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りんごの摺り下ろし

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 目が覚めると、枕元に摺り下ろしたリンゴがある。
 亜紀ちゃんが俺を見ていた。

 「だから、これは好きじゃないって」
 「え! すみません!」
 「あ、いや悪かった。そうじゃないんだ」
 「はい?」
 俺はリンゴをスプーンで掬って食べた。

 「母が風邪をひくと作ってくれたんです」
 「そうか」
 「私、こんなことしか出来なくて」
 亜紀ちゃんが泣き出す。
 俺はこっちへ来いと言い、頭を抱き寄せた。

 「悪かったな。奈津江の夢を見ていたんだ」
 「奈津江さん?」
 「ああ。懐かしい夢だった」
 俺は二人で山で一晩過ごした夢を話した。

 「夢の中でな、奈津江が話してくれたんだ」
 「はい」
 「顕さんの友人が、長野にツーリングに行って、巨大な一つ目の人間を見たって」
 「え!」
 「そいつが「もっとおっきいのもいるぞー」って言ってたらしい」
 「そ、それって!」

 「クロピョンだろう」
 「あの、その呼び方って大丈夫なんですか?」
 「うるせぇー! 俺をこんなにしやがってぇ!」
 「で、でも」
 俺はベッドを降り、テラスから花壇に怒鳴った。
 亜紀ちゃんも付いて来る。

 「なぁ! クロピョンでいいよなぁ?」

 花壇が光った。
 亜紀ちゃんと抱き合う。

 「おい、い、いいらしいぞ?」
 「そ、そうなんですか?」
 急いで中に戻った。
 亜紀ちゃんが笑っている。

 「もう、タカさんは!」
 俺も笑った。
 恐ろしい体験の後では、笑いが止まらなくなることがある。
 俺たちは腹を抱えて笑った。





 俺は大分動けるようになった。
 無理してマーシャルアーツの型を見せて亜紀ちゃんを安心させようとした。
 痛みでひっくり返った。
 亜紀ちゃんに怒られた。

 「夕飯は食べたか?」
 もう7時だった。

 「作ってますけど、まだです。お昼が遅かったですから」
 「そうか」
 「カレーにしましたけど、タカさんも召し上がりますか?」
 「少し食べようかな」
 俺は亜紀ちゃんに肩を借りて下へ降りた。
 軽く食べて、俺は顕さんに電話をする。

 「遅い時間にすみません」
 「ああ、石神くん。出張なんだって?」
 「はい。急なことだったんですが。それでちょっとお聞きしたいことがありまして」
 「何かな?」
 俺は奈津江から聞いた、顕さんの友人のことを聞いた。

 「ちょっと奈津江の夢を見て思い出しちゃって」
 「そうかぁ! 羨ましいな。俺にはなかなか出て来てくれないよ」
 顕さんから聞いたが、詳しいことは分からなかった。

 「良かったら紹介しようか?」
 「ぜ、是非!」
 「そんなに気になるのかい?」
 「なんたって、奈津江の思い出ですから」
 「そうかぁ!」
 顕さんからメールで送ると言われた。
 礼を言って電話を切った。




 亜紀ちゃんがコーヒーを淹れてくれる。

 「飲めますか?」
 「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
 俺はサンルームに出て、PCを立ち上げる。
 顕さんはメールをすぐに送ってくれていた。
 流石に仕事が早い。
 教えてもらったメールアドレスに連絡しようとしたが、まだ身体が重い。
 亜紀ちゃんが気付いて来てくれた。
 俺は口頭で伝え、亜紀ちゃんに文面を打ってもらった。

 「じゃあ、お風呂に入りましょう」
 「え?」
 ニコニコしている。
 俺は抱きかかえられ、風呂場に連れて行かれた。
 ロボもついてくる。
 亜紀ちゃんもさっさと脱いで、風呂場に入った。
 今日はロボも入って来る。

 「毛だらけの女の子と一緒で良かったですね!」
 「う、うるせぇー」
 亜紀ちゃんに全身を洗われる。
 ロボは濡れるのを避けて、隅にいた。
 湯船に浸かると、近くに寄って来る。

 「はぁー、なんかいいな」
 「大丈夫ですか?」
 「ああ、気持ちいいよ」
 「良かったぁー!」
 「もうちょっとオチンチンの洗い方がなぁ」
 「すっかり元気ですね!」
 俺たちは笑った。



 「花壇、光りましたよね?」
 「やめろよ、コワイ話は」
 「でもー」
 俺は歌を歌った。

 松任谷由実『りんごのにおいと風の国』
 亜紀ちゃんは黙って聴いている。
 小さく手を叩いている。
 ロボも目を閉じて聴いていた。
 
 俺は調子に乗って、サザンオールスターズの『Long-haired Lady』を歌った。
 亜紀ちゃんの髪を撫でながら。

 「タカさん」
 「あんだよ」
 「一週間のオチンチン禁止、楽勝で終えられそうですね」
 「やめろよー」
 亜紀ちゃんがウフフと笑い、風呂を上がった。
 嫌がったが、亜紀ちゃんに身体を拭かれた。
 自分でやるよりも早いので、正直ありがたかった。
 亜紀ちゃんが一緒に寝た。
 ロボが俺たちの間に潜り込む。




 「ろぼー」
 亜紀ちゃんが突っつくと、ロボが指に噛みついた。
 「わかったよー」

 俺は笑った。
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