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Blanc

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 「所長、本当にいいんですか」
 足柄は生体チップを蓮花に手渡して言った。

 「石神様の戦力が必要なのです。彼らが「業」の戦士に対抗できるようにすることが必要なのです」
 「しかし……」
 「蓮華は彼らの「心」を破壊しました。私は偽りであっても、再び彼らに「心」を与えるのです」
 「そ、それは詭弁だ!」
 「分かっています。それでも、私にとって大切なことは一つだけです」
 「石神様ということですか」
 蓮花は頷いた。
 足柄は目を背けて、脳を剥き出しにされた「少女」を見た。
 目の前にいるのは、まだ十代の少女だった。
 以前は美しかっただろう、今は恐ろしい無表情の肉。
 これをやれば、蓮花は地獄へ堕ちる。
 人間が決して踏み込んではならない領域に、蓮花は踏み出そうとしている。
 しかし、蓮花は止まらないことを知っている。
 
 蓮花は愛によって地獄へ自ら堕ちるのだ。







 ブラン(Blanc)と名付けられた、蓮花による石神の戦士たち。
 意志を喪った蓮華の人形に生体チップを装着し、石神のために戦うために生まれ変わる元人間たち。
 蓮花は石神から受け取った「花岡」の習得プログラムを生体チップにインストールした。
 そして石神のために自律的に行動するプログラムも入れてある。
 石神を神、盟主として仰ぐ仮初の意志を植え付けられた。
 自らが傷つくことも、死でさえも厭わない完全な死兵。
 強大な力を振るい、戦闘に関しては最強の能力を有する怪物たち。

 しかし、限りなく純粋である彼らは、無色の「白(Blanc)」。

 石神のために戦い、死す。
 ただ雪のように降り注ぎ、大地に溶け消えゆく。

 生体チップは、装着と同時に外部の電気信号で起動する。
 それは、脳のシナプスを次々と連携させ、蓮花のプログラムが脳内に急速に展開する。
 同時に様々なホルモンが放出され、肉体をも強靭に改造していく。
 「ミユキ」はその第一号として、順調な経過を見せていった。
 元々「花岡流合気道」の門下生だったが、その素質を蓮華に見いだされて改造された。

 「シナプスの結合が驚異的な速さで進んでいます」
 足柄はMRI画像を蓮花に見せる。

 「元々の資質があったということが大きいですね」
 蓮花の表情には、何の悔恨もない。
 ただ、その経過を冷徹に観察している。

 「ミユキ」は、恍惚の表情を浮かべている。
 自分の存在意義を与えられ、それに自分を捧げる狂信者の悦びだ。


 「石神様の御映像を」
 「はい」
 「ミユキ」の目が開かれ、目の前のディスプレイに石神の顔が映った。
 
 「ああ! 石神様!」
 一層の恍惚と歓喜の表情を浮かべた。
 映像は石神が歩く姿、食事をする様子が映し出される。

 「尊い」
 次に映像が切り替わり、「業」の顔になる。
 「ミユキ」の表情が一変し、仇敵への憎悪の顔になる。

 「必ず私が虫けらのように殺してやる! ここへ来い、業!」
 画面がブラックアウトする。
 「ミユキ」は蓮花を見た。

 「蓮花様。私はいつ戦わせていただけるのでしょうか」
 「待ちなさい。石神様もまだお待ちになっているのです」
 「かしこまりました。それでは私も一層の準備を」

 足柄は蓮花に促され、「ミユキ」の拘束を解いた。

 「足柄、「ミユキ」を部屋へ案内しなさい」
 「はい、所長」
 「ミユキ」は蓮花に一礼し、足柄の後をついて出て行った。
 「石神様、もうしばらくお待ちください」
 蓮花の呟きは誰も聞いていない。







 「皇紀様、夜分に申し訳ございません。石神様はいらっしゃいますでしょうか?」
 「ああ、蓮花さん。それがですね。タカさんが倒れてしまって」
 「なんですって!」
 冷たいとさえ感じるような普段の蓮花とは思えない大声に、皇紀は一瞬戸惑った。

 「大丈夫です。一命はとりとめましたから」
 「すぐにそちらへ参ってもよろしいでしょうか」
 「いえ、本当に大丈夫ですから。会話は問題ありませんから、僕からお伝えしておきます」
 「一体何があったのですか?」
 蓮花は多少の冷静さを取り戻していた。

 「僕からお話ししていいのか。信じられないような出来事でして」
 「それは?」
 「妖怪、そう言っても信じていただけますか?」
 「なんですと」
 「ルーとハーが別荘で見たんです。それでタカさんが心配して関わったら、とんでもないことになってしまって」
 「本当に石神様は大丈夫なのでしょうか?」
 「それは大丈夫です。タカさんはやっぱりスゴイ人です!」
 蓮花は皇紀が石神を崇めていることを知っている。
 電話の向こうで誇らしく笑っているだろう、皇紀の顔を想像し、自分も微笑んだ。

 「分かりました。石神様から直接伺うとしましょう。それでは御伝言をお願いできますか?」
 「はい、もちろんです」


 「「ブラン」が生まれたと御伝え下さいませ」
 「!」


 「真っ白で美しい娘です。しばらくは成長を見守りますが、ご期待下さいと」
 「わ、分かりました」
 「それでは、石神様にはくれぐれも御養生くださいとも御伝え下さい」
 「伝えます」

 「遅くに失礼いたしました。それではまたご連絡いたします」
 「蓮花さんもご無理をなさらないで下さいね」
 「皇紀様はお優しい」
 「そんな」
 蓮花は微笑んだままだった。
 石神を信奉する皇紀が大丈夫だと言ったのだ。
 きっとそうなのだ。





 「ミユキ」は、足柄に案内された部屋を見て、狂喜した。
 両側の壁に自分を見下ろす等身大の石神の姿がある。
 高解像度のディスプレイ映像だ。
 「ミユキ」は、いつか自分に語り掛けて下さる石神の声を想像した。
 そして正面には優しく微笑む石神の大きな顔。
 その下に自分が眠るベッドがあった。

 「ここで休みなさい。君の部屋だよ」
 足柄が優しくそう言った。
 「ミユキ」が微笑む。

 「何かあれば、あの電話で所長か僕を呼びなさい。ボタンに明示してある。押せば繋がるよ」
 「分かりました。ご配慮感謝いたします」
 足柄は微笑む「ミユキ」を見て思った。
 以前は死人のように無表情で、何の意志もなかった娘。
 それが今は生まれ変わったかのように、生き生きとしている。
 
 正面の石神の映像が変わった。
 こちらを見つめる、真剣な表情だ。

 「ミユキ、俺のために戦ってくれるか」
 「はい! この身体も命も石神様のために!」
 床に片膝を付き、「ミユキ」が叫んだ。

 再び、映像は元の優しい顔に変わる。

 「ミユキ」の顔は、また恍惚とした表情になっている。
 暗号化された電磁波で、特殊プログラムが始まったのだ。
 恐らく「ミユキ」は石神との優しい時間を過ごしている。
 蓮花と共に足柄が組んだ「セッティング」だ。
 蓮華の強力な暗示を上回る、書き換え不能の強烈な洗脳。
 
 神が直接語るその洗脳は、「ミユキ」に最上の歓喜を与え、石神の戦士に定着させる。
 石神の守護天使となることを夢見る少女。






 あの方は、この純粋な天使をどのように扱うのか。
 足柄は、そのことだけを考えていた。

 仮初の幸福が、せめて少女に何かをもたらしてくれることを願った。 
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