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羽田空港:思い出

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 月曜日。
 顕さんの検査の結果が出た。
 何の異常もない。
 非常に良い経過だった。
 顕さんの病室に行き、そのことを伝えた。

 「そうか。全部石神くんのお陰だ。ありがとう」
 「そんなことありませんよ。顕さんには奈津江がついてるんです。そりゃ順調に行くに決まってますよ」
 「そうか。そうだったな。うん、そうだった」
 顕さんが嬉しそうに笑った。
 
 「こないだ、奈津江の墓参りに行ってきました」
 「そうか! ありがとうな」
 「それでですねぇ。事情があってフェラーリは手放しまして。代わりに新しい車になったんですよ。奈津江にはその報告もあって」
 「そうなのか」

 「顕さん、ちょっとだけドライブに行きましょうよ」
 「え、いいのか?」
 「はい。これだけ順調なんですから。遠くには行けませんが」
 「そりゃ嬉しいけど」
 「顕さんに新しい車を見てもらいたいんですよ、それが本音です」
 「ありがとう。じゃあ宜しく頼む」

 その夜。
 俺は一旦家に帰り、アヴェンタドールで病院に戻った。
 顕さんは寝間着を着替えて病室で待っていた。

 「じゃあ行きましょうか」
 駐車場に行くと、丁度シフトを交代するナースたちが俺の車を囲んで騒いでいた。

 「おい、お前ら!」
 「石神せんせー!」
 みんなが振り向く。

 「何やってんだよ」
 「私たち、紺野さんファンクラブですから。お待ちしてました」
 「なんだとー! おいみんな集まれ、写真を一緒に撮ろう!」
 『はーい!』

 写真を撮り終わり、みんな離れろと言った。
 顕さんを乗せ、出発する。
 シザードアを開けると、嬌声が沸いた。

 「あれは石神くんのファンだろ?」
 「それはどうだか。でも、顕さんの名前を出されたらサービスしますよ」
 「なんだかなぁ」
 顕さんは笑った。



 羽田空港へ向かった。

 「本当に近くてすみません」
 「いや、そんなことはないよ。僕なんかを連れ出してくれてありがたいよ」
 「もっと連れ出したいんですけどね。どうしても数値で出ないと出来ないもんで」
 「そりゃそうだろう」
 俺は仕事の具合を尋ねた。

 「うん、なかなかいいよ。インターネットがこんなに発達したお陰で、職場に行かなくてもできることが多くなった」
 「そうですね。顕さんみたいなホワイトカラーは、これからどんどんそうなっていくかもしれませんね」
 「君だってそうだろう」
 「いや、俺なんかは建築現場の人間と同じですよ。その場にいないと何もできない。まあ俺は現場が大好きですけどね」
 「そうだよな。実際に何かが出来ていくのを見るのはいいもんだ」

 顕さんは話しながら、窓の外をずっと見ていた。
 特に夜景は久しぶりだろう。




 羽田空港の第一ターミナルに向かった。
 エレベーターで展望デッキに上がる。
 顕さんをベンチに腰掛けさせ、コーヒーを買って来た。

 「綺麗だなぁ」
 「俺の一番好きな場所です」
 しばらく二人で眺めた。

 「ここは、奈津江と最初に来たんです」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 四月の、桜が散り終わった頃だったと思う。

 「ねぇ、どこか連れてってよ」
 学食で食べながら、奈津江が言った。
 二人で行きたいのはもちろんだが、レポートが大変で、おまけに金がなかった。
 金はあるのだが、毎月使う金額を決めていた。
 大きな出費は奈津江との京都旅行だ。
 見栄を張っていい旅館に泊まったので、数か月先にまで小遣いに響いていた。

 奈津江が半分出すと言ったのだが、勝手にあんな宿を取ったのは俺だ。
 任せろ、と言ってしまった。

 「白山神社に行こうか?」
 「ダメ彼氏!」

 根本的にもっと大きな原因は、俺がデートをよく知らない、ということだった。
 他の人間であれば、金が無いなりに上手いこと彼女を楽しませるのだろう。
 遊ぶことを知らな過ぎた。
 それと、俺が奈津江と一緒にいるだけで満足してしまっていたのが、一番いけなかった。
 本当に愛おしかった。

 御堂に相談した。

 「そうだね。僕もあまり知らないけど」
 「いや、俺の百倍マシだ!」
 御堂は笑った。

 「そういえば、前に北海道の親戚の家に行く時にね、羽田空港に夜に行ったんだ。遅い便しかなくてね」
 「おう!」
 「綺麗だったんだよ。発着ロビーからもそうだったけど、展望台に上ったんだ。あそこは確か自由に出入りでき」
 「やっぱりお前は親友だぁ!」

