上 下
535 / 2,840

ミユキ Ⅲ

しおりを挟む
 蓮花は別にしたかったようだが、俺は六花と一緒に夕飯を食べた。
 俺は特別な薬膳料理だったが、六花には豪華な膳が出された。
 和食だ。

 キノコの炊き込みご飯。
 鯛の焼き物2尾。
 マグロの各種とアワビや芝エビなどの御造り。
 山菜と秋野菜のテンプラ。
 三人前はありそうなすき焼き。
 煮物と酢の物の器が幾つか。
 椀は松茸だった。

 「おい、アワビの刺身とナスの天ぷらをくれよ」
 「はい!」
 ニコニコして六花が器を持って来る。

 「御用意いたしますので」
 蓮花がそう言うと、六花は一層ニコニコした。
 俺も笑う。

 「どうだよ、言った通り蓮花の食事は美味いだろう?」
 「最高です!」
 蓮花も礼を言って微笑んだ。

 「六花、今日はどうだった?」
 「はい。ラビちゃんに言われた通りにやりましたけど、楽しかったですよ?」
 「そうか。それは良かった」
 蓮花からも、六花のテストのお陰で進展できると言われた。
 六花が喜ぶ。

 「じゃあ、石神先生のお役に立てたのですね!」
 「ああ、ありがとうな」
 デザートに、六花はバニラアイスを食べた。
 俺は食べずに、コーヒーを飲んだ。


 「石神先生は、この後はどうされるんですか?」
 「ああ、検査結果の出たものもあるから、それに沿って少し治療だ」
 「そうなんですか」
 六花は残念そうだ。

 「悪いな、先に休んでくれ」
 「はい」
 「ああ、ラビに案内してもらえよ。ここでは銃も撃てるぞ?」
 「ほんとですか!」
 六花は最近銃に興味を持っている。
 丹沢の山中で、俺が何度か撃たせた。
 筋がいい。
 機械の扱いは天性の勘がある。

 「風呂もでかくていいぞー!」
 「あの、石神先生とご一緒に」
 「お前と一緒だと大変なことになるだろう! 折角治療に来たんだからな」
 「分かりましたー。早くお元気になってくださいね」
 「ああ、悪いな」




 俺は蓮花に、ミユキを外へ連れ出すように言った。
 戸惑っていたが、頷いた。
 研究施設の東側に、三人で出た。
 
 「蓮花、最近仲間になった奴だ。呼ぶから見ていてくれ」
 「呼ぶ? はい、かしこまりました」
 俺は南西の方角に向かって言った。

 「クロピョン! 来い!」
 一瞬で気配が変わる。

 「石神様、これは!」
 蓮花が驚き、ミユキも身構える。
 ミユキにも感じられるようだ。

 「姿を出せ。小さくて良い」
 黒いヘビが地面に現われた。
 先端に一つ目が開く。

 「!」
 「よく来た」

 「石神様、このモノは?」
 「俺にも分からない存在だな。縁があって、今は俺に従っている」
 「このようなものが!」
 「クロピョンだ。本体は数千メートルある。まあ、それ以上かもしれんが」
 「なんと!」

 「クロピョン、俺の考えていることが分かるか?」
 黒いヘビが円を作った。

 「!」
 「やれ」

 ヘビがミユキの身体に巻き付いていく。
 額から頭に入っていく。

 「何をしているのですか!」
 「ミユキの脳を再生している」
 「石神様、それは!」
 「見ていろ」
 ミユキは動かない。
 見えていないのかもしれない。
 ミユキが突然頽れた。
 ヘビが外に出ている。

 「よし、帰っていいぞ」
 ヘビは地面に吸い込まれるようにして消えた。



 「ミユキを風呂へ」
 「はい!」
 車いすにミユキを乗せ、俺は歩いて建物へ戻った。
 浴室で蓮花がミユキの服を脱がせ、俺も脱いで風呂へ入った。
 蓮花は自分も裸になり、マットの上にミユキを寝かせた。
 蓮花は手をかざし、ミユキの状態を見る。
 注意深く頭に手をかざす。
 ミユキの目が開いた。

