俺にも明確には分らん。でも、シナプスの結合を再構成すれば、また脳がただの受信機だと言っている人間もいるしな」
 「ジェルドレイクですか?」
 「他にもたくさんいるよ。まあ、人間に到達できるのかは分らんがな」





 蓮花が新たに薬湯を作り、俺の身体をマッサージしながら聞いた。

 「先ほどの御身の検査で、阿倍野という老人を呼びました」
 「ああ、目隠しされていた人か」
 「あの者は「人間の炎」を見ます」
 「!」
 院長と同じだ。

 「あの者が申しておりました。石神様が巨大な火柱の方であると」
 「そうだったのか」
 そのことも、以前に院長から聞いたことがある。
 俺自身にはさっぱり分からないが。

 「人間のものではない、と。阿倍野は神の如き存在だと驚愕しておりました」
 「俺はそんなものじゃないよ」
 「わたくしにはそのこと自体は別段どうでもよいのです。しかし、ただ石神様がやはり大きなお方であることは嬉しゅうございます」
 「俺はちっぽけな人間だよ」
 「はい。そして途轍もなくお優しいお方です」
 「やめてくれ。ああ、ちょっと酒が飲みたいな」
 「それはいけません」
 蓮花が真顔で止めた。

 「お前はちょっと意地悪だな」
 蓮花が笑った。
 蓮花の笑顔は、花が咲いたように明るい。
 多くの者が、そのことを知らないだろう。




 「それではもう寝るか」
 「あの、検査の結果のご報告が」
 「いいよ。お前の俺への扱いを見れば分かる。俺はもう大丈夫なんだろう?」
 「はい、仰る通りでございます。それに付け加えて」
 「なんだ?」

 「石神様は、以前よりもご発展なさる兆候が」
 「なんだそれは?」
 「今の御年よりも若返って行くようです」
 「そんなバカな」
 「それ以上に何が御身に起きるのかは、わたくしにも分かりません」
 「おい」

 「「Ω」「オロチ」そして「クロピョン」ですか。それらの複合的な相乗効果かと」
 「……」
 「じゃあよ」
 「はい」
 「酒を飲ませろ」
 蓮花が声を上げて笑った。

 「それはいけません」
 「強情だな」
 「石神様も」
 俺たちは笑った。




 俺はまた車いすに乗せられ、自分の部屋へ戻った。
 廊下で歌声が聞こえる。
 蓮花に止まるよう指示した。
 六花が歌っていた。
 俺が教えた『ともしび』だ。
 日本語の歌詞で大声で歌っている。
 相変わらずひでぇ歌だった。
 ラビが手を叩いて褒めた。

 俺はドアを開けた。

 「石神せんせー!」
 六花が駆け寄って来た。

 「蓮花、ラビが壊れてないか調べろ」
 「はい」
 蓮花がクスクスと笑っていた。

 「私の歌が上手いって言ってくれましたよ?」
 「だからだ!」
 「イシガミサマ、リッカさまはタノシイオカタでス」
 「そりゃそうだけどな」
 「サキホドのオうたハ、カシからハ『トモシビ』とオナジトオモイマシタが、マッタクベツなキョクデゴザイマシタ」
 俺と蓮花は大笑いした。

 「ラビは大丈夫そうだな」
 「はい、安心いたしました」
 六花もニコニコしている。

 「蓮花、今日はやっぱり六花と寝るわ」
 「かしこまりました。ご無理をなさらいよう」



 
 俺の部屋で、六花が蓮花が用意した浴衣に着替えさせてくれる。
 そして六花は俺をベッドに横たえ、自分は全裸になった。

 「石神先生は何もしなくていいですからね」
 六花なりの思い遣りだ。
 浴衣の裾を割り、口で俺を整え、俺の上に跨った。
 六花はそれだけで大きな声を上げ、必死に腰を動かして果てた。
 裸のまま、俺の隣に寝て、布団をかけた。

 「石神先生」
 「なんだ?」
 「蓮花さんも「虎曜日」でよろしいですか?」
 「流石は曜日係だな!」
 「はい!」
 「もう一人「虎曜日」に入れてくれ」
 「はい?」
 「ミユキという女だ。明日会わせる」
 「分かりました!」
 六花は嬉しそうに笑い、俺の頬にキスをした。

 「じゃあ、ぐっすり休んで下さいね」
 「おやすみ、六花」
 「おやすみなさい、私の「虎」」




 広い窓から、白い月の光が挿し込んでいた。





 俺はミユキと六花と蓮花と一緒に、シロツメクサの花畑を歩く夢を見た。





 その夢を見せてくれた存在に感謝した。
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