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手かざし
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午後の三時過ぎに目を覚ました。
まだ子どもたちは寝ている。
隣で眠る亜紀ちゃんの顔を見た。
涙の痕があった。
俺はそっとベッドを抜ける。
ロボが目を覚まし、あくびを一つすると、俺を追いかけてくる。
ロボも子どもたちに触れないようにして来た。
キッチンに降り、俺はまたジンジャーエールを飲む。
「腹が減ったろう?」
ロボにネコ缶を二つ開けた。
水も入れなおしてやる。
体中がまだ痛い。
激痛だ。
動くときつい。
食欲もない。
俺は豆腐をレンジで温め、無理矢理食べた。
薬味を作る力はない。
醤油だけを少し垂らした。
それだけのことで痛みが耐えがたい。
電話が鳴った。
取ろうと思ったが、先に誰かが出た。
階段を走り降りてくる。
亜紀ちゃんだった。
「タカさん!」
怒っている。
「もう! 院長先生からお電話です」
受話器を持つのが辛そうなのを見て、亜紀ちゃんが俺の耳にあてがった。
「おい、大丈夫か?」
「すみません。ご迷惑を」
「そんなことはいい! 大丈夫なのか!」
「はい。突然高熱が出ましたが、今は落ち着いています」
亜紀ちゃんが物凄い勢いで階段を上がっていく。
「これからお前の家に行くからな」
「いえ、そんなことは」
「うるさい! とにかく行くから寝てろ!」
亜紀ちゃんが戻って来る。
体温計を俺に向けている。
「少し寝れば治りますから」
亜紀ちゃんが俺から電話を奪い取った。
「院長先生! 今は39度です! どうかこちらへいらしていただけませんか!」
亜紀ちゃんが叫ぶ。
「昨日なんて、1トンの氷を溶かしちゃったんです! 水をかけたら湯気が出て」
亜紀ちゃんが泣き出した。
俺が電話を取ると、既に切れていた。
亜紀ちゃんを抱き締め、カレーを作ってくれと言った。
野菜カレーだ。
入れる野菜を指示した。
「ミキサーで野菜を全部摺り下ろしてくれ。ルーは市販のものでいい」
「分かりました!」
歩き出してよろけた俺を見て、亜紀ちゃんが慌てて抱きかかえる。
トイレに行きたいと言うと、俺を中に入れてパジャマの下をずり下ろされた。
「これでいいですか?」
亜紀ちゃんが俺のものを握って言う。
「おい、自分でやる」
「ダメです!」
亜紀ちゃんにあちこち握られ、反応した。
亜紀ちゃんが気付く。
「タカさん! 何考えてんですかぁ!」
「それはお前だぁ!」
何とか追い出した。
硬くなったせいで、出が悪い。
時間がかかった。
「ほんとに大丈夫ですか!」
亜紀ちゃんがドアを開けて聞いて来る。
「閉めろ!」
子どもたち全員に、パンツを下まで降ろされている姿を見られた。
死にたい……。
「お尻も拭きますからね」
「……」
またベッドに横になる。
子どもたちには、食事をするように言った。
ロボだけが残った。
俺の右腕に足を絡める。
もう動くなということらしい。
動かそうとすると、小さな声で「にゃー」と鳴く。
カワイイ。
「タカさん、カレーが出来ました」
亜紀ちゃんに起こされた。
またいつの間にか眠っていたらしい。
部屋にカレーを持って来ていた。
俺は一口食べる。
身体に少し、力が戻って来るのを感じる。
食べている間に、院長が来た。
双子に連れられて、俺の部屋へ来る。
入り口で立ち止まって俺を見ていた。
俺は亜紀ちゃんたちに下へ行くように言った。
亜紀ちゃんがデスクの椅子を俺のベッドの横に置いて立ち去った。
