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挿話:石動コレクション

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 石動正道。
 俺の大学時代の知人だ。
 自由聴講で知り合った教育学部の男だ。
 出会いは唐突だった。

 「君はエロ神に愛されている」
 「あ?」
 心理学の講義で、そいつは俺に話しかけてきた。
 長髪で痩せた優男。
 でも、軽さはない。

 「君はよく女性に囲まれているね」
 「まあな」
 「それは君からエロ光線が出ているからなんだよ」
 「お前、何言ってんの?」
 石動正道だ、と自己紹介された。
 俺も名前を告げる。

 「君の溢れんばかりのエロを、僕が満たしてあげよう」
 「だから、なんなんだよ」
 「僕の家に来たまえ」
 気持ちの悪い奴だが、なんとなく気になった。
 暇だったこともあり、何を見せるつもりなのかと興味もあった。
 東大にはヘンな奴が結構いる。
 自分独自の世界を持っている人間が多いからだ。
 俺は基本的に、面白い奴が好きだ。
 石動のぶっ飛び方は面白そうだった。

 大学から二駅のマンションに、石動は住んでいた。
 親が金持ちらしい。
 広いマンションだった。



 リヴィングは学生のマンションにしては広く、14畳ほどあった。
 驚いたのは、AV機器の多さだ。
 当時はまだブラウン管テレビの時代だが、50インチの大画面のものだった。
 そして周囲の壁に並ぶ、DVD。
 数千本もあっただろうか。

 「僕の唯一の趣味でね。コレクションしながら、研究もしている」
 「研究ねぇ」

 すべてエロDVDだった。
 しかも、その半数は無修正。

 「すげぇな!」
 俺が素直に驚くと、石動は喜んでいた。

 「分かるかい?」
 「ああ。普通は自分の好みのジャンルだけだけど、お前のコレクションは多岐に亘っているな」

 「流石はエロ神くん」
 「いや、石神だ」
 石動はコーヒーを淹れてくれ、自分の「研究」というものを説明する。

 「僕はエロこそが人間の生命の根源だと思っている」
 「なるほど」
 「僕はそれを、映像文化によって表現されることによって、ミッシェル・フーコーの言う……」
 俺たちは真剣に話し合った。
 何枚か借りた。

 「君の実存に寄与することを祈る」
 「ありがとう!」



 まさかそれが二十年以上もの付き合いになるとは、思わなかった。
 毎週、レンタル店で借りるように、石動が様々なものを俺に持って来る。
 返そうとすると、「それはそのまま持っていたまえ」と言われることも多かった。
 俺の家に、石動のDVDが増えていく。

 石動は卒業後、非常に定評のある女子高の教師になった。
 親の金で高校の近くの広いマンションに住み、数千万円をかけて可動式の大書庫を作り、数十万本のエロDVDをコレクションするようになった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「うちって、よく荷物が届くよねー」
 「うん。タカさんのスゴさだけどねー」
 通信の受付は主に双子がやっている。
 相手の名前、住所、日付、送って来た品物を記録する。
 食品はすべて亜紀ちゃんに渡る。
 亜紀ちゃんは、更に詳細な記録をつけている。

 「この石動さんって人から時々届くじゃない」
 「うん。タカさんは、この人の荷物は絶対に開けるなってとこね」
 「なんだろう。なんかDVDっぽいよね」
 「じゃあ、エロだ!」
 勘のいい双子だった。

 ある日、間違えて開けてしまったことにした。

 「ああ、やっぱり」
 「タカさんも男の子だもんねぇ」

 《親愛なる石神君へ。また一つの研究成果を送るよ。最近の『二穴』のブームは、大したものだ。君にも確認して欲しい》

 「なんだ、「二穴」って?」
 「確認しよう!」
 双子は自分の部屋のデッキで再生した。

 「「ギャァーーーー!」」

 慌ててディスクを取り出し、元に戻した。

 「タカさんって、変態だよー」
 「亜紀ちゃんたちが大変だよー」

 双子は石神の「闇」を知ってしまった。





 「タカさーん。ごめんなさい! 間違えて開封しちゃった」
 「すぐに石動さんのものだって分かって途中でそのままにしたけど」
 帰って来たタカさんに、そう説明した。

 「あーそうか。あれはちょっと特殊なものでな。今後は気を付けてくれ」
 「「はーい!」」
 
 「ところで、面白かったか?」
 「「気持ち悪かったぁー!」」

 振り返ると、タカさんがニヤニヤしている。

 「「あ!」」
 双子は真っ青になる。

 「お前ら! 開けるなと言っただろう!」
 双子は観念して、床に土下座した。
 しかし、恐れていた鉄拳はなく、軽く頭をはたかれただけだった。
 上を見ると、タカさんが笑っていた。

 「もういい。今後は開けるなよ!」
 「「はい!」」
 そのままタカさんはDVDを持って部屋へ入って行った。

 「なんか、おかしいね?」
 「いつもはもっと怒られるよね?」

 双子は想定外の事態に困惑した。

 「アレってさー、もしかしたら勝手に送られてるんじゃないの?」
 「あ、そーか! だからタカさんは見つかっても平気なんだ!」
 「一応私たちの目の毒だから仕舞ってるんだよ」
 「そうかぁ。勘違いしてたねー」
 双子はちょっと嬉しくなった。
 やっぱりタカさんは優しくて、普通の人だった!



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 「やばかったなぁ。ヘタに言い訳したり怒ったりすると逆効果だもんなぁ」
 俺は、石動の手紙を読み、大喜びで自室のデッキに入れた。
 鍵を掛け、ヘッドフォンを使う。





 「おぉー、流石は石動。チョイスが違うな!」
 今回も堪能した。
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