上 下
534 / 2,818

ミユキ Ⅱ

しおりを挟む
 風呂から上がり、ミユキは再び自分の部屋へ戻された。
 俺と蓮花は元の大きなテーブルの部屋へ戻る。
 蓮花が一度出て行き、スープ皿に入れたとろろ汁を持って来る。
 だし汁を溶いた自然薯をベースに、別な薬草が入っているようだ。
 俺はゆっくりと口にした。
 身体が火照って来る。
 
 「ミユキのセッティングは完全です」
 「そうか」
 「後程、MRIで確認いたします」
 「頼む」

 「石神様」
 「なんだ?」
 「お辛いでしょうか」
 「そんなことはない。俺が決めたことだ。お前も俺に従っているだけだ」
 「お辛いのですね」
 蓮花は椅子に座った俺の背を抱いた。

 「すべてはわたくしが為すことです。石神様はお気になさりませんように」
 「お前は優しい女だな、蓮花」
 「石神様のためのことしか考えておりません」
 蓮花が離れ、今度はコーヒーを淹れてくる。

 「石神様は、なぜわたくしまでお抱きになったのでしょうか」
 「言ったはずだ。愛するお前を抱きたいと」
 「ミユキの前では、いささか不都合があったのでは?」
 「俺の本当の愛をあいつに見せたかった」
 「愛?」
 「愛する者を抱く俺が、ミユキを愛して抱いた。その本心を見せたかった」
 「ミユキを愛すると?」
 「そうだ。あんなに一心に俺を愛して戦おうとしている女を、どうして愛せずに済むか。俺はミユキを愛している」
 「ああ、どうかそのお心がミユキの本当の心に渡りますように」

 「今は俺の洗脳のうちだがな。俺はいずれミユキの心が甦ると考えている」
 「それは」
 「奇跡はある。俺が何度も経験しているからな」
 「石神様は本当にお優しい」
 蓮花が微笑んだ。
 冷徹な表情の蓮花が、慈母のような顔になった。
 一休みし、俺は蓮花に様々な検査をされた。
 採血され、生検も受けた。
 様々な検査機器を使われ、目隠しをされた老人の触診も受けた。
 その老人が言った。

 「神か!」
 「そうではない」
 「オォーゥ!」
 蓮花に導かれて部屋を出て行った。



 「検査の結果は後程。時間の必要なものも幾つかございますが」
 「分かった」
 「しばらくお休み下さい」
 「少し六花の様子が見たい」
 「いいえ、しばしなりともお休みを」
 「大丈夫だ」
 「かしこまりました」
 一服し、俺は六花の実験場へ案内された。



 「どーよ! ラビ?」
 「タイヘンスバラシイ! リッカさまノオカゲでイクツモのカイリョウガススミマス」
 「ヘッヘー!」
 六花はノリノリだった。
 今は「闇月花」の装置の突破を試みている。
 厚さ50センチの鋼鉄の壁が、所々へこみ、曲がっている。
 「花岡」の技を無効化する「闇月花」をほどこしてさえ、こうなのだ。
 近接戦でならば、「花岡」の遣い手も六花には敵わない。
 新宿中央公園での戦闘よりも、格段に六花は強くなっている。

 「リッカさま、ツギハ100%デす」
 「オッケー! じゃあ、私も全力だぁ!」
 「六花、ぶち抜け!」
 俺に気付き、六花が振り返って満面の笑みを浮かべた。

 「石神せんせー!」

 六花は壁の中央に全力の拳を放った。
 そこを中心に、直径5メートルに渡って湾曲し、中央に1メートルの穴が空いた。

 「ラビー! やったぜー!」
 「オミゴトデスゥー」
 衝撃波でラビは転んでいた。
 左右の目が点滅している。
 どういう感情だ?




