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挿話: ジェイ

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 ジェイコブはニューヨークの黒人スラムで生まれた。
 幼い頃から身体が大きく、喧嘩沙汰では年上にも負けなかった。
 もちろん、自分よりも強い連中はいる。
 しかし、成長と共に、そういう連中も少なくなった。
 ガンを持っていない相手は、ジェイコブの敵ではなかった。

 父親は雑貨店を営んでいた。
 近所の悪ガキに売り物を盗られ、悪戯され悩んでいたが、ジェイコブが成長し悪ガキをまとめるようになると、次第に荒らされなくなった。

 ジェイコブは仲間が集める金で好き放題に暮らすようになった。
 女をはべらし、いい車を転がした。
 しかし、「いい店」には入れなかった。
 黒人は黒人の店か、安くて誰でも入れる店しか利用できなかった。
 自分を「ジェイ」と名乗るようになった。

 「俺にはジェイコブという名前がある。でも、世の中では俺のほんの一部しか認められない。いいだろう。俺は「J」だ。それでいい」

 ある時、カール・ブラシアのことを知る。
 アメリカ海軍史上初の、黒人の「マスターダイバー」となった男だ。
 牧師の黒人から教わった。

 感動した。

 いつか自分もみんなに認めてもらいたかった。

 働こうと思った。
 しかし、自分は喧嘩しかできない。
 15歳のジェイは傭兵になった。



 父親と母親が泣いた。


 
 一年の訓練を受け、戦場に出た。
 何度も死に掛けたが、身体が大きく身体能力の高いジェイは、いつしか将来を期待される人間になった。
 それが嬉しかった。

 ある日、二人の傭兵の噂を聞く。

 とんでもない新人がいるらしい。
 ニカラグアでのゲリラ組織を支援し、正規軍を潰す勢いだという。
 当時ニカラグアは、最も厳しい戦場だった。
 ソ連がバックにつき、アメリカは表立って行動できなかった。
 陸続きの中米の国の共産化に、アメリカ政府は脅威を抱いていた。
 しかし、ソ連と正面からの敵対はできない。
 米軍ではない、非正規の戦闘組織が必要だった。
 政府は国内の有名な傭兵組織に依頼した。
 反共産主義のゲリラ組織の支援と軍事教練だ。
 しかし、実際の主な任務はLRP(Long Range Patrol:長距離哨戒部隊)だ。
 十人前後の分隊規模で適地深くまで侵入し、敵兵を平らげていかなければならない。
 非常に危険できつい任務だった。

 実際にはたった5人のチームだと聞いた。
 信じられない人数だ。
 精鋭なのだろうが、そのうちの二人の新人が特に凄まじいらしい。

 「最初は二人で50人を皆殺しだってよ」
 「しかも一人はガンを使わねぇ。アンブッシュでナイフ片手に小隊に突っ込んだって」
 「もう一人は支援の狙撃らしいが、こいつがまた凄腕なんだってなぁ」

 さらに、その二人の噂をよく聞くようになった。

 「一人は「Satan's Kid」だって。魔王の息子かよ、やばいな」
 「もう一人は「Saint」って呼ばれてるらしい。魔王と聖人かよ」
 「二人とも、まだ18歳のガキらしいぞ?」
 
 「こないだガンシップを落したってよ! それもM16でだぜ!」
 「5人で400人をいっぺんにやったって」
 「ベースを一つ落としたってさ! バケモノだぜ、あいつら!」



 「スペツナズが全滅だってさ」



 誰もが戦慄した。




 自分よりも年下だ。
 ジェイは信じられなかった。
 しかし、ソースが部隊長だったことを知り、それが真実であることを理解した。
 正規軍がゲリラ狩りを必死にやっている過酷な戦場だ。
 そこでたった5人で生き延びていること自体が、尋常なことではなかった。

