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あの日、あの時: レイ
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俺が高校二年生の夏休みだった。
俺たちの町に、サーカスが来た。
俺や族の連中は大興奮で待っていた。
あまり楽しみの無い田舎だった。
サーカスがやって来た時には、仲間の中に興行に親が関わった奴がいて、族の幹部の連中が特別に設営現場に入らせてもらった。
見たこともないものがたくさんあった。
一角で、猛獣使いが練習をしていた。
長い鞭でライオンや虎を動かしている。
俺たちは珍しくて近くで眺めていた。
猛獣使いの鞭が、誤って虎の顔を打った。
虎は興奮し、猛獣使いを襲った。
咄嗟に自分で檻に入ると、虎は檻にそのままぶつかる。
物凄い音がした。
虎が俺たちを見つけた。
走って来る。
「おい、トラ!」
俺はみんなの前に立った。
特攻隊長だからだ。
「俺がぶっ込みます! みなさん逃げてください!」
「お前! バカ言うな!」
井上さんが叫ぶ。
虎の巨体が目の前でジャンプした。
俺は腹に蹴りを入れたが、勢いは衰えない。
そのままのしかかられ、鋭い爪で胸を抉られた。
身をよじって、深くは抉られずに済んだ。
みんなは逃げ出してくれた。
大声で人を呼ぶ。
俺と虎は立って対峙した。
「おい、落ち着け! お前、これ以上はやばいぞ」
俺はしゃがんで、虎に向かって両腕を拡げた。
「頭来たんなら、もうちょっと齧ってもいいからさ。落ち着けよ」
虎が俺を見ている。
呼吸が大分落ち着いてきている。
「ほら、来いよ」
虎が俺にゆっくりと近づいて来た。
俺の顔を舐めた。
「よかった。落ち着いてくれたかぁー!」
サーカスの人が集まって来た。
猛獣使いも檻から出てくる。
「おい、君! 大丈夫か!」
誰かが駆け寄り、猛獣使いが虎を檻に入れた。
虎は大人しく従った。
「血が出てるぞ!」
「あー、さっき転んじゃって! 全然平気っす!」
俺は井上さんたちの所へ走って行き、そのままみんなで逃げた。
胸の傷は、自分で縫った。
そういうことが出来るようになっていた。
針と糸があれば、大丈夫だ。
それほど酷い傷でもなかった。
俺たちに、招待チケットが届いた。
興行に関わった奴を通じて、俺たちのことが分かってしまったようだ。
お詫びもしたいので、是非来て欲しいと手紙にあった。
俺たちはウキウキでサーカスのショーを見に行った。
「トラのお陰だよな!」
井上さんも嬉しそうだった。
《幾時代がありまして 茶色い戦争がありました》
「またトラさんがヘンなこと言ってますよ」
「トラ、お前何言ってんの?」
「中原中也の『サーカス』です」
《ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん》
「みんな、トラのことは気にするな。頭がいいんだからよ」
「オス!」
俺たちはショーを楽しんだ。
前列のいい席で、目の前でショーが繰り広げられた。
猛獣使いのショーが始まった。
メインイベントだ。
「そこの大きいオトモダチ!」
俺が呼ばれた。
「トラー! お前食い殺されろ!」
「テメェー! 死んで来い!」
「トラを喰うんじゃねぇぞ!」
ワルだった俺は、知ってる連中から酷いヤジを飛ばされた。
俺のファンクラブの女の子たちからの声援もあった。
会場が笑い、盛り上がる。
俺は手を振って、ステージに立った。
俺を功労者として、特別に扱ってくれたのだろう。
「それでは、おっきなオトモダチには、そこに立ってていただきますね!」
猛獣使いが、俺に立ち位置を示した。
飛び越えさせるらしい。
鞭が鳴り、ライオンが三頭俺の頭上を跳んでいく。
虎の番だ。
俺はニッコリと手を振った。
鞭の合図で虎が走って来る。
虎は飛ばずに俺にのしかかり、顔を舐め回す。
「レイ!」
猛獣使いが飛んでくる。
「お前、レイっていうのかぁ! 綺麗な名前だな!」
レイは俺に顔を摺り寄せてきた。
俺はステージを降ろされ、何とかショーは続いた。
演目が終わり、俺たちは団長に呼ばれた。
部屋に入ると、何人かの人間と猛獣使いもいた。
「君、こないだは本当に申し訳ない」
俺が怪我をしたのは分かっていたが、俺が逃げ出したので問題を隠し、ショーを開いたらしい。
大人の事情だ。
どうでもよかった。
金の入った封筒を渡されたが、俺は固辞した。
「何もありませんでしたよ? それより、今日はショーを邪魔しちゃったようで、すいませんでした」
「あれはこっちこそ! また怪我されたらと驚いたよ!」
猛獣使いが言った。
「レイは気難しいんだ。機嫌をそこねると僕まで危ない。あんなに誰かに懐いたのは初めてだよ」
俺はちょっと嬉しかった。
レイに会いたいというと、特別に檻に連れて行ってくれた。
「レイ! さっきは楽しかったな!」
レイが寄って来た。
距離を離されていたので、触ることは出来なかった。
「お前! 綺麗な動きだったよ! 感動した!」
レイが小さく鳴いた。
「じゃあ、これからも頑張れよ!」
俺たちは楽しく帰った。
その晩、井上さんから電話が来た。
「トラ、レイが逃げ出したらしい」
「なんですって!」
エサをやり、そのまま鍵を閉め忘れたようだ。
レイはサーカスのテントを抜け出して、行方が知れないらしい。
「お前に大分懐いていたからな。もしものことがあると不味いんで、知らせておいてくれと言われた」
「分かりました。ありがとうございます」
俺は急いで外へ出た。
レイを探し回っていると、警察が猛獣が逃げ出したので、外出を控えるようにとアナウンスしていた。
俺は道路ではまずいと思い、山に入った。
勘と、あとは俺が山が好きだったというだけだ。
取り敢えず山頂を目指した。
レイの名前を呼んだ。
突然、近づいて来る足音がする。
真っ暗だったが、その重そうな足音ですぐに分かった。
「レイ!」
レイが俺に掛け寄り、身体を摺り寄せてきた。
「お前ぇー! 探したぞ」
俺の顔を舐める。
俺たちは山頂へ上った。
「お前も、あんな檻じゃ嫌だよなぁ。ちょっとのんびりしてから帰るか!」
レイが小さく吼えた。
「あ、俺高虎って言うんだ。俺もトラな!」
俺は一方的にいろいろな話をした。
中原中也の『サーカス』も暗唱してやる。
「いいよなぁ、中也。どうよ、お前」
レイの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じる。
明け方まで話した。
「じゃー、そろそろ帰るか! 大丈夫だ、一緒に怒られてやるよ。任せろ!」
俺はレイを連れて山を下りた。
道路を一緒に歩いていると、すぐに警察が来た。
俺は大丈夫だと言い、レイに跨って見せる。
レイがそのまま歩き出すので、しばらく乗せてもらった。
警察署の留置場に入った。
俺も一緒に入る。
知り合いの刑事の佐野さんが許可してくれた。
そういう時代だった。
「トラは喰われても問題ねぇからな。いや、喰われろ。平和になる」
「ありがとうございます!」
「レイ、ここは俺も慣れてるから大丈夫だぞ」
俺は頼んでレイと俺に水をもらった。
しばらくして、刑事が俺に親子丼と、レイに鶏肉を持って来てくれた。
一緒にガツガツと食べた。
しばらくして、サーカスの人間が迎えに来た。
猛獣使いもいる。
檻のトラックが警察署の前に止まっていた。
外に出て、俺は土下座してたのんだ。
「レイを叱らないで下さい!」
みんな呆然とした。
刑事の佐野さんが大笑いし、俺の尻を蹴った。
「うるせぇ! とっとと虎を檻に入れろ!」
俺は笑ってレイを檻に導いた。
今ならば大事件だが、当時はそんなに騒がれなかった。
信じられないことに、サーカスはショーを続けた。
猛獣ショーだけはなくなった。
俺は毎日、レイに会いに行った。
特別に出入りを自由にしてもらえ、レイの檻にも近づけた。
流石に中には入れてもらえなかった。
1時間ほど、毎日話した。
レイは黙って聴いていた。
巡業の予定が終わり、テントが仕舞われる。
レイを乗せたトラックに向かった。
俺は全裸になり、叫んだ。
「レイ! 俺たちは一生親友だからなぁー!」
レイが雄々しく吼えた。
そのままトラックを追いかけ、俺は留置場へ入れられた。
わいせつ物陳列罪。
まー、いつものことだ。
俺たちの町に、サーカスが来た。
俺や族の連中は大興奮で待っていた。
あまり楽しみの無い田舎だった。
サーカスがやって来た時には、仲間の中に興行に親が関わった奴がいて、族の幹部の連中が特別に設営現場に入らせてもらった。
見たこともないものがたくさんあった。
一角で、猛獣使いが練習をしていた。
長い鞭でライオンや虎を動かしている。
俺たちは珍しくて近くで眺めていた。
猛獣使いの鞭が、誤って虎の顔を打った。
虎は興奮し、猛獣使いを襲った。
咄嗟に自分で檻に入ると、虎は檻にそのままぶつかる。
物凄い音がした。
虎が俺たちを見つけた。
走って来る。
「おい、トラ!」
俺はみんなの前に立った。
特攻隊長だからだ。
「俺がぶっ込みます! みなさん逃げてください!」
「お前! バカ言うな!」
井上さんが叫ぶ。
虎の巨体が目の前でジャンプした。
俺は腹に蹴りを入れたが、勢いは衰えない。
そのままのしかかられ、鋭い爪で胸を抉られた。
身をよじって、深くは抉られずに済んだ。
みんなは逃げ出してくれた。
大声で人を呼ぶ。
俺と虎は立って対峙した。
「おい、落ち着け! お前、これ以上はやばいぞ」
俺はしゃがんで、虎に向かって両腕を拡げた。
「頭来たんなら、もうちょっと齧ってもいいからさ。落ち着けよ」
虎が俺を見ている。
呼吸が大分落ち着いてきている。
「ほら、来いよ」
虎が俺にゆっくりと近づいて来た。
俺の顔を舐めた。
「よかった。落ち着いてくれたかぁー!」
サーカスの人が集まって来た。
猛獣使いも檻から出てくる。
「おい、君! 大丈夫か!」
誰かが駆け寄り、猛獣使いが虎を檻に入れた。
虎は大人しく従った。
「血が出てるぞ!」
「あー、さっき転んじゃって! 全然平気っす!」
俺は井上さんたちの所へ走って行き、そのままみんなで逃げた。
胸の傷は、自分で縫った。
そういうことが出来るようになっていた。
針と糸があれば、大丈夫だ。
それほど酷い傷でもなかった。
俺たちに、招待チケットが届いた。
興行に関わった奴を通じて、俺たちのことが分かってしまったようだ。
お詫びもしたいので、是非来て欲しいと手紙にあった。
俺たちはウキウキでサーカスのショーを見に行った。
「トラのお陰だよな!」
井上さんも嬉しそうだった。
《幾時代がありまして 茶色い戦争がありました》
「またトラさんがヘンなこと言ってますよ」
「トラ、お前何言ってんの?」
「中原中也の『サーカス』です」
《ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん》
「みんな、トラのことは気にするな。頭がいいんだからよ」
「オス!」
俺たちはショーを楽しんだ。
前列のいい席で、目の前でショーが繰り広げられた。
猛獣使いのショーが始まった。
メインイベントだ。
「そこの大きいオトモダチ!」
俺が呼ばれた。
「トラー! お前食い殺されろ!」
「テメェー! 死んで来い!」
「トラを喰うんじゃねぇぞ!」
ワルだった俺は、知ってる連中から酷いヤジを飛ばされた。
俺のファンクラブの女の子たちからの声援もあった。
会場が笑い、盛り上がる。
俺は手を振って、ステージに立った。
俺を功労者として、特別に扱ってくれたのだろう。
「それでは、おっきなオトモダチには、そこに立ってていただきますね!」
猛獣使いが、俺に立ち位置を示した。
飛び越えさせるらしい。
鞭が鳴り、ライオンが三頭俺の頭上を跳んでいく。
虎の番だ。
俺はニッコリと手を振った。
鞭の合図で虎が走って来る。
虎は飛ばずに俺にのしかかり、顔を舐め回す。
「レイ!」
猛獣使いが飛んでくる。
「お前、レイっていうのかぁ! 綺麗な名前だな!」
レイは俺に顔を摺り寄せてきた。
俺はステージを降ろされ、何とかショーは続いた。
演目が終わり、俺たちは団長に呼ばれた。
部屋に入ると、何人かの人間と猛獣使いもいた。
「君、こないだは本当に申し訳ない」
俺が怪我をしたのは分かっていたが、俺が逃げ出したので問題を隠し、ショーを開いたらしい。
大人の事情だ。
どうでもよかった。
金の入った封筒を渡されたが、俺は固辞した。
「何もありませんでしたよ? それより、今日はショーを邪魔しちゃったようで、すいませんでした」
「あれはこっちこそ! また怪我されたらと驚いたよ!」
猛獣使いが言った。
「レイは気難しいんだ。機嫌をそこねると僕まで危ない。あんなに誰かに懐いたのは初めてだよ」
俺はちょっと嬉しかった。
レイに会いたいというと、特別に檻に連れて行ってくれた。
「レイ! さっきは楽しかったな!」
レイが寄って来た。
距離を離されていたので、触ることは出来なかった。
「お前! 綺麗な動きだったよ! 感動した!」
レイが小さく鳴いた。
「じゃあ、これからも頑張れよ!」
俺たちは楽しく帰った。
その晩、井上さんから電話が来た。
「トラ、レイが逃げ出したらしい」
「なんですって!」
エサをやり、そのまま鍵を閉め忘れたようだ。
レイはサーカスのテントを抜け出して、行方が知れないらしい。
「お前に大分懐いていたからな。もしものことがあると不味いんで、知らせておいてくれと言われた」
「分かりました。ありがとうございます」
俺は急いで外へ出た。
レイを探し回っていると、警察が猛獣が逃げ出したので、外出を控えるようにとアナウンスしていた。
俺は道路ではまずいと思い、山に入った。
勘と、あとは俺が山が好きだったというだけだ。
取り敢えず山頂を目指した。
レイの名前を呼んだ。
突然、近づいて来る足音がする。
真っ暗だったが、その重そうな足音ですぐに分かった。
「レイ!」
レイが俺に掛け寄り、身体を摺り寄せてきた。
「お前ぇー! 探したぞ」
俺の顔を舐める。
俺たちは山頂へ上った。
「お前も、あんな檻じゃ嫌だよなぁ。ちょっとのんびりしてから帰るか!」
レイが小さく吼えた。
「あ、俺高虎って言うんだ。俺もトラな!」
俺は一方的にいろいろな話をした。
中原中也の『サーカス』も暗唱してやる。
「いいよなぁ、中也。どうよ、お前」
レイの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じる。
明け方まで話した。
「じゃー、そろそろ帰るか! 大丈夫だ、一緒に怒られてやるよ。任せろ!」
俺はレイを連れて山を下りた。
道路を一緒に歩いていると、すぐに警察が来た。
俺は大丈夫だと言い、レイに跨って見せる。
レイがそのまま歩き出すので、しばらく乗せてもらった。
警察署の留置場に入った。
俺も一緒に入る。
知り合いの刑事の佐野さんが許可してくれた。
そういう時代だった。
「トラは喰われても問題ねぇからな。いや、喰われろ。平和になる」
「ありがとうございます!」
「レイ、ここは俺も慣れてるから大丈夫だぞ」
俺は頼んでレイと俺に水をもらった。
しばらくして、刑事が俺に親子丼と、レイに鶏肉を持って来てくれた。
一緒にガツガツと食べた。
しばらくして、サーカスの人間が迎えに来た。
猛獣使いもいる。
檻のトラックが警察署の前に止まっていた。
外に出て、俺は土下座してたのんだ。
「レイを叱らないで下さい!」
みんな呆然とした。
刑事の佐野さんが大笑いし、俺の尻を蹴った。
「うるせぇ! とっとと虎を檻に入れろ!」
俺は笑ってレイを檻に導いた。
今ならば大事件だが、当時はそんなに騒がれなかった。
信じられないことに、サーカスはショーを続けた。
猛獣ショーだけはなくなった。
俺は毎日、レイに会いに行った。
特別に出入りを自由にしてもらえ、レイの檻にも近づけた。
流石に中には入れてもらえなかった。
1時間ほど、毎日話した。
レイは黙って聴いていた。
巡業の予定が終わり、テントが仕舞われる。
レイを乗せたトラックに向かった。
俺は全裸になり、叫んだ。
「レイ! 俺たちは一生親友だからなぁー!」
レイが雄々しく吼えた。
そのままトラックを追いかけ、俺は留置場へ入れられた。
わいせつ物陳列罪。
まー、いつものことだ。
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