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鷹との別荘 Ⅱ:その美しい飛翔

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 外は風が強くなり、小雨が降って来た。

 「伺えてよかったです。ありがとうございました」
 鷹が涙ぐんだ目でそう言った。
 外は風が強くなり、小雨が降って来た。

 「高校生なると、何故か寝込まなくなったんだ。まあ、熱は毎月出してたけどな。でも身体が慣れて、40度でも普通に生活できる」
 「そういうこともあるんですね」
 「その後、静馬さんのご両親とは?」
 「ああ、毎回通信簿を持って行ってな。ちゃんと学年トップになってるって報告した」
 「喜んで下さったでしょう」
 「ああ」

 「でも俺が高校生になった時に、お父さんが亡くなってな。お母さんは実家に引っ越された」
 「……」
 「それからはお会いしていない。忘れたことはないけどな」
 「石神先生のお宅の机の」
 「よく見てるなぁ! ああ、あの万年筆がいただいたものだ。使ったことは無い。俺の宝物だ」
 「そうなんですか」
 「ガキだったからな。静馬君の墓も知らないんだ。ああ、そうだ。今度調べてもらおう」
 「分かるといいですね」
 俺たちは片付けてベッドに入った。
 鷹が俺を抱き締めて言った。

 「今日はまた一層石神先生が好きになりました」






 翌朝。
 俺が目覚めると、鷹はいなかった。
 あいつらしい。
 鷹は着替えて朝食を作っていた。
 
 「おはようございます」
 「おはよう」
 俺は鷹に軽くキスをした。
 夕べの残りのご飯と、目玉焼き、サラダの、簡単な朝食を食べた。
 俺たちは紅茶を水筒に入れて、散歩に出た。
 夕べ少し降った雨で、地面がしっとりと濡れている。
 倒木の広場まで来た。

 「なんかな、すっかりここが散歩の定番になってしまったんだ」
 鷹が微笑み、俺たちはレジャーシートを倒木に敷いた。
 紅茶を飲む。

 「夕べはお化けは見なかったか?」
 「いえ、スゴイのがいまして、気を喪いました」
 「じゃあ、今晩はちょっと小さいお化けにしよう」
 俺たちは笑った。
 盛夏は過ぎたが、まだ木々の緑が美しい。
 雨によって、緑の香りが少し濃くなっていた。

 「石神先生を独り占めです」
 鷹が俺に身体を寄せて言った。
 俺は肩を抱き寄せ、一層密着させた。

 


 「ギュスターブ・モローの絵が好きなんだ」
 「はい」
 「特に、『出現』と名付けられている一連の絵がな。古代イスラエルのヘロデ王の義娘のサロメを描いたものなんだ」
 「今度見てたいです」
 「それをまた、俺の大好きなオスカー・ワイルドが戯曲で描いている。恐ろしく美しい話なんだよ」
 「そうなんですか」
 俺はあらすじを話した。

 「モローは、自分が殺させたヨハネの首が現われた場面を描いている。それが神秘的で壮麗な絵画なんだよ」
 「はい」
 「宮殿の間で、光輪に包まれたヨハネの首が浮いている。サロメが、その首に怯まずに、堂々と指をさしている。神の奇跡に動じない、人間の凄まじい生命を感ずる」
 「……」
 鷹は想像しているように、目を閉じていた。

 「ワイルドの『サロメ』がまた美しくてなぁ。こちらは母親と結婚した王がサロメを好きになる。それから逃がれるために、幽閉されていた預言者ヨハネを見てしまうんだな。そしてサロメは恋に落ちる」
 鷹は黙って聞いている。

 「しかしヨハネは暴君である王と、その係累のサロメを嫌う。サロメは必ず口づけをすると誓う」
 「どうなるんですか?」
 「サロメは王と踊った報酬に、ヨハネの首を所望する。サロメは、血の滴る首に、そっと口づけをするんだ」
 「!」
 「オーブリー・ビアズレーが、そのシーンの恐ろしい挿画を描いているんだ。大胆な直線と曲線の組み合わせでなぁ」
 俺は今度見せようと約束した。

 「二つのお話は、少し違うんですね」
 「ああ。モローは聖書を題材にし、ワイルドは世紀末的な文学にそれを仕立て直した。愛は破滅によって成就する、というな」
 「どういうことでしょうか」

 「滅びるものだから、美しいということだよ」

 鷹はまた黙った。

 「俺もお前も、いつかは死ぬ。どんな死に方かは分からんけどな。でも、死ぬ者だからこそ、愛おしく感じる。鷹、お前は俺の首を抱くか?」
 「はい、そうしたいと思います」
 鷹が言った。
 この愛しい女は、魂の奥底から俺を愛してくれていた。






 帰り道。

 「鷹、ちょっと飛んで見せてくれ」
 「はい」
 鷹が空中に浮きあがった。
 数メートル浮かび、ゆっくりとそのまま移動する。
 「花岡」の技によるものだが、まだ双子も解析できていない。
 プラズマ推進によりものだろうと、予想はしていた。
 俺も空中に上がり、鷹の手を取って高速移動する。
 1分もそうしておらずに、地上に降りた。

 「まだ、石神先生のようには参りません」
 「いや、俺のは力業だ。この飛行を最初にものにしたのはお前だ」
 鷹はまだ攻撃的な技はできない。
 しかし、空中移動を編み出した。
 俺はそれを無理矢理にだが、実戦的なものにした。
 鷹の実例がある。
 俺たちは今後、本当の「飛翔」をものにして行くだろう。





 戦うことを知らなかった鷹の飛翔が、俺には悲しかった。
 そして美しいと感じた。でそう言った。
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