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鷹と亜紀ちゃん

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 昼に亜紀ちゃんに起こされた。

 「気持ちよく寝てらっしゃったんですが」
 「ああ、いいよ。昼食か?」
 「はい」
 俺はリヴィングに降りた。
 
 「すいません、寒天ゼリーとコンポートはまだ出来てなくて」
 「いいよ」
 亜紀ちゃんは豆腐とご飯と納豆、それに御堂家卵を用意していた。
 豆腐は、俺が食べたのを知ってのことだろう。

 「すいません、こんなものしか思いつかなくて」
 亜紀ちゃんが泣き出した。

 「本当にすいません。役立たずで」
 俺は亜紀ちゃんを抱き締めた。
 
 「何を言ってる。ありがとう」
 「いいえ、いいえ」
 辛い思いをさせてしまった。

 「今晩、多分鷹が来てくれる。いろいろ教えてくれるよ」
 「そうなんですか!」
 「俺が教えればいいんだが、どうもな」
 「いいんです!」



 俺も自分が食べたいものが分からない。
 思考も上手く働いていない感じがする。
 まあ、脳が変性しているくらいの現象だったんだから仕方ない。
 恐らくは高熱のためだ。
 39度から41度を行き来している。
 解熱剤を飲んだが効かない。
 ロボは亜紀ちゃんにステーキを焼いてもらった。
 カリカリも一緒だ。
 全部食べた。
 亜紀ちゃんは自分でパスタを作っていた。
 俺にも食べるかと聞かれたが、断った。

 豆腐は行けそうだ。
 亜紀ちゃんに夕飯に湯豆腐を頼んだ。

 「ああ、卵豆腐も買っておいてくれ」
 「わ、分かりました!」
 俺も亜紀ちゃんもパジャマのままだ。
 ちゃんと着替えて行けと言ったら笑われた。

 午後もまた寝た。
 夕方に、双子に起こされる。

 「タカさん、鷹さんが来たよ」
 「そうか、じゃあ、顔を洗ってリヴィングに行くから」
 「「はーい」」 
 心配そうに俺を見ている。
 俺はパジャマを降ろし、オチンチンを回してやった。
 きゃー、と言いながら駆け下りて行った。





 「い、石神先生! 一体どうしたんですか!」
 ロボと遊んでいた鷹が叫んだ。
 次の瞬間、ボロボロと涙を落して泣き出す。
 俺は亜紀ちゃんに支えられて椅子に座った。

 「泣くなよ、大丈夫だって」
 「だって、そんなに痩せてしまって!」
 「ダイエットが過ぎたな」
 「何を言ってるんですか!」
 抱き締めてやりたいが、生憎よろけるだけだ。

 「鷹」
 俺は両手を拡げた。
 鷹が近寄って来る。
 俺は鷹を抱き締めた。

 「悪いな、こんなザマで」
 「いいえ!」




 亜紀ちゃんにコーヒーを淹れてもらい、鷹に何が起きたのかを話した。
 双子が俯くので俺の両脇に座らせ、抱き締めた。

 「院長と一江、大森、あとはこいつらしか知らない」
 「分かりました」
 「院長がここに来て下さって、直接治療を施してくれた。だからもう大丈夫だ。数日はダメだけどな」
 「はい」

 「鷹さん! 私にお料理を教えて下さい!」
 話が終わったとみて、亜紀ちゃんが言った。

 「え?」
 「鷹、悪いんだが病人が喰えるようなものを教えてやってくれ。うちの子らは全然病気と無縁で、何も知らないんだ」
 「わ、分かりました!」
 鷹はすぐにキッチンに立った。
 亜紀ちゃんがエプロンを用意する。
 俺に何も聞かずに、即座に始める。
 薄味の卵粥とカボチャのスープができた。
 亜紀ちゃんが作った湯豆腐もだ。

 俺は美味しくいただいた。
 結構な量が食べられた。
 その間に、鷹は野菜ジュースを作ってくれた。

 俺が全部食べたのを見て、鷹がまた泣いた。

 「明日からここにいます!」
 「ダメだ! お前はちゃんと仕事をこなせ」
 「いいえ! 私はまだ夏休みをとっていません。返上しようかと思っていたのですが、明日から使います」
 「ダメだと言ってるだろう! お前がいなくてオペが回るか!」
 言い張る鷹に、俺は明日出勤して調整してみろと言った。
 多分、鷹は何とかして来るのだろう。
 泊るという鷹を、俺は断れなかった。
 明日の朝のタクシーの予約を皇紀にさせた。

 亜紀ちゃんがショックを受けていた。
 鷹が驚くほどに俺が衰えていたと感じてはいなかったのだろう。
 ずっと一緒にいる人間の陥りやすいことだ。
 俺が分かっているからいいのだが。




 鷹が俺を風呂に入れると言い、亜紀ちゃんは遠慮した。

 「おい、一緒に入ろう」
 「え、でも」
 「亜紀ちゃんがいなければダメだ」
 「タカさん!」
 三人で入った。
 鷹は気をきかせて、亜紀ちゃんに俺を洗わせた。
 湯船にみんなで浸かる。

 「亜紀ちゃんにさ」
 「はい?」
 「一週間オチンチン禁止って言われてるんだ」
 「え!」
 鷹が笑った。
 今日初めての笑顔だ。

 「亜紀ちゃんにはいろいろ怒られてなぁ。亜紀ちゃんがいなきゃ俺はダメなんだよ」
 「本当にそうですね」
 亜紀ちゃんが俯いて恥ずかしがっている。

 「タカさん」
 「なんだよ」
 「本当にこんなに痩せてしまって」
 「亜紀ちゃんには心配させたくなかったからな。気づかせないようにしてたんだ」
 「そんな!」

 「俺のためにいろいろ考えてくれてありがとうな」
 「私なんか! だから鷹さんを呼んだんでしょう?」
 「そうだよ。亜紀ちゃんじゃ間に合わないからな」
 「やっぱり!」
 「でも、鷹が来るまで亜紀ちゃんが全部支えてくれたんだ。ありがとうな」
 「タカさーん!」
 亜紀ちゃんが俺に抱き着いて泣いた。

 「本当にありがとう。亜紀ちゃんがいなきゃダメだった」
 亜紀ちゃんがワンワン泣いた。
 緊張が取れたのだろう。
 まだ16歳の高校一年生だ。

 「亜紀ちゃん、私がまだ新米の看護師の頃にね」
 「……」
 「初めてオペ室の準備を任されたの。その時に石神先生が手伝って下さって」
 「そうだっけか?」
 「普通は絶対にあり得ないのね。お忙しいのに私のために時間を作ってくれた」
 「はい」
 「そのオペにも立ち会ったのね。石神先生が緊張している私にいろいろ声をかけて下さって」
 「はい」

 「後からベテランの先輩に言われたのよ。うちの病院には、頑張ろうとしている人間を支えてくれる方がいるんだって。一気に石神先生が好きになっちゃった」
 「鷹さーん! タカさーん!」

 「ほら、もう泣くな。オッパイ触っちゃうぞ?」
 「え、いいですよ」
 「ば、バカ言うな!」
 「はい、どうぞ」
 亜紀ちゃんが胸を見せてくる。

 「やめろ、冗談だって」
 「エヘヘヘ」
 「このやろう」
 鷹も笑った。




 鷹は客用の部屋で寝た。
 俺は亜紀ちゃんとロボと一緒に寝る。
 鷹は、こういう気遣いをしてくれる女だ。
 今日はロボも亜紀ちゃんとの間に入って来ない。
 こいつも気遣いか?




 さて、栞はどうしようか。
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