 俺は御堂の手を握り、感謝した。
 御堂はまた笑ってくれた。

 翌日、すぐに空港に電話し、利用時間や店舗などを聞いた。
 非常に丁寧に教えてもらった。

 「彼女がいるんですが、俺に金がないんです!」
 電話で教えてくれた人が笑っていた。
 その人も、夜の空港が綺麗で好きだと言っていた。
 何度も礼を言い、電話を切った。

 一応山中にも聞いてみた。

 「なんでモテモテのお前にそんなこと教えなきゃいけないんだよ!」
 山中は先週、また学食で女の子に邪魔だと殴られた。
 目の周りがまだ青かった。
 俺が大丈夫かと触ると、「いてぇ!」と言った。


 
 奈津江とJRで浜松町に行き、そこからモノレールに乗り換えた。
 夕方だった。
 モノレールに乗ると、奈津江が興奮してきた。

 「ね、これスゴイよね!」
 「おう、そうだよな!」

 懸架式の電車は、二人とも初めてだった。
 空港に着き、俺たちはまっすぐに第一ターミナルの展望台に向かった。
 ちょっと入り口が分からずに迷い、奈津江に怒られた。

 展望台に上った。

 夕暮れの景色が本当に美しかった。
 徐々にそれは薄暗くなり、空港全体が青く染まって行く。

 「綺麗……」
 奈津江がそう言ってくれ、俺は最高に嬉しかった。
 俺はここにいてくれと奈津江に言い、離れた。
 空港の人らしい方に、〇〇部の秋本さんの名前を告げた。

 奈津江とまた一緒に景色を眺めていると、小柄な女性がやってきた。

 「石神さんですか?」
 「はい! 秋本さんですね!」
 「?」

 俺は奈津江に説明した。
 電話で空港のことをいろいろと聞いている中で、日時を教えて欲しいと言われたのだ。
 少し案内をして下さると言ってくれた。

 「石神さんが、あまりにもあなたのことを思っていろいろ聞いて来るんで。あとあなたがどれだけ美人でカワイイかって。もう私まで楽しくなっちゃって、是非お会いしたかったんです」
 「いや、そんな」
 俺は照れたが、奈津江は嬉しそうだった。
 奈津江は自己紹介をし、わざわざ来て下さったことに礼を言った。

 「石神さん、お金あんまり無いんですよね? 私もあまりないけど、コーヒーくらいご馳走させてください」
 「ダメ彼氏! 恥ずかしいよ!」
 奈津江が俺の腕を叩く。
 俺と秋本さんは笑った。

 俺たちは恐縮しながらコーヒーをいただき、空港についていろいろ教えていただいた。
 その後で本当に施設を案内してもらい、普段は入れない整備の施設まで見せてもらう。
 最後に第一ターミナルの展望台に戻った。

 「じゃあ、記念に写真を撮りましょう!」
 「え、ほんとうですか!」
 奈津江が喜んだ。
 俺が写真をあまり好きでないので、これまで二人の写真はほとんどない。

 「あそこに二人で立って。はい、いいですよ。あ、石神さん、もっと彼女とくっついて!」
 二枚の写真を撮ってくださった。
 最後に空港のスタッフの人が、三人での写真を撮ってくれた。
 俺の住所を教え、後日写真を送ると言って、秋本さんは帰って行かれた。

 二人でベンチでまた景色を眺めていると、空港の方がソフトクリームを二つ持って来てくれた。
 秋本さんが、今日は本当に楽しかったから、と頼まれたそうだ。

 「なんかいろいろしてもらちゃって、申し訳ないな」
 「ダメ彼氏のダメっぷりを堪能したわ」
 「そう言うなよー」
 奈津江は微笑んで俺の頬にキスをしてくれた。

 「ウソウソ。今日は高虎のお陰で楽しかった。いろいろ私のために頑張ってくれたんでしょ?」
 「そんなことはないよ」
 「大好き」
 「うん、俺も」

 手を握り、またしばらく空港の美しい景色を眺めた。







 「そろそろ帰ろうか!」
 奈津江が幸せそうな顔をして言った。

 「ああ。じゃあそろそろ予約した銀座の寿司屋に行くかぁ!」
 「え、そうなの?」

 「今日は、そういう夢を見てください」
 「この、ダメ彼氏!」
 奈津江に蹴られた。

 俺たちは笑いながら帰った。
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