477 / 2,840
井上さん Ⅲ
しおりを挟む
井上さんは飲み過ぎたと言い、部屋へ行かれた。
俺が部屋まで送っていく。
今日は楽しかった、と言って下さった。
リヴィングに戻ると、亜紀ちゃんがロックで飲んでいた。
「こら! 水割りにしろと言っただろう!」
「エヘヘヘ」
「笑って誤魔化すな」
「今日は飲みたい気分です」
俺は苦笑しながら、その一杯で終わりだと言った。
亜紀ちゃんは、自分で焼いたハムを頬張る。
俺はグラスに水を汲み、チェイサーを飲みながらにしろ言った。
「ねえ、タカさん」
「あんだよ」
「なんで「レイ」の話をしてくれなかったんですか?」
「あ? ああ」
「だって、いいお話じゃないですか。まあ今まで伺ったお話もみんなそうですけど。でも今まで聞いた中でも、確実にトップスリーですよ!」」
俺は笑って、自分のグラスにワイルドターキーを注いだ。
丸い氷の表面を酒が伝い、下の液体と混ざって美しい滲みの拡がりを見せる。
「井上さんの言葉を聞いて気付かなかったか?」
「へ?」
「井上さんは、あんなに俺に謝ってたじゃないか」
「ええ、確かに」
「カッコ良過ぎるんだよ。出来過ぎだ。命をかけて仲間を守るなんてな。レイとの友情だって、偶然だ。あんなの、ドラマでも作れば、見ている方が恥ずかしいよ」
「なるほど」
俺はグラスを傾け、じっくりとワイルドターキーを味わう。
舌の上で芳醇な香りが立つ。
「お前たちに、どういう場合に「花岡」を使っていいと言っている?」
「それは、命の危険がある場合と、大事な人間を守る場合です!」
「そうだよな。言い換えれば、俺はお前たちに死ぬんじゃないと言っているんだ」
「あ!」
「俺は死んでもいいと思った。大事な仲間を逃がすためにな。だって俺は特攻隊長だ。だから最初に突っ込んで暴れて、その間に仲間を安全な場所へ逃がすのが役目だよ。それを思っただけよな」
「はい」
「危ない時はやりません、じゃ俺は特攻隊長じゃない。あの井上さんが先輩方を差し置いて、俺を任命してくれたんだ。その期待に応えるのが俺だよ」
「はい」
「レイがいい奴だったのは、偶然だ。もしかしたら俺は殺されてたかもしれない」
「そうですよね」
「死ぬかもしれなかった俺を生かしてくれたのは、今度は「レイ」だよ。だから感謝し、友情を感じただけだ」
「はい」
亜紀ちゃんが、グラスを煽る。
俺が頭を叩いてチェイサーを飲ませた。
「でも、タカさんはレイに話しかけたんですよね」
「ああ」
「それは生きたいからだったんですか?」
「いや、まあ。あいつが可哀そうに思えたんだよ」
「どういうことです?」
「あんな狭い檻に入れられて。人間に訳も分からず鞭で叩かれて。そりゃ、怒って当たり前よな」
「……」
「それを、胸を裂かれて気付いた。レイの怒りは正当だ。だから誰かが受け止めなきゃって思っただけだよ」
亜紀ちゃんが、突然泣き出した。
「おい! どうして泣くんだ」
「だって……タカさんは傷だらけ過ぎですよー!」
「バカ!」
「こないだだって、奈津江さんの絵を見た途端に、あんなにワンワン泣いちゃって」
「やめろって!」
「なんであんなに泣くんですか! 私、ほんとにあれで傷が全部開いて血が噴き出すんじゃないかって心配でしょうがなかったんです! あんなに泣いて、普段の強いタカさんじゃなくなっちゃったぁー!」
俺は亜紀ちゃんを抱き締めた。
亜紀ちゃんは、確かにそんなことを言っていた。
「悪かったな。自分でも驚いてるんだ。俺はまだまだよな」
「そんなこと!」
しばらく抱いていると、徐々に落ち着いてきた。
「本当はさ、お前たちにいつでも死ねと言うのが正しいとは思うんだ」
「はい」
「でもさ、亜紀ちゃんがいつも言うじゃないか」
