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出発前夜

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 金曜日の夜。
 俺は鷹のマンションで、鷹の料理を味わった。

 「あー、ここは落ち着くなぁー!」
 美味い手料理と、美しく優しい鷹。
 最高だ。
 しかも、その鷹は笑っている。

 「もう、「虎帝国の永久保存遺産五つ星」だよな!」
 「なんですか、それ」
 鷹が可笑しそうに笑う。

 「もうこれ以上はないっていう、最高評価の場所のことだ」
 「石神先生のお宅があるじゃないですか」
 「あぁ、あそこは猛獣がうろついてるからなぁ。一段下がる」
 「アハハハ!」
 俺は酒で溶かしたウニを塗って焼いた銀ムツを味わう。
 程よく脂が落ち、絶妙なジューシーさが何とも言えない。
 
 「そういえば、こないだのプロレスは面白かったですね」
 「ああ、あいつらから亜紀ちゃん宛に、全員の色紙が届いてさ」
 「色紙ですか」
 「いらねーよなぁ」
 鷹が笑った。

 「どうしたんですか?」
 「双子に渡したんだが、あいつら、なんか大事に仕舞ってたな」
 「そうですか」
 「何枚か額装するって言ったから、伊東屋で断られるからやめろと言った」
 鷹がまた笑った。
 俺はゼンマイを閉じ込めただし巻き卵を一口食べ、冷酒を含んだ。
 口の中で一瞬卵の味が拡がり、その後で温められた酒の香りが鼻から抜け、辛みが強めの酒が喉を通る。

  
 
 「明日から別荘へいらっしゃるんですよね」
 「ああ。お前も誘いたかったんだが」
 「いいですよ。みなさんで楽しんで来て下さい」
 「いや、そういうことじゃなくてだなぁ」
 「はい?」

 「子どもたちと一緒だと、騒々しいじゃない。まあ、そういうのも楽しいんだけどな」
 「ええ」
 「でも、俺は鷹とは二人で過ごしたいんだ」
 「え!」
 「だから、別荘へは鷹と二人で行きたい。長くは泊れないけどな」
 「嬉しいです」
 鷹が俯いて呟いた。

 俺が茶漬けが食べたいと言うと、鷹が笑って手早く作ってくれた。
 塩鮭を焼き、万能ねぎを刻み、細切りの海苔と千切りの鷹の爪。
 それにワサビと粒味噌を添えてくれる。
 目の前で小さな茶碗に茶を注いでくれた。
 自分も同じように作る。

 「石神先生は、美味しい食事の食べ方をいっぱい御存知ですね」
 「後でお前も喰うけどなぁ!」
 「どうぞ」
 「ダーッハッハハ!」
 鷹も笑った。

 鷹のマンションには泊らず、1時頃に帰った。




 亜紀ちゃんだけが起きていた。

 「おかえりなさい! あぁ!」
 「どうした?」
 「もうお風呂入っちゃいましたねー!」
 俺は笑って亜紀ちゃんを抱き上げて階段を上る。
 亜紀ちゃんは喜んでいるが、俺の胸の匂いを嗅いでいる。

 「これは、鷹さんのマンションですね!」
 「流石は肉食獣」
 「アハハハ!」
 何か飲みますか、と聞かれ、俺は昆布茶を頼んだ。

 「珍しいですね。ああ、今日は和で締めたいと!」
 俺は笑って早くくれと言う。
 亜紀ちゃんは、俺が滅多に使わない黒楽の茶碗に注いだ。
 もう、俺好みの食器の使い方も分かっている。
 亜紀ちゃんと二人で、薄暗いリヴィングで一緒に飲む。

 「みんな、楽しみにしてますよ」
 「ああ、俺も楽しみだ」
 ウフフ、と亜紀ちゃんが笑う。

 「今年は栞さんと響子ちゃんと六花さん。それに柳さんも来ますね!」
 「ああ、そうだな」
 「うちって結構社交的ですよねぇ」
 「そうかぁ?」
 「そうですよ。友達の家のことを聞いても、うちみたいにしょっちゅういろんな人は来ませんし」
 「まあ、そうかもな」
 たまに飲む昆布茶は、結構美味かった。

 「たまには昆布茶もいいな!」
 「アハハハ」

 「タカさんの荷物は言われたようにまとめておきましたので、後で確認してください」
 「ああ、ありがとう」
 「お土産もバッチリです」
 「そうか。ああ、テンガも入れてくれたか?」
 「い、入れてません!」

 「他にも六花が買って来たいろんなのがあっただろう」
 俺はわざと部屋のUSMのガラスケースにそれらを並べて置いていた。

 「やばかったなぁ。向こうで使うかもしれないからな」
 亜紀ちゃんが俺を睨んでいる。
 俺は笑って亜紀ちゃんの頭を撫でた。
 もちろん、持って行かない。
 まあ、六花が持参するだろうしなぁ。

 「栞さん、あの屋上を気に入ってくれますかね?」
 亜紀ちゃんが話題を変えた。

 「もちろんそうだろう。ダメなら、あいつとは別れる」
 「えぇー」
 「楽しみですねー」
 「そーですねー」

 俺たちは茶を飲み干し、寝た。



 俺は部屋に入り、亜紀ちゃんが用意してくれた荷物を確認する。
 簡単には指示していたので、着るものも問題ない。
 コンバットスーツも入っている。
 俺は着替える前に、外の作業小屋に行った。
 緊急用のバッテリーと発電機を確認する。
 ここにはγとΩが冷凍状態で眠っている。
 万一の停電にも対応できるようにしていた。

 俺は寝間着に着替え、スマートフォンの着信を確認した。
 栞から、明日を楽しみにしているとメッセージが来ていた。
 他に12件。
 俺は「綺麗なパンツを履いて来い!」と返信した。
 柳からも同様のメッセージで、「運転に気を付けてください」と二つ目のメッセージがあった。
 俺たちはたとえ時速100キロで事故を起こしても、何のこともないようになった。





 柳の心配が、俺にはありがたかった。
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