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麻の葉の人

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 院長の家での翌朝。
 俺たちは7時に起きた。
 俺が双子のパンツを降ろすと、俺も脱がされた。
 オチンチンで顔を殴ってやると「イヤー!」と言う。
 いいお父さんになったもんだ、と思う。
 
 夕べ静子さんには、俺たちが朝食の準備もすると言っておいた。
 しかし、やはり静子さんはキッチンに立っていた。

 「おはようございます」
 「「おはようございます!」」
 「みんさん、おはよう」
 割烹着を着た静子さんが微笑んで言った。

 「俺たちでやるって言ったじゃないですか」
 「私にも少しはやらせて欲しいわ」
 俺たちは笑いながら朝食を準備した。
 大した手間は無い。

 夕べ作っておいた寸胴のコンソメスープがある。
 静子さんが鮭を焼き、俺たちはサラダと双子が自分たち用にウインナーを炒める。
 こいつらの朝の定番だ。
 それと持って来た御堂家の卵。
 卵はお二人が好きなようなら、と多めに持って来た。
 すぐに終わった。

 「院長を起こしてこい!」
 「「はーい!」」
 俺と静子さんは、面白そうなので後をついていく。

 「文学ちゃーん! 朝だよー」
 「ごはんだよー!」
 二人は院長のベッドに飛び込む。
 両側から頬にチューをした。
 双子は本当に好きな相手にしかチューをしない。
 俺と亜紀ちゃんと皇紀だけだ。
 皇紀は結構されている。
 蹴られ、殴られもするが。

 院長は笑顔で双子を抱き締め、わかったわかったと言う。
 俺と静子さんは、普段は見られない姿に笑う。

 「浮気はいけませんよ、院長」
 「お前、何を言う!」
 「若い女を二人もはべらして、もう」
 「実家に帰ります」

 「おい!」

 院長は浴衣のまま座敷に来た。

 「ほっぺにキスマークがありますよ」
 「やめろって!」
 静子さんが笑っている。
 お二人は、御堂家の卵を絶賛した。

 「オロチも大好きですからね」
 「なんだ、オロチって」
 俺は御堂家に行った時に、守り神らしいヘビが出た話をした。

 「ほう、不思議な話だな」
 「はい。何百年も誰も見なかったらしいですからね」
 「お前の光を見たか」
 誰にも聞こえない小声で院長が呟いた。

 「タカさんね、動物にモテるのよ」
 ルーがゴールドから一連の動物大集合事件を話した。

 「あの犬か!」
 「はい。これも不思議なんですけどね」

 俺の話を聞き、院長は五十嵐さんと話したことだと言った。
 五十嵐さんは俺の家に来たゴールドが、俺のことを気に入ったようだと話したという。

 「石神の家を見たわけでもないのにな。俺は最初は想像して言ってるんだと思っていた」
 でも、俺の家の中の間取りや置いてある物のことや、ゴールドが何を食べさせてもらったというような具体的な話が出て、院長もこれは、と思ったらしい。

 「お前が時々高い肉をやってるとかな。風呂に一緒に入るのが大好きなんだという話もしていた。俺もお前から詳しい話を聞いたわけじゃないが、お前ならやるだろうと思ったよ」
 「その通りですね。ゴールドは本当にカワイイ奴でしたから」
 「それでな。いよいよ五十嵐さんの容態が悪くなってから、俺に言ったんだよ」
 「はい」

 「ゴールドを連れて行くけど、ゴールドは石神先生に恩返しがしたいんだ、と。もう意識が途絶えがちになっていたことだしな。意味は分からんがきっと夢を見ているのだと思っていた。本当のことだったんだな」

 「ゴールドはいるよ!」
 「時々、タカさんの部屋にいる」
 双子が言った。
 
 「そうなのか」
 「「うん」」
 俺は嬉しかった。

 「それとね」
 「なんだ?」
 「この家にも優しい人がいるよ!」
 「!」

 「あのね、丸刈りの痩せた人」
 「背は文学ちゃんと同じくらい」
 「なんだと!」
 院長が驚いている。
 双子に詳しい姿を聞くと、浴衣を着ているらしい。
 俺は紙とペンを渡し、二人に描かせた。
 二人とも絵心がある。
 墨の麻の葉の模様で、一部が黄色で染められているらしい。


 「兄貴!」


 院長が泣いていた。
 テーブルに両手を置き、身を震わせて涙を流していた。
 静子さんも驚いている。

 院長は立ち上がり、出ていき、アルバムを持って来た。

 「昔のことだから白黒だけどな。これが入院中の兄貴の写真だ」
 麻の葉模様だった。
 黄色だろうと思われる部分は灰色になっている。

 「文学ちゃんが偉くなって頑張ってて嬉しいって」
 院長が激しい嗚咽と共に泣き出した。

 「兄貴がずっと見ていてくれたのか」

 院長が涙を零しながら呟いた。





 俺たちは食事の片づけをし、家の掃除をさせてもらった。
 院長は俺たちの傍にいて、あちこちを見ていた。
 探しているのだろう。

 結構な時間が過ぎ、俺たちはコンソメスープにウドンを入れてさっと煮込んだ。
 刻んだワカメと三つ葉を入れた。

 「邪道ですが、たまにはこういうのもいいでしょう」
 お二人は結構美味いと言ってくれた。

 荷物をまとめて帰るとき、院長は深々と頭を下げて来た。

 「今日は本当にありがとう。こんなに嬉しかった日はない」
 双子が院長の尻をポンポンと叩く。
 院長が笑った。

 「ありがとう、ありがとう」
 また泣かれた。

 「石神さん、またいらしてね」
 「はい、必ず」
 静子さんも目を潤ませていた。

 「ルーちゃんとハーちゃんも絶対にね」
 「「はい!」」




 「さて、大通りに出てタクシーを捕まえるか」
 「「うん!」」
 
 「ねえ、タカさん」
 寸胴を二つ背負ったハーが言う。
 来る時とは荷物を交代したようだ。

 「なんだ?」
 「浴衣の人がね、タカさんにお礼を言ってたよ」
 「なんて言ってたんだ?」
 「文学ちゃんをありがとうって」
 「そうか。次に会ったら迷惑かけてばっかで申し訳ないと言っておいてくれ」

 「うん!」
 ハーが嬉しそうな顔をした。

 「ハー、走って帰ろうか?」
 「その方が早いかな?」
 「やめろ!」
 俺は笑いながら止めた。
 自動車よりも速い、寸胴とでかいリュックを背負った子どもなんて冗談じゃねぇ。

 「いいか、大物はゆったりと進むもんだ! 覚えとけ!」
 「「はーい!」」
 俺たちは手を繋いで歩いた。
 狭い西池袋の道で、後ろから車が来た。
 ハーが蹴りを入れようとするので、必死で止めた。
 運転手が驚いた顔で追い越していく。
 遠くなってから、俺たちは中指を立てた。





 俺たちの幸せの邪魔をすんじゃねぇ!
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