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四度目の別荘 XXⅨ:森安

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 「今回は柳が来てくれた。みんな知っての通り、御堂は俺の大学時代からの友人だ。今日は高校時代の親友の男の話をしたいと思う」
 俺は飲み物が行き渡ったところで話し出した。

 「そいつは森安と言って、高校の柔道部で一緒だった奴だ。俺よりも身長は低かったけど、大柄で優しい男だった。地元の建設会社の息子でな。長男だった。柔道部の連中とはみんな仲が良かったけど、森安は特別だったな」

 「一緒に先輩にしごかれ、いびられて、共に苦しい思いをした。進学校だったんで、部としてはそれほど強くはなかったけどな。俺たちは頑張ったんだ」
 みんな黙って俺の話を聞いている。
 
 「顔がとにかくカワイイ奴でな。まあ色男ではないんだけど、無性に愛嬌があった。誰にでも優しい奴で、だから人気もあった。まあ、男連中にだけどなぁ」
 みんなが少し笑った。

 「こんな話はお前らの年齢を考えるといけないんだけどな。まあお前らだからいいよな。エッチな話だ」
 みんなが笑う。
 特に双子がニヤニヤする。

 「高校生なんて、特に男は「ヤル」ことしか考えてねぇ! 亜紀ちゃんも斎藤誠二の件で分かるな?」
 「はい!」
 「俺らももちろんそうだった。当時は「ビニ本」っていう、ビニールに入って売られているエロ本があったんだ。無修正のな。だから、みんなそれが欲しくてたまらない。俺たち柔道部の連中も、買いに行こうってなったわけだ」
 全員が笑顔になっている。
 ろくでもない話だと分かっているのだ。

 「神保町に芳賀書店というのがある。当時はそこがビニ本の総本山だった。だからみんなで電車に乗って行ったんだ。雨が降って来てな。誰も傘を持ってない。だから俺がその辺を歩いていた小学生の尻を蹴って、傘を奪った」

 「「「「「「ゲェーーー!」」」」」」

 「三人いたんで、まあ俺たち6人でなんとかな」
 「悪過ぎですよ!」
 柳が言う。
 俺が人格者なわけないだろうと言うと、妙に納得した。

 「あとな、「ノーパン喫茶」っていうのが流行ったんだ。喫茶店なんだけど、オネエチャンたちがみんなノーパンなの。ミニスカートなんだよ、サイコーだろ? コーヒーが一杯千円だったかな。高いんだよ。でもいいんだよ」
 みんなが爆笑した。

 「遠征試合の帰りにな、行こうって話になった。二年生だったな。代替わりして、俺らの中で一番真面目な奴が主将になった。そいつともう一人は行かないって言うんだ。外で待ってるから行って来いってな」

 「俺らが延長して一時間くらいかな。出たらまた雨よ。走って駅に行ったら、二人とも結構濡れてた。待ち合わせが外だったんでな。まさか延長してるなんて思ってねぇから、30分も濡れた。真冬だったな」
 「カワイソウですね」
 亜紀ちゃんが言った。

 「ああ、そうだ。主将じゃない方の奴が肺炎になったからな」
 「「「「「「ゲェーーー!」」」」」」
 「そんなバカな俺たちだった。試合に行く途中でエロ本を拾って。夢中で見てたら試合に遅れて不戦勝にされたりなぁ」
 「「「「「「アハハハハ!」」」」」」

 「修学旅行で森安が俺に言ったんだ。容子ちゃんとヤルんだって。仲が良かったんだけど、付き合うまでは行ってなかったんだ。だから旅行中にキメて付き合おうっていうことだったんだな」
 「どうなったんですか?」
 柳が突っ込む。

 「まあ、結果的には上手くいって、二人は付き合うようになった。卒業してすぐに結婚してな。子どもも生まれて幸せにやってた」
 「良かったぁー!」
 「森安は家業を継がなかったんだ。親には反発してる奴でなぁ。一度高校時代にアルバイトをさせてもらったんだよ。道路工事な。俺ともう一人が頼んで入れてもらった。森安と三人だ。俺ともう一人は森安の家に泊らせてもらい、朝8時から夕方5時まで土方をやった」

 「俺ともう一人はツルハシとかでガンガン路面を壊す。夏場できつかったよ。それでフッと見たら、森安は路面に塗料を塗ってるんだ。楽な仕事だよ。おまけに時々従業員からジュースとかアイスとかもらって。俺が傍に行ったら、親方が怒るの。「おい、でかい奴! 坊ちゃんの邪魔すんじゃねぇ!」。頭にきたよなぁ」
 みんなが笑う。

 「まあ、森安の家で豪華な食事をいただいて、バイト代も随分と良かったからな」

 「卒業後に、森安は消防署に就職した。進学校には入ったけど、勉強はそれほど好きじゃなかったんだ。成績もだから良くねぇ。だから大学には行かずに就職だ。実家の近くに大きな家を建ててもらって、家族で住んでいた」




 「俺が大学を卒業してしばらくした頃だ。奥さんから電話をもらったんだ。三人の子どもがいたんだけど、長男が交通事故で亡くなったと。葬儀は家族だけで済ませたんだけど、森安が落ち込んでしまって、俺に来てもらえないかということだった。その晩に行ったよ」
 子どもたちが静まる。

