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栞戦線、そして出立。

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 土曜日。

 俺たちは万全の態勢で待ち構えた。
 夕べ念入りに打ち合わせ、栞に機嫌よく帰ってもらう。

 「事前に、昼食後にすぐに帰ってもらうように言ってあるからな!」
 「「「「はい!」」」」
 「とにかく、俺は大丈夫! 休まなきゃいけないから、早めに帰ってもらう! いいな!」
 「「「「はい!」」」」
 「基本は俺は家で養生する。しかし万一栞から連絡が入ったり来てしまったら、俺は便利屋に温泉に連れて行ってもらった!」
 「「「「はい!」」」」
 「明日には帰るから、俺から連絡するから、と! いいな!」
 「「「「はい!」」」」


 
 約束通り、11時に栞が来た。
 亜紀ちゃんが玄関で出迎え、リヴィングに上げた。
 俺は双子に呼ばれ、寝間着のままリヴィングへ降りる。
 必要以上にゆっくりと歩く。
 演出だ。

 「ああ、やっと来てもらえた!」
 「石神くーん!」
 俺は手を拡げて栞に抱き着かせた。

 「栞、お前をこうして抱き締めたかった」
 「うん、私も!」
 「俺はこのために必死で頑張ったんだ」
 「うん!」
 子どもたちの前だったが、軽くキスをする。
 栞の後ろでルーとハーがニヤニヤするので睨みつけた。
 栞を座らせる。
 梅昆布茶を飲んだ。

 「あ、美味しいね!」
 俺はニコニコした。

 「石神くん、こないだよりも元気そう!」
 「そうだろ? 頑張ってるんだ」
 「うん!」
 栞が満面の笑みだ。
 その嬉しそうな顔を見られて、俺も嬉しい。

 「本当に心配をかけたなぁ」
 「うん、実は何度も来ようと思ってたんだ」
 「!」
 あっぶねぇ!

 「でもね、石神くんが頑張って戻ろうとしてるんだって。我慢したんだよ」
 「そうだったか。俺もそんなに考えてくれてたって、嬉しいよ」
 俺はかいつまんで、一連の出来事を話した。
 血を吐いて死にそうになったこと、まして「Ω」と「オロチ」を喰ったことは話さない。

 「一時はもっと痩せたんだけどな。院長のお陰でスゴイ早さで持ち直してきているんだ」
 「ほんとうだね! 見違えるくらいに回復しているよ」
 「お前に会いたい一心だけどな!」
 「嬉しい!」
 「もちろん、響子や「他の連中」もだけどな。でも栞が一番「近い(距離的に)」から。どうしても栞のことを一番思っていた(来ると面倒だって)」
 「石神くん!」
 俺はソファに移って、栞とイチャイチャしながら話した。
 子どもたちは昼食の準備をする。
 今日もウナギをとる。
 しかし、子どもたちはそれでは足りないので、いろいろ作っている。



 「院長から、温泉なんかもいいって言われているんだ」
 「あ、そうなんだ!」
 「いい所があれば、すぐに行くつもりだよ」
 俺はさりげなく予防線を張った。

 「じゃあさ、一緒に行こうよ!」
 「そうだな!」
 「私も探してみるよ」
 「ああ。でも最初は本当に養生でな。一人でのんびりするつもりだ。栞といるとな、いろいろ俺も我慢できないし」
 「やだぁ、石神くんったら!」
 「でも、その後は栞と一緒に行きたいよ」
 「うん! 行こうね!」
 「アハハハハ」
 皇紀がメモを取っていた。



 俺たちはウナギを食べ、にぎやかに話しながら食事を楽しんだ。

 「タカさんね、うわごとで花岡さんの名前を呼んでたんですよ」
 「おい、皇紀、やめろよ」
 「ほんとにぃ!」

 「ああ、花岡さんを好きなんだなぁって思いました」
 「いやだぁー!」
 「皇紀、いいかげんにしなさい」
 「アハハハ」
 打ち合わせ通り。

 「私も心配で手を握ってたらね」
 「なーに、亜紀ちゃん?」
 「目を覚ましたら「栞か!」って。びっくりしちゃったー」
 「亜紀ちゃんもやめてくれよー」
 「やだぁ! 石神くーん!」
 「おい!」

