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奈津江 Ⅷ: 写真
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「私ね、秘密があるの」
奈津江が言った。
俺は格安でポルシェ928を手に入れ、最初に奈津江を乗せてドライブした。
那須高原に行った。
9月初旬の頃だった。
「なんだよ、秘密って?」
奈津江が俺を見る。
「私ね、実は巨乳なの!」
俺は大笑いした。
奈津江のパンチが飛ぶ。
「ちょっと笑いすぎよ!」
「悪い」
俺が素直に謝ると、奈津江が殴った頬を撫でてくれた。
「なによ、ちょっとタカトラみたく冗談を言ったのに」
「面白かったよ」
また奈津江のパンチが飛んだ。
冗談の軽い奴だ。
「数年先には確認できるな」
「やめてよ!」
奈津江は文句を言いながら微笑んでいた。
「タカトラって、全然写真撮ってくれないよね」
「そうか?」
「そうだよ! 私が一緒に撮ろうって言っても、いつも曖昧に誤魔化すじゃない」
「あんまり好きじゃないんだよ」
「どうして?」
「親が離婚したって話したろ?」
「うん」
「昔のアルバムにはさ、親父が写ってる」
「そう」
「それがちょっと辛いんだ」
「分かった」
奈津江が何を分かったのかは知らない。
でも、俺の心を受け止めてくれたのは感じられた。
「この車って、傷だらけよね」
「しょうがないだろう。それで安く買えたんだしな」
「修理しないの?」
「修理費で、この車買った以上とられる」
「あー、私の彼氏はダメ人間だー」
俺は笑った。
「働くようになったら、新車を買うって」
「へー、そうなんだー」
「あ、お前信じてないな!」
「まーがんばりたまえ」
俺が憮然とすると、奈津江は「うそうそ」と言いながら、ポッキーを出して俺にくわえさせた。
俺はニコニコしてポリポリと食べた。
東北自動車道に乗る。
あとは道なりに行けばいい。
俺はポルシェのスピードを上げた。
一時間ほどで、那須高原に着いた。
俺たちは地図を拡げ、滝やつり橋を渡ったりして楽しんだ。
俺たちは昼食を摂りに、有名な牧場へ向かう。
「ジンギスカンがあるぜ」
「じゃあ、それにする?」
メニューを二人でじっくり見る。
「奈津江はちっちゃいからお子様プレートでいいだろ?」
「なんでよ!」
「あんまりお金がないんだ」
「え! うん、じゃあそれでいいよ」
冗談だと言うと、奈津江のパンチが飛んだ。
俺たちはラムと牛肉のミックスセットを頼んだ。
「私、羊のお肉って初めて」
「あ、俺も」
「美味しいね」
「そうだなぁ」
奈津江が焼いた肉を俺に食べろと言った。
「なんだよ、ほんとにお子様プレートで良かったじゃねぇか」
奈津江のパンチが飛んだ。
「ダーリン! おしおきだっちゃ!」
俺は殴られた腕をさすりながら言った。
「なにそれ?」
「『うる星やつら』のラムちゃん」
奈津江が笑った。
カワイイ。
「お子様プレートにはゼリーみたいのついてたぞ?」
「え、私食べたい!」
俺は笑って店員にゼリーだけもらえるか聞いた。
「このお子様が食べたいって言うんで」
奈津江のパンチが飛ぶ。
店員は、あれはお子様プレートにしかついてないのだと言った。
俺はなんとかならないかと聞いたが、断られた。
「すまん! またダメ彼氏で!」
「そーよねー」
しばらく食べていると、店員が小さなゼリーを持って来てくれた。
「彼氏さんがおカワイソウですから」
奈津江が恐縮して受け取った。
「もうかっちゃったな!」
「バカ!」
奈津江が美味しそうに食べた。
店を出て、動物のエサやりをし、ハリネズミを触った。
奈津江がハリネズミを持つと、全身の毛を逆立てた。
「ちょっと痛いよー」
俺が受け取ると、ハリネズミは毛を休め、気持ちよさそうに撫でられる。
大人しくなったので、奈津江に返すと、また毛を逆立てた。
「なんでよー!」
暑かったので、ソフトクリームを買った。
「ここは私が出すよ」
奈津江がバッグから財布を取り出そうとして、小さなカメラが落ちた。
俺が拾って渡す。
奈津江はそっとカメラを受け取った。
「あのね、お兄ちゃんから借りたの。でもいいの、ごめんね」
奈津江が申し訳なさそうにそう言った。
俺は笑って、一緒に撮ろうと言った。
奈津江の顔が輝いた。
「じゃーさ、ソフトクリームはプレミアムにしよ!」
一番高いものを二つ買い、俺たちは放牧の柵の前で撮った。
今のようなデジカメではない。
俺ができるだけ手を伸ばし、シャッターを押した。
「あー! 撮る時は言ってよ!」
「悪い」
目をつぶってしまったらしい。
俺は謝ってもう一枚を撮った。
「はい、ちーず!」
撮り終え、気配を感じて振り向くと、俺の顔の横から牛が頭を出していた。
二人で笑った。
その後、奈津江がカメラを持って来ることは無かった。
何枚かは一緒に撮った。
前に羽田空港で杉本さんに撮って頂いたものなどもある。
しかし、どれもピントがズレていたり、俺たちが小さかったり、いいものは無い。
