上 下
489 / 2,806

プリンを食べたか。

しおりを挟む
 月曜日。
 院長に呼ばれた。

 「石神、入ります!」
 院長が、何とも言えない顔をしてデスクに座っていた。
 俺なんかに礼を言うのが恥ずかしいのだ。
 院長のお兄さんの絵だ。

 「石神、昨日は」
 「いいですって! あれは双子がやったことですから」
 「いや、お前に頼まれたと」
 「言ったのはそうですけど、あの絵を描いたのはルーとハーです」
 「そうか。ありがとうな」
  院長は笑顔でそう言った。

 「じゃあ、幾らにしましょうかねぇ」
 「お前! 金を取るのかぁ!」
 「当たり前でしょう」
 「きさま!」
 「別に、お返しいただいてもいいですよ?」
 「ふざけるな!」
 「アハハハハ!」
 俺は笑って部屋を出た。
 まあ、あれくらいがいい。



 俺は一江の報告を聞いた。

 「週末はありがとうございました。楽しかったですね」
 「おう! またやろうな」
 俺は翌日に来た千両のこと、そして蓮花の施設の進捗を話した。

 「イーヴァの中枢はまだだけどな。外観は概ね出来上がったぞ」
 「そうですか。とんでもないものが出来ますね」
 「ところで部長」
 「あんだよ」
 「今週末は鷹と出掛けるんですよね」
 「ああ、別荘に二泊だ」

 「シッポリしてきてください」

 俺は立ち去ろうとする一江の腕を掴んだ。

 「お前、亜紀ちゃんに何を渡した?」
 「い、いや別に」
 「俺に隠し事かぁ? しかも俺の大事な娘のことでぇ!」
 「ヒィッ!」
 一江が洗いざらい吐いた。
 こいつは週に一度は俺の家に来る。
 皇紀たちと打ち合わせをしたり、作業をしている。
 俺にいちいち挨拶はするなと言ってあるので、知らないうちに来て帰ることも多い。
 俺がいない時に、家で飯を喰ったようだ。
 それは構わない。
 その時に、亜紀ちゃんにエロい本を渡したらしい。

 「亜紀ちゃんが興味ありそうでしたのでぇ! うちにあったフランス書院の本を貸しましたぁ! イタイイタイイタイ!」
 俺は一江の肘の関節を放した。

 「お前なぁ。まあいいけどな」
 「すいませんでしたぁ!」
 「いや、いいよ。これからも頼むな」
 「へ?」
 別にエロ本ごときはどうでもいい。
 ただ、それ以外のことで俺に隠すなと言った。
 分かりましたと一江が言った。



 顕さんの部屋へ行った。

 「タカトラー」
 響子もいた。
 ジグソーパズルに夢中で取り組んでいる。
 最近は、セグウェイの巡回の途中で、顕さんの部屋でまったりするのが日課になったようだ。

 「顕さん。突然こんなことをお聞きするのは失礼なんですが」
 「なんだよ?」
 「顕さんは別にお金に困ったりしてないですよね?」
 「えぇ! 大丈夫だよ。石神くんには迷惑はかけないから。入院費もちゃんと払ってるよ」
 俺は笑って、そうではないのだと言った。
 井上さんの話を少しした。
 建築関係ならば仕事を回せるので、何かあったら言って欲しいと。

 「そうだったのか。こっちは大丈夫だよ。使う宛もない貯金もあるしな」
 それは奈津江のためのものだったのだろう。
 俺はなるべく顕さんは「花岡」に関わらせたくなかった。
 少し雑談をした。

 「ねータカトラ」
 響子が割り込んでくる。

 「なんだ?」
 「今日のランチはプリンはつくかなー?」
 「どうだったかな。六花に聞いてみろよ」
 「いいよ! ねぇ、タカトラはプリンがつくと思う?」
 俺は笑った。
 プリンをねだっているらしい。

 「もしもついてなかったら、おやつに俺が買ってやろう」
 「ほんとー!」
 顕さんも笑っている。
 俺は顕さんに、響子には何も与えないでくれと言ってある。
 顕さんのことだ。
 響子が可愛くて、いろいろ食べさせてしまうだろう。

 響子と一緒に、病室へ戻った。
 そろそろ昼食だ。
 六花が受け取りに行った。
 プリンはなかった。
 俺は六花に頼んで、響子が寝たらプリンを買っておいてくれと言った。
 六花は笑顔で頷いた。





 午後にオペが入っており、8時までかかった。
 俺は関わった全員に吉兆の弁当を振る舞う。
 鷹もいる。
 片付けて、俺はベンツで鷹を送った。

 「ちょっと上がって行って下さい」
 俺はベンツをマンションの駐車場へ停めた。
 鷹がコーヒーを淹れてくれる。

 「あれでは足りないですよね? 何か作りましょうか?」
 「いや、いいよ。家に夕飯の残りもあるだろうしな」
 「分かりました」

 「先週の「乙女会議」は楽しかったですね」
 「ああ、面白かったよなぁ」
 「みんな裸になっちゃって。あんな飲み会は初めてです」
 「アハハハ」
 楽しく話し、俺は帰った。

 「週末はよろしくお願いします」
 「ああ、そっちこそ楽しみだよな!」
 下まで送ると言う鷹を止め、玄関でキスをして別れた。

 「おやすみなさい」
 「おやすみ」



 
 帰ろうと思ったが、気が変わって羽田空港へ向かった。
 缶コーヒーを二つ買って、展望デッキへ上がった。
 少し涼しくなった。
 美しい夜景を眺める。

 俺は右手を伸ばし、口を開けていない缶のそばに置いていた。

 「なあ、新婚旅行はどこへ行きたかった?」
 誰もいない空間で、俺は囁いた。

 「どこでも連れてってやったのになぁ」
 しばらく、俺は一方的に話した。





 「ああ、忘れてた。響子はちゃんとプリンを食べられたかな。楽しみにしてたからなぁ」

 響子が笑顔でプリンを頬張る姿を想像し、俺も嬉しくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...