上 下
352 / 2,806

アヴェンタドール:羽田空港

しおりを挟む
 アヴェンタドールは、既に慣らしを終えていた。
 きっと、俺のことをよく分かってる人が、俺がすぐに乗り回したがることを予測していてくれたのだ。
 栞と楽しんだ後で、俺は家に帰った。
 まだアヴェンタドールは入れない。
 
 俺は玄関を開け、亜紀ちゃんを呼んだ。

 亜紀ちゃんは階段を駆け下りてきた。
 俺の声で、何かいいことがあったのを察してくれたのだろう。

 「おかえりなさい!」
 「おい、すぐに出かけるぞ!」
 「なんですか? まだ夕飯も」
 「そんなものはどうでもいい! 早く!」
 亜紀ちゃんは笑って靴を履いて出た。
 俺は大声で姿の見えない子どもたちに、夕飯は好きなように食べろと言った。
 亜紀ちゃんの手を引いて門を出る。

 「わぁー! スゴイ車ですね!」
 ガルウィングを開き、亜紀ちゃんを座らせてシートベルトを締める。
 オッパイを揉む。

 「なんですかぁ!」
 俺は笑って自分も乗り込んだ。
 スポーツモードで急発進させると、後輪が滑る。
 亜紀ちゃんは驚きつつも笑顔だった。



 「どこへ行こうか?」
 「それよりも、これをどうしたのか説明してください!」
 俺はアビゲイルのこと、響子のこと、六花のこと、栞のことを話した。
 一気に話した。

 「ちょっと何言ってるのか分かりませんが。でも、とてもよかったですね!」
 「そうだな!」
 夕陽に染まる街が美しかった。
 やっと、外の景色を認識したような気がした。

 「これ、何ていう車ですか?」
 誰も聞いてくれなかったことに気付いた。
 嬉しくなって、亜紀ちゃんのオッパイを揉んだ。

 「もう!」
 「ランボルギーニ アヴェンタドールLP750-4 スーパーヴェローチェだぁ!」
 俺はランボルギーニの車が、スペインの闘牛から来ていることが多いと話した。

 「このアヴェンタドールもなぁ、500キロ超えのでかい闘牛の名前から来てるんだよ」
 「へぇ、そうなんですか!」
 俺はアビゲイルが用意してくれた案内人から聞いたことを話した。
 そういえば、名前さえ聞いていなかった。
 俺は自然に羽田空港へ向かった。



 いつもの第一ターミナルの展望台に上がり、俺はようやく冷静になってきた。
 亜紀ちゃんと夕暮れの空港を眺める。

 「良かったですね、タカさん!」
 「うん、そうだな」
 少々照れ臭くなるほど、舞い上がっていた。
 俺は響子と六花、そして栞を乗せたことを話した。
 亜紀ちゃんは一層の笑顔で俺を見てくれた。

 「悪かったな。亜紀ちゃんにはいろいろ心配をかけてしまった」
 「いいんですよ! だってタカさんの「女」ですもん!」
 俺がまたオッパイに手を伸ばすと叩かれた。

 「今日は触り過ぎです!」

 俺たちは笑った。
 久しぶりに心から笑った。
 
 「ところでタカさん」
 「なんだ?」
 「今日の夕飯はどうなっちゃうんでしょうか」
 「この喜びの日に、なんて話をするんだ!」
 「だって、お腹空きましたよ?」

 「それもそうだな!」

 俺たちは5階の焼き肉屋に入った。

 「さあ、じゃんじゃん頼め!」
 「はい!」
 亜紀ちゃんが嬉しそうにメニューを見て、注文する。
 店員が必死にメモを取る。

 「おい、店の肉じゃ足りなくなるから、本店から持って来てもらった方がいいぞ!」
 「えぇー!」
 冗談だよ、と笑って言った。

 「栞さん、喜んでたでしょう?」
 「ああ。栞にも悪いことをした。双子の攻撃を受けながら、必死にカメラとか気を遣ってくれてたのにな」
 「六花さんも」
 「あいつには本当に済まなかったと思っている。あいつはただ宴会が楽しくて笑っていただけなのにな」