 六花が俺に駆け寄る。
 俺は両手を拡げて迎えた。
 しゃがみこんで、六花が俺を抱き締めた。

 「凄かったなぁ、六花」
 「石神先生がぶち抜けって言いましたから!」
 「そうか」
 俺は六花の顔を抱いてキスをした。
 顔を離すと、ニコニコと笑った。

 「六花様、お見事です」
 「すいません、壊しちゃって良かったですか?」
 「もちろんです。これで貴重なデータが取れました」
 蓮花も嬉しそうに言った。

 「リッカさま、ツギへマイリマショウ」
 蓮花に起こされたラビが六花を誘う。

 「えー、ちょっと石神先生と一緒にいたいなー」
 「六花、行ってってやれ。検査が一通り終わって見に来ただけだ」
 「大丈夫なんですか!」
 「今のところはな。これから少し休む」
 「一杯休んでください!」
 俺は笑って頑張れと言った。
 六花はファイティングポーズで応えた。




 「明るい方ですね」
 車いすを押しながら、蓮花が言った。

 「ああ、最高の笑顔をする女だ」
 「はい」
 「美味しいものを食べると、もっといい笑顔になるぞ。今晩はまた頼む」
 「かしこまりました」
 俺は自分の部屋へ行き、ベッドに横になった。

 「しばらく、お休みください」
 「ミユキを呼んでくれないか?」
 「ミユキを?」
 「一緒にいたいんだ」
 「それは」
 「俺がここにいられる時間は少ない」
 「しかし」
 「あいつのために、少しでも何かしたいんだ」
 蓮花は少し考えている。

 「かしこまりました。しばらくお待ちください」




 浴衣を着たミユキが入って来た。
 蓮花はいない。

 「石神様、参りました」
 「ああ、一緒に横になってくれるか。お前を近くで感じたい」
 「はい、喜んで」
 ミユキが俺の布団に入って来た。

 「温かいな、お前は」
 「はい」
 「それに美しい」
 「そうでしょうか」
 「俺は一つの願いがあるんだ」
 「何でも私に命じて下さい。必ず叶えてみせます」
 ミユキが俺の腕を掴んだ。

 「俺の願いは、お前が本当の心を取り戻すことだ」
 「私の心?」
 ミユキが不思議そうに俺の顔を見詰めている。

 「ああ。俺はお前がお前の意志で何かをする姿を見てみたい」
 「私は石神様の敵と戦うために」
 「そうか。ならば存分にやってくれ」
 「はい、必ず」

 俺は歌った。
 トマス・ルイス・デ・ヴィクトリア『聖母のミサ』だ。


 《 Quam pulchra es,  et quam decora, carissima!(あなたは何とお美しいことか、 何と麗しく、愛らしいことか。)》


 ミユキは黙って俺を見詰めて聴いていた。

 「お前は本当に美しい。「白き者(Blanc)」の最初の人間がお前で良かった。土くれからお前は生まれた。魂がお前に残っていた。俺にはそれが見えるぞ」
 「はい」
 「一緒に眠ろう。俺がお前に夢を見せてやる」
 「はい」
 俺たちは眠った。







 目を覚ますと、ミユキの姿は無かった。
 俺の額の髪が、撫で上げられていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

前後からの激しめ前立腺責め!

ミクリ21 (新)
BL
前立腺責め。

「知恵の味」

Alexs Aguirre
キャラ文芸
遥か昔、日本の江戸時代に、古びた町の狭い路地の中にひっそりと隠れた小さな謎めいた薬草園が存在していた。その場所では、そこに作られる飲み物が体を癒すだけでなく、心までも癒すと言い伝えられている。店を運営しているのはアリヤというエルフで、彼女は何世紀にもわたって生き続け、世界中の最も遠い場所から魔法の植物を集めてきた。彼女は草花や自然の力に対する深い知識を持ち、訪れる客に特別な飲み物を提供する。それぞれの飲み物には、世界のどこかの知恵の言葉が添えられており、その言葉は飲む人々の心と頭を開かせる力を持っているように思われる。 「ささやきの薬草園」は、古の知恵、微妙な魔法、そして自己探求への永遠の旅が織りなす物語である。各章は新しい物語、新しい教訓であり、言葉と植物の力がいかに心の最も深い部分を癒すかを発見するための招待状でもある。 ---

処理中です...