 「石神様……」
 「大丈夫か?」
 「はい」
 ミユキは動かない。
 自分で身体を確認しているのだろう。
 戦闘プログラムだ。

 「何か変わったか?」
 「はい。霧が晴れたような気分です」
 「!」
 「そうか」
 驚いている蓮花を俺は手で制した。

 「ミユキ、俺のために戦ってくれるか?」
 「もちろんでございます。この身も心もすべて石神先生のためのものです」
 蓮花がホッとした表情になる。
 俺はミユキに湯船に浸かるように言った。
 蓮花もついてくる。
 二人がまた俺の両側に座った。

 「何か思い出したか?」
 「はい。幼少の頃からのことを」
 「ミユキ、思い出したのですか!」
 「はい、蓮花様。やはり私は石神様のために生まれたのだとやっと確信できました」
 「……」

 「「業」のことも思い出したか?」
 「はい。あの者は私の家族を殺し、私を人ではないモノにしました。どんなに憎んでも足りない男ですが、今は石神様のために生きる以上の望みはございません」
 「そうか」
 俺はミユキを抱き寄せた。

 「ああ、このような幸せが」
 ミユキは涙を流した。
 俺たちは風呂を上がり、ミユキは自分の部屋へ戻った。
 ラビとは別な自走ロボットが先導する。
 顔はただの球体だった。

 俺と蓮花は大きなテーブルの部屋へ行った。
 蓮花が薬湯を作る。

 「石神様、先ほどのことをお聞きしてもよろしいでしょうか」
 「アレは、俺は「クロピョン」と呼んでいるが、正体はよく分からない。ただ、意志のようなものはあるらしい。恐らく、これまで多くの生命を「吸収」して出来上がった存在だ」
 「そのようなものが」
 「アレの記憶のようなものを少し見た。俺を吸収しようとして失敗した時だ」
 「石神様を!」
 「そのせいでこのザマだ。一時は本当に危なかった」
 「……」

 「宇宙は秩序と無秩序が存在している。現代物理学では、次第に無秩序に覆われて、宇宙は死ぬと言われている」
 「エントロピーですね」
 「そうだ。しかし、その一方で秩序が確実にあり、拡大することもある」
 「はい」
 「海の波、風、プレートの振動、そうしたものが、ある時に秩序を生み出すことがある」
 「はい」
 「それが積み重なって、一つの意志を生成することもある」
 「……」

 「「クロピョン」は、溶岩の噴出が偶然に「音楽」になったものだ。それを出発点にして、その「音楽」を自在に操るようになり、やがて意志を持って「音楽」を奏でるようになった」
 「そのような……」
 「何億年の話かは分からん。やがて地球上に生命が誕生し、秩序の活動を始めた。それに気づいたアレは、その秩序を新たな「音楽」として吸収を始めた」
 「我々「生命」とは別な存在だけどな。でも吸収しながら、アレは独自の意志を持ち、生命に興味を抱くようになった」

 「石神様は、アレを従えたと」
 「そうだ。俺の命令に従うようになっている」
 「それは信頼できるものなのですか?」
 「俺はそう信じている」

 「分かりました」

 俺は笑った。

 「蓮花には一概には呑み込めないだろうけどな。意志を持つ者であれば、約束だって出来るさ」
 「わたくしは石神様に従うだけです」
 「そうか。でも、あれは人間以上に純粋だぞ」
 「そうですか」

 「膨大な生命を吸収した挙句に、「自分」を保っているんだからな。相当強固な意志を持っている。アレにとっては、その意志を曲げないということが、唯一のレゾン・デートルだ」
 「なるほど」
 「どのような存在もな、好き勝手にしていると必ず滅びる。無秩序に吞み込まれるんだよ」
 「はい」
 「「業」もそれによって滅びる。俺にはそれが分かる」
 「はい」
 「自分の欲望を追いかければ、やがて何を基準にすれば良いのかを見失うことになる。何がしたいのかが分からなくなる」
 「はい」

 「その時、膨大に積みあがった無秩序に呑まれる。これも膨大に作り上げられた「反発」によって滅びるのだ」
 「この世を覆う「秩序」ということですか?」
 「その通りだ。己が矮小であることを知らぬ者の末路だな」
 「はい、その通りでございます」

 


 俺たちは更に話し続けた。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...