 「じゃあ、タカさんもちゃんとけじめをつけないと」
 「え?」
 「アヴェンタドールとも短い付き合いでしたね」
 「あ、亜紀ちゃん、それだけは勘弁してくれぇー!」
 亜紀ちゃんは笑って許さないと言った。

 「じゃあ、今度パーティでも開きましょうよ」
 「いや、それはちょっと照れ臭いぞ」
 肉が焼けたぞと言うと、亜紀ちゃんは「しょうがないですねぇ」と言い、肉を三枚取った。

 「じゃあ、もうすぐ夏休みじゃないですか。今年は栞さんも誘いましょうよ!」
 「そうだなぁ。また響子と六花も誘って」
 「いいですね! あ、顕さんは?」
 「顕さんは夏は無理そうだな。まだ放射線治療があるからな。油断はできない」
 亜紀ちゃんは、どんどん肉を焼いては食べ、話もする。
 競合相手がいないと、食べる量は多いが、二重人格ではない。

 「それは残念です。じゃあ、冬休みにでも」
 「ああ、そうだな。その頃には退院できるだろう。年内は仕事も家でやるみたいだしな」
 「楽しいことが一杯ですね!」
 「そうだな!」
 また御堂の家に行こうとか、別荘には鷹も誘おうとか、盛り上がった。
 五度目の注文で言われた。

 「申し訳ありません。特上ロースと特上カルビは終わってしまいました」
 俺たちは笑って、勘弁してやる、と言った。





 再び、展望台へ行く。
 既に外は夜だった。


 ≪悲哀の中にこそ、聖地はあらん(Where there is sorrow there is holy ground.)≫ 


 「出ましたね! ロマンティスト!」
 「アハハ。オスカー・ワイルドの最も好きな言葉なんだよ。『獄中記』という、牢獄の中で書いた言葉なんだ」
 亜紀ちゃんが、俺の肩に頭を寄せてきた。

 「本当にそうなんだよな。苦しみもがいていると、そこに聖地が現われる。それを知れば、人間は苦しみを恐れる必要はない」
 「今回のことも、まさにそうでしたね」
 「うーん、ちょっと違う気もするけどなぁ」
 亜紀ちゃんが笑った。

 「でも、みんなが苦しんだことは確かだ。みんな、愛情で動いていたはずなのにな」
 「そうでしたね」
 「双子は俺のために戦い、栞は襲われながらも、双子を傷つけないように気を遣ってくれていた。一江も大森も六花も、みんなで仲良く楽しんでもらおうと思ってばかりだった」
 「はい」
 「亜紀ちゃんはみんなを助けようと危険に飛び込んでくれた」
 「タカさんが一番……」
 「そんなことはーーー、まあ、そうだったかもな」
 俺はフェラーリとの別れの悲痛を思い出した。

 「響子は、ギスギスとした俺たちを心配してくれた。あのちっちゃな、何もない、ペタンコの胸でな」
 「言い過ぎですよ!」
 最近、響子の胸がほんのり出てきた気がすると話した。
 オッパイ専門家ですね、と言われた。

 「結局、バカな大人たちはみんな、響子に救われたわけだ」
 「そうですね」
 「それと、亜紀ちゃんとな」
 「そんな」

 「タカさん」
 「なんだ?」
 「私のオッパイも、ちょっと大きくなってません?」
 「それは確かめろってことか?」
 「今日は散々触ったじゃないですか!」
 「それは触診的なものだったからな」
 「じゃあ、あと一オッパイいきますか!」

 「いや、もう今日はいいや」

 亜紀ちゃんは俺の頭を抱き、胸に押し付けた。


 「どうですか!」


 「現状維持」







 俺は頭を叩かれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...