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線香の煙

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 翌朝、いつものように8時前に起きると、鷹がキッチンに立っていた。

 「おい、おはよう」
 「おはようございます」
 「何やってんだよ。今回は俺が歓待するって言っただろう」
 「はい。でもここに来るとどうしても石神先生のために何か作りたくて」
 「しょうがねーなー」

 俺は鷹に座っててくれと言われた。
 子どもたちも起きてくる。

 「おはよう」
 「「「「おはようございます!」」」」
 俺は手招きして、子どもたちも座らせる。
 みんなで鷹の料理を作る姿を見ていた。

 「あ、コーヒーだけ!」
 亜紀ちゃんが鷹に断り、俺のコーヒーを淹れてくれた。






 素晴らしい朝食が並んだ

 茄子の揚げびたし。
 高野豆腐。
 焼き鮭。
 隠元の胡麻和え。
 豆腐のサラダには、手製のドレッシングがかかっている。
 麩の吸い物は、見事な出汁だった。

 「よし! 鷹に感謝して、いただきます!」
 「「「「いただきます! 鷹さん、ありがとう!」」」」
 俺は鷹に断り、毎日曜の恒例なのだと説明し、生卵を出す。
 御堂から送ってもらった、専用の醤油も出した。
 鷹にもやってもらう。

 「あ、美味しい!」
 子どもたちがニコニコして鷹を見た。

 余計な話だが、夕べ遅くに鷹が俺の部屋に来た。
 その後で、ちゃんと自分の部屋へ戻っている。
 六花はまったくそういう奥ゆかしさがねぇ。
 まあ、ブレーキがねぇと言うべきか。
 いつ終わったのかもわからん。
 栞はそれよりはマシだ。
 一応パンツは履く。
 ただ、甘えたいのか、俺にくっついて寝る。
 緑子は普通か。
 一応自分の部屋へ戻る。

 食事の後、しばらく雑談して、俺は鷹をマンションへ送った。






 その後で、ふと思いついて、埼玉の蕨市へ行った。
 奈津江にアヴェンタドールを見せてやろうと思ったのだ。
 一度門前の駐車場へ停め、近くの花屋で花を買う。
 線香も売っている。
 ライターはどの車のダッシュボードにいつも入れていた。

 墓を綺麗に洗い、線香に火を点けて般若心経を唱えた。

 「奈津江、新しい車が手に入ったんだ」
 俺は墓に話しかけた。
 ひとしきり、アヴェンタドールのことを話す。

 「お前との移動はいつも電車ばかりだったよなぁ」
 お互い学生で、金も無かった。

 「ああ、お前は知らないだろうけど、今はスイカとかパスモとかあってさ。切符を買わなくていいんだぜ?」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 その日、渋谷の東急ハンズに買い物に行き、そのままデートをした。
 ハンズの中は面白いものがたくさんあり、俺と奈津江は一つ一つゆっくりと見ながら楽しんだ。
 帰り道の店で食事をし、帰るために渋谷駅で切符を買おうとしていた。
 ハチ公口だった。

 その時、身体のでかい俺が絡まれた。
 チーマーだ。

 「よせよ、女がいるんだ」
 「あ? カワイイ顔じゃない。やあ俺らのヤリ部屋に連れてくからな」
 俺はそいつの顔面がへこむほどのパンチを入れた。
 五人の仲間が俺を取り囲んだ。
 奈津江が心配そうに俺を見ている。
 
 「先に帰れ!」
 奈津江は動かない。
 俺はガード下の方へ移動した。
 五人はついてくる。

 着いた時には、二十人くらいに囲まれていた。
 仲間を呼ばれた。
 別にどうということもなかった。
 十分ほどで全員をのした。

 全員がどこかしら骨が折れている。
 知ったことじゃない。
 まあ、後遺症が残るような骨は折っていない。

 俺は頭がどいつかを聞いた。
 一番身体のでかい男だった。

 「おい、お前の目玉を潰す」
 「や、やめてくれ」
 「だめだ。けじめだ」
 「たのむから」
 俺は掴んでいた手を離した。

 「じゃあ、そのかわり、お前が潰してもいい奴を指名しろ」
 男は一瞬躊躇した。
 一人の仲間を指さす。
 俺はそいつに蹴りを入れ、肋骨を折った。

 「もう一人必要だ」
 蹴りを入れられた男に言う。
 また指で示す。
 同じようにやる。

 これで、こいつらのチームは終わりだ。
 もう、「仲間」ではいられない。



 駅に行くと、奈津江が改札の内側で待っていた。

 「良かったー!」
 入った俺に抱き着く。

 「どうして石神くんは喧嘩ばっかりかな!」
 手を繋いで階段を上がりながら、奈津江が怒って言った。

 「しょうがないだろう。あいつらが勝手に絡んでくるんだから」
 「でも、話し合いとか」
 「バカ言うな! 日本語が通じりゃ、あいつらだってまっとうに生きてるだろうよ」
 「でも」

 「あいつらはケダモノだ。お前をひどい目に遭わそうとしてたからな」
 「ああ、ヤリ部屋とかってやつ?」
 「そう言ってただろう」

 「ヤリ部屋ってなに?」
 「え?」
 「だって、聞こうと思ったら石神くんが気絶させちゃうんだもん!」
 「ああ」
 俺は笑ってホームのベンチに奈津江を座らせ、教えてやった。

 「エェッー!」

 奈津江は驚いていた。
 そんな酷いことをする人間を知らなかった。

 「大変じゃない!」
 「だから俺がけじめをつけてきたんだろう」

 「ありがとー!」
 奈津江が抱き着いてきた。
 頭を撫でてやる。

 「あぶなく、約束を守れないとこだったよね」
 「なんだよ、約束って」
 俺は頭を小突かれた。

 「卒業したらって話!」
 「うん」

 奈津江が周囲を見回した。
 俺の顔に片手を置いたままだった。
 山手線の電車が何台も行った。
 奈津江は立とうとしなかった。

 「お前、何やってんだ?」
 「え、キスしたいんだけど、なかなか人が途切れないよね」
 「渋谷駅じゃ無理だろう」
 「だって」

 そのうち、奈津江は勇気を振り絞って俺にキスをしてくれた。
 目の前に、風船を握った子どもが見ていた。
 奈津江は真っ赤になった。

 子どもは母親に手を引かれて、連れていかれた。

 「こりゃ情操教育に……」
 奈津江に叩かれた。

 俺は笑って、奈津江の頬にキスをした。
 誰も見ていなかった。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「あの時さ、見ててくれないかなって思ったんだぜ。最愛のお前へのキスなんだからなぁ」

 風向きが変わり、線香の煙が俺に向かい、むせた。

 俺は笑った。 
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