院長が座ると、ロボがその膝にのった。
「うん? ネコか?」
院長は気にせずにそのまま膝に乗せていた。
「お前、何があった」
院長が真剣な顔で言う。
俺は一連の出来事を話した。
双子が俺の別荘でとんでもないものを見たこと。
気になって俺が一人でそれに会いに行ったこと。
双子がそれをどこかで見ていて、問い詰めていたらそれがここまで来たこと。
それが笑っているらしいことを感じた後で、尋常ではない熱が出たこと。
「そうか。氷を溶かしたって?」
「はい。崩れ折れた俺を亜紀ちゃんが抱きかかえて。その時に「熱湯のようだ」と言われました」
「水をかけたら湯気がでたそうだな」
「ええ、100度以上あったのかもしれません」
「お前、それって」
「ATPじゃ説明できませんよね。それ以前に細胞が死滅する」
俺たちは黙り込んだ。
「お前が生きていてくれたのは良かったが、お前はもうまっとうな暮らしはできないかもしれんぞ。死んでおかしくない」
「怖いこと言わないで下さい」
「今はどうなんだよ」
「痛みを堪えれば、なんとか歩ける、という程度ですね」
「そうか」
「でも、徐々に良くなってますよ」
「だといいな」
「ちょっと!」
院長が笑った。
「お前も少しは大人しくしろ! お前は本当に死んでおかしくなかったんだぞ」
「どういうことですか?」
「お前はヤクザ相手にだって立ち回る男なのは知っている。でもな、この世には遙かに上の存在がいるんだ」
「そうですか」
「前に話したろう。俺が故郷で、夜空に浮かぶ巨大な帯のようなものを見たって」
「ああ、そんなことを言ってましたね」
俺はゲンコツを喰らう。
「今回お前が接したものは、ああいうものだ。人間なんてミジンコにも満たない」
「はあ」
「俺がこの部屋に入った時、お前がどんなに大きなモノにやられたのか分かった。信じられないが、お前はまだ生きている」
「へぇ」
ゲンコツを喰らう。
「アリがダンプカーに轢かれたとして、生きてると思うか?」
「根性があれば」
ゲンコツを喰らう。
「まあ、今週いっぱいだな。ゆっくり休め。何かあれば連絡しろ」
院長はそう言って、俺に横になれと言った。
俺の身体の上を、手をかざしていった。
うつぶせにされ、同様にされる。
気持ち良かった。
俺の背に何かが滴った。
俺は気付かない振りをした。
「じゃあ、俺は帰るからな。本当に何かあればすぐに連絡しろよ」
「申し訳ありません」
立ち去る院長を、俺は呼び止めた。
「院長! お帰りの際に、ルーとハーの花壇を見ていってもらえませんか?」
「なんだ、どうした?」
「アレは、あそこから出てきました」
「!」
しばらくして、院長がまた戻って来る。
「石神! とんでもないぞ!」
院長の顔が青くなっている。
「アレはとんでもない。まだいるぞ!」
「え!」
「お前たちに影響しないように、ごく細い形になっているがな。髪の毛よりも細い。でも確実にいる」
「出てってもらってください」
「俺にできるかぁ!」
院長は、あれだけ細ければ心配は無いと言う。
そんなこと、安心できるわけがねぇ。
「アレは、俺が見た「帯」と同じ類のものだ。あまりに大きすぎて、俺にも何がなんだか分らん」
「役立たず」
「なにおぉ!」
「じゃあ、引っ越しかぁ」
「無駄だろう。その気になれば、アレは日本中どこでも来るぞ?」
「だぁー」
「まあ、お前を殺す気ではないようだ。諦めろ」
「今度、面白い光を出す奴がいるって教えます」
「やめろぉー!」
院長は帰って行った。
亜紀ちゃんが泣きながら礼を言っているのが聞こえる。
俺は痛みを堪えて、玄関に向かって頭を下げた。