「なにを?」
「「私がタカさんを守りますね」ってさ。皇紀も双子も言う。俺はそれを聞くたびに、こんなにいい奴らを死なせるものかって思うんだよ」
「タカさーん!」
また亜紀ちゃんが泣き出す。
ロボが出てきた。
井上さんがいる間は、部屋にこもっていた。
普段は絶対に乗らないテーブルに飛び乗り、亜紀ちゃんの顔を舐めた。
「ロボ~!」
「亜紀ちゃん、やり過ぎるなよな」
「……」
「俺は勝手にやったことで、井上さんをあんなに苦しめてしまった。今の、お前たちと一緒になって楽しい暮らしを見ていただいて良かったよ。少しは心が軽くなってもらいたいもんな」
「だから家に呼んだんですね?」
「ああ。自慢するためじゃないよ。ちゃんとやってますからってな」
「わざわざ車を見せたのも」
「まあな」
「タカさーん!」
「うるせぇな」
「優しすぎですぅー!」
「ぶん殴るぞ」
「いーですよ!」
俺はヘッドロックをかけた。
「イタイイタイイタイ!」
亜紀ちゃんがようやく笑った。
「さあ、寝るぞ」
「一緒に寝てください」
「ダメだ。ロボと寝る」
「いいじゃないですか!」
「こないださ」
「はい」
「ロボに言ったんだ」
「何をです?」
「俺が女と寝る時は、外してくれって。恥ずかしいからってな」
「イヤラシー大王ですね!」
二人で笑った。
「ロボに誤解されるじゃないか。「あの子はそういう女なんだな」って」
「アハハハハ!」
「「もう覚えましたよ」って目で見られたくねぇだろう」
「え、別にいいですけど」
亜紀ちゃんの頭をはたいた。
俺はちゃんとロボと寝て、亜紀ちゃんは自分の部屋で寝た。
「おい、あの子は「娘」だからな。誤解すんなよな」
ロボが口を大きく開いた。
「でも、ちょっとやばかったけどな」
ロボが足で俺の腹を蹴った。
俺は笑って頭を撫でてやった。
俺が部屋まで送っていく。
今日は楽しかった、と言って下さった。
リヴィングに戻ると、亜紀ちゃんがロックで飲んでいた。
「こら! 水割りにしろと言っただろう!」
「エヘヘヘ」
「笑って誤魔化すな」
「今日は飲みたい気分です」
俺は苦笑しながら、その一杯で終わりだと言った。
亜紀ちゃんは、自分で焼いたハムを頬張る。
俺はグラスに水を汲み、チェイサーを飲みながらにしろ言った。
「ねえ、タカさん」
「あんだよ」
「なんで「レイ」の話をしてくれなかったんですか?」
「あ? ああ」
「だって、いいお話じゃないですか。まあ今まで伺ったお話もみんなそうですけど。でも今まで聞いた中でも、確実にトップスリーですよ!」」
俺は笑って、自分のグラスにワイルドターキーを注いだ。
丸い氷の表面を酒が伝い、下の液体と混ざって美しい滲みの拡がりを見せる。
「井上さんの言葉を聞いて気付かなかったか?」
「へ?」
「井上さんは、あんなに俺に謝ってたじゃないか」
「ええ、確かに」
「カッコ良過ぎるんだよ。出来過ぎだ。命をかけて仲間を守るなんてな。レイとの友情だって、偶然だ。あんなの、ドラマでも作れば、見ている方が恥ずかしいよ」
「なるほど」
俺はグラスを傾け、じっくりとワイルドターキーを味わう。
舌の上で芳醇な香りが立つ。
「お前たちに、どういう場合に「花岡」を使っていいと言っている?」
「それは、命の危険がある場合と、大事な人間を守る場合です!」
「そうだよな。言い換えれば、俺はお前たちに死ぬんじゃないと言っているんだ」
「あ!」
「俺は死んでもいいと思った。大事な仲間を逃がすためにな。だって俺は特攻隊長だ。だから最初に突っ込んで暴れて、その間に仲間を安全な場所へ逃がすのが役目だよ。それを思っただけよな」
「はい」