 「「「「「アハハハハ」」」」」

 食事を終え、のんびりコーヒーを飲んだ。

 「じゃあ、栞。俺はまたそろそろ休むから」
 「うん。早く元気になってね」
 「ああ。そのために頑張ってるよ。栞の顔を見ると無理しちゃうから、また少し経ってから呼ぶな。その時は来てくれるかな?」
 「もちろん! でも今ももしかして無理してるの?」
 「いや、大したことじゃないけど、こんなに起きてるのはやっぱりな」
 「ゴメン! 気づかなかった!」
 「いやいや、そうじゃないんだ。でも、栞の顔を長く見ていたいじゃない」
 「石神くん! すぐに寝て! ああ、私が一緒に寝ようか?」
 「「「「「!」」」」」

 「あ、イテテテ」
 「石神くん!」
 「大丈夫、大丈夫。ちょっと腹がな。亜紀ちゃん、薬を用意してくれ」
 「分かりました!」

 「悪い、こんなみっともないザマで。栞には見せたくなかったんだけど」
 「ダメよ、無理しちゃ! 分かった、しばらく来ないようにするから」
 「いや、お前の顔はみたいんだ。もっと良くなったら呼ぶから。頼むから来てくれな」
 「うん! 本当にゆっくり休んでね?」
 「ああ、本当に悪い。またな」
 「うん、またね。お大事に!」





 やっと帰ってくれた。

 「タカさん」
 皇紀が近づいて来た。

 「あんだよ」
 「とっても勉強になりました!」
 「……」





 みんなでリヴィングに戻り、作戦の成功を祝った。

 「でも、栞さんに悪いことをしました」
 「いいんだよ。これがあいつのためでもある」
 皇紀がまたメモを取り始める。

 「栞は本当に素直でいい女だ。あんなに可愛らしい女もいない。俺の大事な女だ」
 「はい」
 「あいつに心配をかけたくない。邪魔されるからってこんなことをしてるだけじゃないんだ。あいつはあれでもいろんな苦悩を抱えている。「花岡」を離れて俺の味方になってもくれた。そして今は栞のお陰で「花岡」の中枢とつながってもいる」
 「「「「はい!」」」」

 「俺なんかをあんなに思ってくれる。こんなに有難いことはないんだぞ」
 「「「「はい!」」」」

 「栞を幸せにしてやりたいよな!」
 「「「「はい!」」」」

 「ちょっとコワイけどな!」
 「「「「アハハハハ!」」」」




 俺は六花が来るまで休んだ。
 ロボと一緒にベッドに横になった。
 亜紀ちゃんが入って来て、俺の荷物をまとめてくれる。

 「車の中では何を着ますか?」
 「ブリオーニの麻のスーツだ。シャツはブリオーニのボーダーのものを。ネクタイはドミニク・フランスの人魚の柄だ。靴はラッタンジーのリザード。カザールのサングラスもな。時計やアクセは、後で自分で選ぶ。下着と靴下は、一応三着ずつ用意してくれ」
 「寝間着はどうしましょう?」
 「いらない。蓮花が向こうで用意してくれる」
 亜紀ちゃんが用意しながらキョロキョロしている。

 「どうかしたか?」
 「テンガがありませんけど?」
 「いらねぇよ!」
 「六花さんとしちゃダメですよ!」
 「しねぇ!」
 折角取扱説明書を読んだのに、とかブツブツ言っていた。

 荷物はエルメスのスペシャルオーダーのカバンに入れた。
 サドルのベルトを納めるための、大型のトートバッグのような形だ。
 ブライドルレザーの堅牢なものになっている。
 年月を経て、うっとりするようなオレンジ色に変色している。




 六花が来た。
 歩けるのだが、亜紀ちゃんがどうしてもと言い、俺を抱きかかえて降りる。
 皇紀が俺のカバンを持った。

 「タカさん、これは最新のデータです」
 皇紀からUSBを受け取った。
 念を入れて、重要データはネット回線では遣り取りしない。
 カバンに仕舞う。
 
 「石神先生」
 「宜しく頼むぞ」
 「はい、お任せ下さい!」
 ルーとハーがドアを開け、亜紀ちゃんが俺をシートに座らせた。
 三人とも涙目になっている。
 俺は窓を降ろした。

 「じゃあ、行ってくる」
 「「「「はい!」」」」

 「タカさん!」
 皇紀が叫んだ。

 「ブランのことをお願いします!」
 窓に寄り、小声で言った。

 「任せろぉー!」

 



 俺たちは出発した。 
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