俺は途中だったカレーを食べた。
冷めてしまって、不味かった。
身体は大分楽になった。
本当に有難い。
まだ子どもたちは寝ている。
隣で眠る亜紀ちゃんの顔を見た。
涙の痕があった。
俺はそっとベッドを抜ける。
ロボが目を覚まし、あくびを一つすると、俺を追いかけてくる。
ロボも子どもたちに触れないようにして来た。
キッチンに降り、俺はまたジンジャーエールを飲む。
「腹が減ったろう?」
ロボにネコ缶を二つ開けた。
水も入れなおしてやる。
体中がまだ痛い。
激痛だ。
動くときつい。
食欲もない。
俺は豆腐をレンジで温め、無理矢理食べた。
薬味を作る力はない。
醤油だけを少し垂らした。
それだけのことで痛みが耐えがたい。
電話が鳴った。
取ろうと思ったが、先に誰かが出た。
階段を走り降りてくる。
亜紀ちゃんだった。
「タカさん!」
怒っている。
「もう! 院長先生からお電話です」
受話器を持つのが辛そうなのを見て、亜紀ちゃんが俺の耳にあてがった。
「おい、大丈夫か?」
「すみません。ご迷惑を」
「そんなことはいい! 大丈夫なのか!」
「はい。突然高熱が出ましたが、今は落ち着いています」
亜紀ちゃんが物凄い勢いで階段を上がっていく。
「これからお前の家に行くからな」
「いえ、そんなことは」
「うるさい! とにかく行くから寝てろ!」
亜紀ちゃんが戻って来る。
体温計を俺に向けている。
「少し寝れば治りますから」
亜紀ちゃんが俺から電話を奪い取った。
「院長先生! 今は39度です! どうかこちらへいらしていただけませんか!」
亜紀ちゃんが叫ぶ。
「昨日なんて、1トンの氷を溶かしちゃったんです! 水をかけたら湯気が出て」
亜紀ちゃんが泣き出した。
俺が電話を取ると、既に切れていた。
亜紀ちゃんを抱き締め、カレーを作ってくれと言った。
野菜カレーだ。
入れる野菜を指示した。
「ミキサーで野菜を全部摺り下ろしてくれ。ルーは市販のものでいい」
「分かりました!」
歩き出してよろけた俺を見て、亜紀ちゃんが慌てて抱きかかえる。
トイレに行きたいと言うと、俺を中に入れてパジャマの下をずり下ろされた。
「これでいいですか?」
亜紀ちゃんが俺のものを握って言う。
「おい、自分でやる」
「ダメです!」
亜紀ちゃんにあちこち握られ、反応した。
亜紀ちゃんが気付く。
「タカさん! 何考えてんですかぁ!」
「それはお前だぁ!」
何とか追い出した。
硬くなったせいで、出が悪い。
時間がかかった。
「ほんとに大丈夫ですか!」
亜紀ちゃんがドアを開けて聞いて来る。
「閉めろ!」
子どもたち全員に、パンツを下まで降ろされている姿を見られた。
死にたい……。
「お尻も拭きますからね」
「……」
またベッドに横になる。
子どもたちには、食事をするように言った。
ロボだけが残った。
俺の右腕に足を絡める。
もう動くなということらしい。
動かそうとすると、小さな声で「にゃー」と鳴く。
カワイイ。
「タカさん、カレーが出来ました」
亜紀ちゃんに起こされた。
またいつの間にか眠っていたらしい。
部屋にカレーを持って来ていた。
俺は一口食べる。
身体に少し、力が戻って来るのを感じる。
食べている間に、院長が来た。
双子に連れられて、俺の部屋へ来る。
入り口で立ち止まって俺を見ていた。
俺は亜紀ちゃんたちに下へ行くように言った。
亜紀ちゃんがデスクの椅子を俺のベッドの横に置いて立ち去った。
院長が座ると、ロボがその膝にのった。
「うん? ネコか?」
院長は気にせずにそのまま膝に乗せていた。
「お前、何があった」
院長が真剣な顔で言う。
俺は一連の出来事を話した。