 ジェイはその二人に会いたくなった。
 優秀だと言われる自分が、足元にも及ばない戦歴だった。
 部隊長に、自分も派遣できないかを聞いた。

 「ああ、魔王の息子とセイントか。無理だな」
 「どうしてですか?」
 「あそこはチャップの部隊が仕切っている。しかもチャップ自身が率いるチームだ。俺たちの出番はない」
 伝説の傭兵隊長の名が出た。
 部隊長が神のごとく尊敬する人物だった。
 それで詳しい状況が伝わって来たのだろう。
 しばらくして、二人の噂を聞かなくなった。
 引退したらしいと聞いた。
 ジェイは、傭兵稼業に興味を失いつつあった。


 
 ジェイはその後、自身をもっと高めるために、正規軍に志願し、やがて海兵隊の一員となった。
 特に近接戦闘での格闘術では、次第に精鋭となっていった。



 グアムでの休暇。
 突然現れた「Tiger」と呼ばれる大柄の日本人。
 仲間のマリーンたちが、面白い奴だと言って連れて来た。
 そいつはマリーンの仲間を圧倒する強さを見せた。
 ジェイが呼ばれた。
 鉄のターナー大佐の命令だった。

 タイガーは、「掴む奴は三流」と言った。
 意味がわからない。
 ジェイの前にタイガーの腕が一本、自分の胸の前に出された。
 次の瞬間、ジェイは地面に転がされていた。
 何が起きたか分からない。

 「掴めば相手は構える。だから掴まずに倒せ」

 そんなことを言っていた。
 分からないが、確かにタイガーは無敵だった。
 その強さと舞うように美しい戦い方に惚れ込んだ。

 銃器の腕が披露された。
 様々なガンで、すべて的に命中させるばかりか、センターに集弾していた。
 信じられない腕前だ。
 ターナー大佐が感動していた。
 そんな大佐は初めて見た。
 
 その後の飲み会でタイガーと話した。
 汚い英語だったが、教養があることを感じた。
 そして楽しい奴だった。
 一時、自分と同様に傭兵をしていたことがあるらしい。
 ますます親近感を抱いた。

 猿のような小男を自分の恋人だと言っていた。
 変わった奴だと思った。
 あれだけの顔の良さなら、さぞかし女にモテるだろうに。

 忘れられない男だった。




 十数年後。
 ジェイは中尉になっていた。
 ヨコスカの海軍基地で海軍との共同作戦の打ち合わせがあった。
 少将となったターナーに連れられ、ベースでの打ち合わせに同席した。

 「海軍の飯はまずい。外で喰おう」
 少将に言われ、美味いと聞いたバーガーショップへ行った。

 タイガーがいた。
 奇跡のように美しい女と一緒だった。

 ジェイは嬉しくなり、呼びかけて久しぶりの挨拶代わりに上段蹴りをぶつけた。
 タイガーは笑って受け止める。
 突然、隣の美しい女に襲われた。
 目玉を抉られる寸前、タイガーが止めてくれた。

 《Tiger Lady》

 そんな言葉が浮かんで口から出た。
 タイガーが何事か女に話し、女が大層喜んだ。

 タイガーの口から、信じがたい話を聞いた。
 ターナー少将から、裏をとるよう命じられた。

 タイガーの言った通りの状況を掴んだ。
 得体の知れない拳法《Hanaoka》。
 その後、タイガーに呼ばれ、シンジュクのパークで、化け物同士の戦闘を見た。
 奴らは銃弾を無効化し、タイガーとその仲間はウィアードな能力で敵を「消滅」させた。
 事前にタイガーから言われ、超高速カメラを使った。
 そうでなければ、多くの戦闘が掻き消えていただろう。
 もはや、人間の闘いではなかった。
 ターナー少将と共にビデオを見て、ジェイは戦慄した。

 少将はタイガーに多大な友情と尊敬を抱いていた。
 ジェイも同じだったが、少将には「立場」がある。

 タイガーのことは伏せ、その敵「カルマ」の脅威を進言することとなった。
 タイガーを知られないように編集された「資料」が上層部、そしてペンタゴンと米国家安全保障局「NSA」に渡った。





 特殊兵装研究部隊「ヴァーミリオン」が設立された。
 人間を超えた敵に対抗するため、様々な戦略と共に、人道的措置を一切外された強化兵士の研究が始まった。
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