 「森安はパチンコが好きでなぁ。時間があると行ってた。子どもが死んだ時にもパチンコ屋にいたんだ。そのことで、随分と自分を責めてしまっていた。俺は飲みに誘い、二人で泥酔するまで飲んだ。森安は随分と泣いたけど、気持ちにけじめをつけた」
 「タカさんが慰めたんですね……」
 「いや、別にそんなことは。ただ、知らなくて申し訳なかったと謝ってただけだよ。お前が苦しんでいるのに、何も知らずに済まなかったと。それだけだ。森安は時々子どものことを話そうとして、そのたびに泣いた」

 「……」

 「森安はそれからパチンコはきっぱりと辞め、仕事に専念した。いつまでも下が配属されなくて、いつも大変だったようだけどな。愚痴の一つも零さずに、真面目にやってた。まあ、優しい奴だから先輩たちからも可愛がられていたけどな」
 
 「そして明るい奴でなぁ。一度森安が幹事になって、俺たちは久しぶりに集まって飲んだ。行ったら30畳のでかい座敷なんだよ。そしてコンパニオンのオネーチャンたちが俺たちの人数分いる。俺はそんな飲み会は知らなかったから、なんだと思ってたけどな。始まったらみんなで裸になってどんちゃん騒ぎだ」
 「「「「「「アハハハハ!」」」」」」

 「まあ、楽しかったな。森安たちの飲み方だったらしいけどな。それで随分と安かったんだ。後から思うと、森安がこっそり出したんだな」
 「石神さんも裸になったんですか?」
 「当たり前だぁ! コンパニオンも裸だったしな!」
 「ああー……」




 その二年後、また奥さんの容子さんから電話が来た。
 俺は前回のこともあり、何かあったら必ず連絡してくれと頼んでいた。
 しかし、その電話は、もう俺が何かをすることは出来なかった。

 「コウチャンが死にました」

 受話器が冷たかった。
 目の前が暗くなった。
 俺は何とか通夜と葬儀の日程をメモした。
 何も言ってあげられなかった。

 通夜と葬儀には大勢の人間が参列した。
 高校時代の連中も来たし、容子さんの友達も来た。
 消防隊員も空いている人間は全て来た。
 それに子どもが死んでから始めた子ども野球チームの人間たち。
 森安は監督として、休日はすべて子どもたちに付き合っていた。
 子どもたちはみんな、あんな優しい監督はいないと言っていた。

 森安の最期を容子さんから聞いた。

 ある幼稚園で火事があり、消防隊が駆け付けた時には、すでに建物全体に火が回っていた。
 放水がなかなか効果がでなかった。
 逃げた職員から、まだ中に三人の子どもがいると聞いた。
 森安がその途端に火の中に飛び込んでいった。
 命令無視だった。

 15分後、森安が子どもたちを連れて出てきた。

 自分の防火服を脱いで、子どもたちをくるんでいた。
 隊員たちが駆け寄ると、森安は一言だけ言って崩れ折れた。

 「お願いします」

 全身の大火傷で、森安は搬送中にこと切れた。

 聞いた俺たちは全員で泣いた。
 何も言えなかった。
 ただ、泣いた。





 葬儀が終わり、俺は容子さんから泊って行ってくれと頼まれた。
 森安の遺骨を祭壇に置き、線香をあげた。

 「お前、やったな」
 俺が言うと、容子さんが泣いた。

 「コウチャンね、石神くんにいつも感謝してたの」
 「そんな」
 「飛んできてくれたあの日の翌朝にね。コウチャンは死ぬつもりだったって言ってた。自分が許せないって。アッチャンの傍に行ってやるんだって」
 「そうか」
 「でも石神くんが、生きなきゃいけないって言ったって。お前は苦しんで生きろって言われたって。お前らしく生きれば、きっと子どもも向こうで笑って迎えてくれるからってね。そう言ったんでしょ?」
 「それは……」

 「そうかって思ったってコウチャンは言ってたよ。自分の後を追って死ぬのは、アッチャンも辛くなるからって。だからちょっと寂しい思いはさせても、ちゃんと生きて笑って会うんだってさ」
 「そうか」

 「さっき、石神くんが「やったな」って言ってくれたじゃない。嬉しかった! コウチャンも嬉しがってるよ、きっと」
 「そうだといいな」

 

 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■  ■ ■ ■



 「奥さんと子どもは、その後どうしたんですか?」
 亜紀ちゃんが聞いた。

 「ああ。殉職で遺族には特別な手当てが出るそうでな。二階級特進の上でだ。あと森安の実家は金持ちだから。生活には不自由はなかったはずだ」
 「タカさんはその後も?」
 「いや。奥さんに断られた。俺がずっと何かをしたがるだろうからってな。実際そのつもりだった。だけど、自分たちで生きるからと言われた。他人にいろいろされると、強く生きられないからってな」
 「そうですか」
 亜紀ちゃんが悲しそうに言った。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「石神、すぐに来てくれてありがとうな」
 「来るに決まってるだろう」

 「俺はこれからどうやって生きればいいのかな」
 「苦しみながら生きろよ」

 「ありがとう」
 「おい、俺は酷いことを言ってるぞ?」

 「だから、ありがとう」




 森安は、涙を流しながら礼を言っていた。














 お前、ちゃんと子どもに笑って会えたか?
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