双子が俺の別荘でとんでもないものを見たこと。
気になって俺が一人でそれに会いに行ったこと。
双子がそれをどこかで見ていて、問い詰めていたらそれがここまで来たこと。
それが笑っているらしいことを感じた後で、尋常ではない熱が出たこと。
「そうか。氷を溶かしたって?」
「はい。崩れ折れた俺を亜紀ちゃんが抱きかかえて。その時に「熱湯のようだ」と言われました」
「水をかけたら湯気がでたそうだな」
「ええ、100度以上あったのかもしれません」
「お前、それって」
「ATPじゃ説明できませんよね。それ以前に細胞が死滅する」
俺たちは黙り込んだ。
「お前が生きていてくれたのは良かったが、お前はもうまっとうな暮らしはできないかもしれんぞ。死んでおかしくない」
「怖いこと言わないで下さい」
「今はどうなんだよ」
「痛みを堪えれば、なんとか歩ける、という程度ですね」
「そうか」
「でも、徐々に良くなってますよ」
「だといいな」
「ちょっと!」
院長が笑った。
「お前も少しは大人しくしろ! お前は本当に死んでおかしくなかったんだぞ」
「どういうことですか?」
「お前はヤクザ相手にだって立ち回る男なのは知っている。でもな、この世には遙かに上の存在がいるんだ」
「そうですか」
「前に話したろう。俺が故郷で、夜空に浮かぶ巨大な帯のようなものを見たって」
「ああ、そんなことを言ってましたね」
俺はゲンコツを喰らう。
「今回お前が接したものは、ああいうものだ。人間なんてミジンコにも満たない」
「はあ」
「俺がこの部屋に入った時、お前がどんなに大きなモノにやられたのか分かった。信じられないが、お前はまだ生きている」
「へぇ」
ゲンコツを喰らう。
「アリがダンプカーに轢かれたとして、生きてると思うか?」
「根性があれば」
ゲンコツを喰らう。
「まあ、今週いっぱいだな。ゆっくり休め。何かあれば連絡しろ」
院長はそう言って、俺に横になれと言った。
俺の身体の上を、手をかざしていった。
うつぶせにされ、同様にされる。
気持ち良かった。
俺の背に何かが滴った。
俺は気付かない振りをした。
「じゃあ、俺は帰るからな。本当に何かあればすぐに連絡しろよ」
「申し訳ありません」
立ち去る院長を、俺は呼び止めた。
「院長! お帰りの際に、ルーとハーの花壇を見ていってもらえませんか?」
「なんだ、どうした?」
「アレは、あそこから出てきました」
「!」
しばらくして、院長がまた戻って来る。
「石神! とんでもないぞ!」
院長の顔が青くなっている。
「アレはとんでもない。まだいるぞ!」
「え!」
「お前たちに影響しないように、ごく細い形になっているがな。髪の毛よりも細い。でも確実にいる」
「出てってもらってください」
「俺にできるかぁ!」
院長は、あれだけ細ければ心配は無いと言う。
そんなこと、安心できるわけがねぇ。
「アレは、俺が見た「帯」と同じ類のものだ。あまりに大きすぎて、俺にも何がなんだか分らん」
「役立たず」
「なにおぉ!」
「じゃあ、引っ越しかぁ」
「無駄だろう。その気になれば、アレは日本中どこでも来るぞ?」
「だぁー」
「まあ、お前を殺す気ではないようだ。諦めろ」
「今度、面白い光を出す奴がいるって教えます」
「やめろぉー!」
院長は帰って行った。
亜紀ちゃんが泣きながら礼を言っているのが聞こえる。
俺は痛みを堪えて、玄関に向かって頭を下げた。
俺は途中だったカレーを食べた。
冷めてしまって、不味かった。
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