「危ない時はやりません、じゃ俺は特攻隊長じゃない。あの井上さんが先輩方を差し置いて、俺を任命してくれたんだ。その期待に応えるのが俺だよ」
「はい」
「レイがいい奴だったのは、偶然だ。もしかしたら俺は殺されてたかもしれない」
「そうですよね」
「死ぬかもしれなかった俺を生かしてくれたのは、今度は「レイ」だよ。だから感謝し、友情を感じただけだ」
「はい」
亜紀ちゃんが、グラスを煽る。
俺が頭を叩いてチェイサーを飲ませた。
「でも、タカさんはレイに話しかけたんですよね」
「ああ」
「それは生きたいからだったんですか?」
「いや、まあ。あいつが可哀そうに思えたんだよ」
「どういうことです?」
「あんな狭い檻に入れられて。人間に訳も分からず鞭で叩かれて。そりゃ、怒って当たり前よな」
「……」
「それを、胸を裂かれて気付いた。レイの怒りは正当だ。だから誰かが受け止めなきゃって思っただけだよ」
亜紀ちゃんが、突然泣き出した。
「おい! どうして泣くんだ」
「だって……タカさんは傷だらけ過ぎですよー!」
「バカ!」
「こないだだって、奈津江さんの絵を見た途端に、あんなにワンワン泣いちゃって」
「やめろって!」
「なんであんなに泣くんですか! 私、ほんとにあれで傷が全部開いて血が噴き出すんじゃないかって心配でしょうがなかったんです! あんなに泣いて、普段の強いタカさんじゃなくなっちゃったぁー!」
俺は亜紀ちゃんを抱き締めた。
亜紀ちゃんは、確かにそんなことを言っていた。
「悪かったな。自分でも驚いてるんだ。俺はまだまだよな」
「そんなこと!」
しばらく抱いていると、徐々に落ち着いてきた。
「本当はさ、お前たちにいつでも死ねと言うのが正しいとは思うんだ」
「はい」
「でもさ、亜紀ちゃんがいつも言うじゃないか」
「なにを?」
「「私がタカさんを守りますね」ってさ。皇紀も双子も言う。俺はそれを聞くたびに、こんなにいい奴らを死なせるものかって思うんだよ」
「タカさーん!」
また亜紀ちゃんが泣き出す。
ロボが出てきた。
井上さんがいる間は、部屋にこもっていた。
普段は絶対に乗らないテーブルに飛び乗り、亜紀ちゃんの顔を舐めた。
「ロボ~!」
「亜紀ちゃん、やり過ぎるなよな」
「……」
「俺は勝手にやったことで、井上さんをあんなに苦しめてしまった。今の、お前たちと一緒になって楽しい暮らしを見ていただいて良かったよ。少しは心が軽くなってもらいたいもんな」
「だから家に呼んだんですね?」
「ああ。自慢するためじゃないよ。ちゃんとやってますからってな」
「わざわざ車を見せたのも」
「まあな」
「タカさーん!」
「うるせぇな」
「優しすぎですぅー!」
「ぶん殴るぞ」
「いーですよ!」
俺はヘッドロックをかけた。
「イタイイタイイタイ!」
亜紀ちゃんがようやく笑った。
「さあ、寝るぞ」
「一緒に寝てください」
「ダメだ。ロボと寝る」
「いいじゃないですか!」
「こないださ」
「はい」
「ロボに言ったんだ」
「何をです?」
「俺が女と寝る時は、外してくれって。恥ずかしいからってな」
「イヤラシー大王ですね!」
二人で笑った。
「ロボに誤解されるじゃないか。「あの子はそういう女なんだな」って」
「アハハハハ!」
「「もう覚えましたよ」って目で見られたくねぇだろう」
「え、別にいいですけど」
亜紀ちゃんの頭をはたいた。
俺はちゃんとロボと寝て、亜紀ちゃんは自分の部屋で寝た。
「おい、あの子は「娘」だからな。誤解すんなよな」
ロボが口を大きく開いた。
「でも、ちょっとやばかったけどな」
ロボが足で俺の腹を蹴った。
俺は笑って頭を撫でてやった。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる