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アヴェンタドール:羽田空港

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 アヴェンタドールは、既に慣らしを終えていた。
 きっと、俺のことをよく分かってる人が、俺がすぐに乗り回したがることを予測していてくれたのだ。
 栞と楽しんだ後で、俺は家に帰った。
 まだアヴェンタドールは入れない。
 
 俺は玄関を開け、亜紀ちゃんを呼んだ。

 亜紀ちゃんは階段を駆け下りてきた。
 俺の声で、何かいいことがあったのを察してくれたのだろう。

 「おかえりなさい!」
 「おい、すぐに出かけるぞ!」
 「なんですか? まだ夕飯も」
 「そんなものはどうでもいい! 早く!」
 亜紀ちゃんは笑って靴を履いて出た。
 俺は大声で姿の見えない子どもたちに、夕飯は好きなように食べろと言った。
 亜紀ちゃんの手を引いて門を出る。

 「わぁー! スゴイ車ですね!」
 ガルウィングを開き、亜紀ちゃんを座らせてシートベルトを締める。
 オッパイを揉む。

 「なんですかぁ!」
 俺は笑って自分も乗り込んだ。
 スポーツモードで急発進させると、後輪が滑る。
 亜紀ちゃんは驚きつつも笑顔だった。



 「どこへ行こうか?」
 「それよりも、これをどうしたのか説明してください!」
 俺はアビゲイルのこと、響子のこと、六花のこと、栞のことを話した。
 一気に話した。

 「ちょっと何言ってるのか分かりませんが。でも、とてもよかったですね!」
 「そうだな!」
 夕陽に染まる街が美しかった。
 やっと、外の景色を認識したような気がした。

 「これ、何ていう車ですか?」
 誰も聞いてくれなかったことに気付いた。
 嬉しくなって、亜紀ちゃんのオッパイを揉んだ。

 「もう!」
 「ランボルギーニ アヴェンタドールLP750-4 スーパーヴェローチェだぁ!」
 俺はランボルギーニの車が、スペインの闘牛から来ていることが多いと話した。

 「このアヴェンタドールもなぁ、500キロ超えのでかい闘牛の名前から来てるんだよ」
 「へぇ、そうなんですか!」
 俺はアビゲイルが用意してくれた案内人から聞いたことを話した。
 そういえば、名前さえ聞いていなかった。
 俺は自然に羽田空港へ向かった。



 いつもの第一ターミナルの展望台に上がり、俺はようやく冷静になってきた。
 亜紀ちゃんと夕暮れの空港を眺める。

 「良かったですね、タカさん!」
 「うん、そうだな」
 少々照れ臭くなるほど、舞い上がっていた。
 俺は響子と六花、そして栞を乗せたことを話した。
 亜紀ちゃんは一層の笑顔で俺を見てくれた。

 「悪かったな。亜紀ちゃんにはいろいろ心配をかけてしまった」
 「いいんですよ! だってタカさんの「女」ですもん!」
 俺がまたオッパイに手を伸ばすと叩かれた。

 「今日は触り過ぎです!」

 俺たちは笑った。
 久しぶりに心から笑った。
 
 「ところでタカさん」
 「なんだ?」
 「今日の夕飯はどうなっちゃうんでしょうか」
 「この喜びの日に、なんて話をするんだ!」
 「だって、お腹空きましたよ?」

 「それもそうだな!」

 俺たちは5階の焼き肉屋に入った。

 「さあ、じゃんじゃん頼め!」
 「はい!」
 亜紀ちゃんが嬉しそうにメニューを見て、注文する。
 店員が必死にメモを取る。

 「おい、店の肉じゃ足りなくなるから、本店から持って来てもらった方がいいぞ!」
 「えぇー!」
 冗談だよ、と笑って言った。

 「栞さん、喜んでたでしょう?」
 「ああ。栞にも悪いことをした。双子の攻撃を受けながら、必死にカメラとか気を遣ってくれてたのにな」
 「六花さんも」
 「あいつには本当に済まなかったと思っている。あいつはただ宴会が楽しくて笑っていただけなのにな」

 「じゃあ、タカさんもちゃんとけじめをつけないと」
 「え?」
 「アヴェンタドールとも短い付き合いでしたね」
 「あ、亜紀ちゃん、それだけは勘弁してくれぇー!」
 亜紀ちゃんは笑って許さないと言った。

 「じゃあ、今度パーティでも開きましょうよ」
 「いや、それはちょっと照れ臭いぞ」
 肉が焼けたぞと言うと、亜紀ちゃんは「しょうがないですねぇ」と言い、肉を三枚取った。

 「じゃあ、もうすぐ夏休みじゃないですか。今年は栞さんも誘いましょうよ!」
 「そうだなぁ。また響子と六花も誘って」
 「いいですね! あ、顕さんは?」
 「顕さんは夏は無理そうだな。まだ放射線治療があるからな。油断はできない」
 亜紀ちゃんは、どんどん肉を焼いては食べ、話もする。
 競合相手がいないと、食べる量は多いが、二重人格ではない。

 「それは残念です。じゃあ、冬休みにでも」
 「ああ、そうだな。その頃には退院できるだろう。年内は仕事も家でやるみたいだしな」
 「楽しいことが一杯ですね!」
 「そうだな!」
 また御堂の家に行こうとか、別荘には鷹も誘おうとか、盛り上がった。
 五度目の注文で言われた。

 「申し訳ありません。特上ロースと特上カルビは終わってしまいました」
 俺たちは笑って、勘弁してやる、と言った。





 再び、展望台へ行く。
 既に外は夜だった。


 ≪悲哀の中にこそ、聖地はあらん(Where there is sorrow there is holy ground.)≫ 


 「出ましたね! ロマンティスト!」
 「アハハ。オスカー・ワイルドの最も好きな言葉なんだよ。『獄中記』という、牢獄の中で書いた言葉なんだ」
 亜紀ちゃんが、俺の肩に頭を寄せてきた。

 「本当にそうなんだよな。苦しみもがいていると、そこに聖地が現われる。それを知れば、人間は苦しみを恐れる必要はない」
 「今回のことも、まさにそうでしたね」
 「うーん、ちょっと違う気もするけどなぁ」
 亜紀ちゃんが笑った。

 「でも、みんなが苦しんだことは確かだ。みんな、愛情で動いていたはずなのにな」
 「そうでしたね」
 「双子は俺のために戦い、栞は襲われながらも、双子を傷つけないように気を遣ってくれていた。一江も大森も六花も、みんなで仲良く楽しんでもらおうと思ってばかりだった」
 「はい」
 「亜紀ちゃんはみんなを助けようと危険に飛び込んでくれた」
 「タカさんが一番……」
 「そんなことはーーー、まあ、そうだったかもな」
 俺はフェラーリとの別れの悲痛を思い出した。

 「響子は、ギスギスとした俺たちを心配してくれた。あのちっちゃな、何もない、ペタンコの胸でな」
 「言い過ぎですよ!」
 最近、響子の胸がほんのり出てきた気がすると話した。
 オッパイ専門家ですね、と言われた。

 「結局、バカな大人たちはみんな、響子に救われたわけだ」
 「そうですね」
 「それと、亜紀ちゃんとな」
 「そんな」

 「タカさん」
 「なんだ?」
 「私のオッパイも、ちょっと大きくなってません?」
 「それは確かめろってことか?」
 「今日は散々触ったじゃないですか!」
 「それは触診的なものだったからな」
 「じゃあ、あと一オッパイいきますか!」

 「いや、もう今日はいいや」

 亜紀ちゃんは俺の頭を抱き、胸に押し付けた。


 「どうですか!」


 「現状維持」







 俺は頭を叩かれた。
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