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井上さん

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 火曜日。
 交換から内線が鳴った。

 「武市様という方から石神先生にお電話が…」
 「ああ、俺の後輩なんだ。繋いでください」
 「はい」
 暴走族時代の後輩だった。
 今は洋品店の店長で、俺と六花の「六根清浄」の刺繍をしてくれた。

 「おう、久しぶりだな! ライダースーツは大事に着てるぞ」
 「ありがとうございます!」
 「どうしたんだ?」
 「お仕事中にすみません。ちょっと井上さんのことで」
 「井上さん?」
 「はい。こないだちょっとお会いして、トラさんの話になったんです」
 「おお、そうか」

 「それで、井上さんが是非トラさんに会いたいって」
 「そうだったのか。いいなぁ、俺も会いたいよ」
 「ほんとですか! 連絡先、お教えしていいですか?」
 「ああ。あ、待て。俺の方から電話するよ。教えてくれ」
 俺は電話番号をメモした。

 「良かったっす! じゃあ、また何かご入用の時には!」
 「ああ、またよろしく頼むよ」
 電話を切った。
 暴走族「ルート20」の総長だった、あの井上さんだ。
 懐かしく思い出した。




 仕事が一段落し、井上さんに電話した。

 「おい! トラかぁ! 懐かしいなぁ」
 「ほんとに! お元気ですか?」
 俺たちは懐かしく話した。

 「トラに会いたくなってなぁ。そのうち会えないか?」
 「いいですね! 土日なら時間は取れると思うんですが、良かったらうちへ来ませんか?」
 「いいのか!」
 「もちろんですよ。井上さんとゆっくり話したい」
 急なことだったが、今度の金曜日に来てくれることになった。
 土日と思ったが、日曜は毎週現場があるらしい。
 土建屋なのでそういうこともあるのだろう。

 子どもたちに、金曜の夜に井上さんが来ることを話した。

 「ルート20の総長ですか!」
 ハーが喜ぶ。
 他の子どもたちも楽しみだと言ってくれた。





 金曜日の夜。
 俺は早めに上がり、井上さんを迎える準備をした。
 ステーキ「大会」だ。
 大量の肉を梅田精肉店にお願いした。
 いつもありがとう。

 肉のカットと他の料理を子どもたちに任せ、俺は地下鉄の駅まで迎えに出た。
 井上さんが改札を出てくる。

 「井上さん!」
 「トラ!」
 井上さんはラフな背広の上下を着て来た。
 大分太った。
 頭も薄くなっている。
 短髪でそれほど目立たないが。
 でも、あの井上さんだった。
 優しく朗らかで、俺を可愛がってくれた方だ。
 俺たちは懐かしく話しながら家に向かった。

 「お前、一段とカッコよくなったな!」
 「井上さんは貫禄が」
 「このやろー!」
 笑いながら歩いた。

 門の前で驚かれる。

 「これ、トラの家か?」
 「そうですよ、さあ入って下さい」
 玄関で子どもたちが待て挨拶する。

 「「「「ようこそ! ルート20総長井上様!」」」」
 俺が仕込んだ。
 井上さんは大笑いし、よろしくお願いしますと言った。
 玄関に入る前に、車庫を案内した。
 また驚かれる。

 「おまえー! いい暮らししてんなぁ!」
 「アハハハ!」
 楽しくてしょうがなかった。





 すぐにリヴィングに案内し、テーブルに座ってもらう。

 「もうすぐ夕飯ができますからね! じゃんじゃん食べて下さい」
 「お、おう」
 肉の量を見て戸惑っている。
 今日も20キロ頼んだ。
 井上さんのために、最上の肉が別途ある。
 「大会」なので、肉がメインで、他はそれほどない。
 付け合わせのポテトだけは多い。
 後は野菜スープだ。
 「男」の飯だから、こんな感じでいい。

 俺が井上さんに、焼き加減を聞いた。
 「普通でいいよ」

 ミディアムで500gを焼く。
 グレーヴィーソースをかけた。

 「お前ら! 今日は俺の大変お世話になった方だ! この方ご自身も強いが、万が一不快な思いをさせたら俺が手足へし折るからな!」
 「「「「はい!」」」」
 「では、いただきます!」
 「「「「いただきます!」」」」
 「なんかスゴイな」
 「アハハハ!」

 肉は自由に焼かせる。
 次々に喰い、俺に皿を見せてから焼きに行く。
 残したらダメなのだ。
 俺は井上さんにも説明した。

 「親友の子どもたちなんですよ」
 「そうなんだってな」
 「まあ、毎日こんな感じで騒がしくて」
 「いやぁ」
 「でも楽しいんですよ」
 「そのようだな。安心したよ」
 井上さんは笑いながら言ってくれた。

 「おい、このステーキ、美味いな!」
 「良かったです! 井上さんに食べて欲しくて、いい肉を仕入れたんです」
 本当に「仕入れ」だ。

 「お替りもありますからね!」
 「おい、そんなに喰えないよ」
 俺はキッチンを指さした。
 井上さんは大笑いした。

 20キロが消え、亜紀ちゃんがみんなにコーヒーを淹れる。

 「井上さん、紅茶とかお茶とか飲みますか? コブ茶もありますよ」
 「いや、コーヒーでいいよ」
 少し話をし、風呂に入っていただく。
 『BUCK-TICK』のライブを流した。
 井上さんがお好きだったので、購入しておいた。

 「おい! あれはなんだよ、トラ!」
 喜んで上がって来てくれた。

 俺たちも手早く風呂に入り、またリヴィングのテーブルに座る。
 俺は井上さんに酒を聞き、ビールを一緒に飲んだ。
 子どもたちは、めいめいに好きなものを用意する。

 「こいつらには、「ルート20」時代の話を何度かしてるんです。井上総長の名前もちゃんと知ってますよ」
 「「「「はい!」」」」
 「そうなのかぁ。照れ臭いな」

 「おい、トラ。レイの話はしたか?」
 「ああ! してませんね」
 「じゃあ、俺がみんなのためにしよう」


 井上さんが語り出した。 
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