この二枚の写真だけが、俺たちのすべてだった。
申し訳ない。
今でもそう思う。
奈津江が言った。
俺は格安でポルシェ928を手に入れ、最初に奈津江を乗せてドライブした。
那須高原に行った。
9月初旬の頃だった。
「なんだよ、秘密って?」
奈津江が俺を見る。
「私ね、実は巨乳なの!」
俺は大笑いした。
奈津江のパンチが飛ぶ。
「ちょっと笑いすぎよ!」
「悪い」
俺が素直に謝ると、奈津江が殴った頬を撫でてくれた。
「なによ、ちょっとタカトラみたく冗談を言ったのに」
「面白かったよ」
また奈津江のパンチが飛んだ。
冗談の軽い奴だ。
「数年先には確認できるな」
「やめてよ!」
奈津江は文句を言いながら微笑んでいた。
「タカトラって、全然写真撮ってくれないよね」
「そうか?」
「そうだよ! 私が一緒に撮ろうって言っても、いつも曖昧に誤魔化すじゃない」
「あんまり好きじゃないんだよ」
「どうして?」
「親が離婚したって話したろ?」
「うん」
「昔のアルバムにはさ、親父が写ってる」
「そう」
「それがちょっと辛いんだ」
「分かった」
奈津江が何を分かったのかは知らない。
でも、俺の心を受け止めてくれたのは感じられた。
「この車って、傷だらけよね」
「しょうがないだろう。それで安く買えたんだしな」
「修理しないの?」
「修理費で、この車買った以上とられる」
「あー、私の彼氏はダメ人間だー」
俺は笑った。
「働くようになったら、新車を買うって」
「へー、そうなんだー」
「あ、お前信じてないな!」
「まーがんばりたまえ」
俺が憮然とすると、奈津江は「うそうそ」と言いながら、ポッキーを出して俺にくわえさせた。
俺はニコニコしてポリポリと食べた。
東北自動車道に乗る。
あとは道なりに行けばいい。
俺はポルシェのスピードを上げた。
一時間ほどで、那須高原に着いた。
俺たちは地図を拡げ、滝やつり橋を渡ったりして楽しんだ。
俺たちは昼食を摂りに、有名な牧場へ向かう。
「ジンギスカンがあるぜ」
「じゃあ、それにする?」
メニューを二人でじっくり見る。
「奈津江はちっちゃいからお子様プレートでいいだろ?」
「なんでよ!」
「あんまりお金がないんだ」
「え! うん、じゃあそれでいいよ」
冗談だと言うと、奈津江のパンチが飛んだ。
俺たちはラムと牛肉のミックスセットを頼んだ。
「私、羊のお肉って初めて」
「あ、俺も」
「美味しいね」
「そうだなぁ」
奈津江が焼いた肉を俺に食べろと言った。
「なんだよ、ほんとにお子様プレートで良かったじゃねぇか」
奈津江のパンチが飛んだ。
「ダーリン! おしおきだっちゃ!」
俺は殴られた腕をさすりながら言った。
「なにそれ?」
「『うる星やつら』のラムちゃん」
奈津江が笑った。
カワイイ。
「お子様プレートにはゼリーみたいのついてたぞ?」
「え、私食べたい!」
俺は笑って店員にゼリーだけもらえるか聞いた。
「このお子様が食べたいって言うんで」
奈津江のパンチが飛ぶ。
店員は、あれはお子様プレートにしかついてないのだと言った。
俺はなんとかならないかと聞いたが、断られた。
「すまん! またダメ彼氏で!」
「そーよねー」
しばらく食べていると、店員が小さなゼリーを持って来てくれた。
「彼氏さんがおカワイソウですから」
奈津江が恐縮して受け取った。
「もうかっちゃったな!」
「バカ!」
奈津江が美味しそうに食べた。
店を出て、動物のエサやりをし、ハリネズミを触った。
奈津江がハリネズミを持つと、全身の毛を逆立てた。
「ちょっと痛いよー」
俺が受け取ると、ハリネズミは毛を休め、気持ちよさそうに撫でられる。
大人しくなったので、奈津江に返すと、また毛を逆立てた。
「なんでよー!」
暑かったので、ソフトクリームを買った。
「ここは私が出すよ」
奈津江がバッグから財布を取り出そうとして、小さなカメラが落ちた。
俺が拾って渡す。
奈津江はそっとカメラを受け取った。
「あのね、お兄ちゃんから借りたの。でもいいの、ごめんね」
奈津江が申し訳なさそうにそう言った。
俺は笑って、一緒に撮ろうと言った。
奈津江の顔が輝いた。
「じゃーさ、ソフトクリームはプレミアムにしよ!」
一番高いものを二つ買い、俺たちは放牧の柵の前で撮った。
今のようなデジカメではない。
俺ができるだけ手を伸ばし、シャッターを押した。
「あー! 撮る時は言ってよ!」
「悪い」
目をつぶってしまったらしい。
俺は謝ってもう一枚を撮った。
「はい、ちーず!」
撮り終え、気配を感じて振り向くと、俺の顔の横から牛が頭を出していた。
二人で笑った。
その後、奈津江がカメラを持って来ることは無かった。
何枚かは一緒に撮った。
前に羽田空港で杉本さんに撮って頂いたものなどもある。
しかし、どれもピントがズレていたり、俺たちが小さかったり、いいものは無い。
この二枚の写真だけが、俺たちのすべてだった。
申し訳ない。
今でもそう思う。
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