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アヴェンタドール

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 事件から一か月後の金曜日。
 もう七月も中旬になっている。
 亜紀ちゃんと梅酒会をした。
 これも久しぶりだった。

 「タカさん。まだ辛そうですよね」
 「ああ、悪いな。お前らにも嫌な思いをさせているのは分かってるんだけどな」
 つまみの枝豆を一つ摘まんだ。
 三越で買ったものだが、美味い。
 塩だけの味付けのものが、素晴らしい味になっていた。

 「やっぱり、フェラーリを買い戻しましょうよ」
 何度か、これまでも亜紀ちゃんがそう言ってくれている。

 「いや、それはできない。何度も言うが、俺のけじめだ」
 勇気を出して言ってくれた亜紀ちゃんに、俺はそう言った。

 「双子がどうしてあんなことをしたのか、亜紀ちゃんは分かるかな?」
 「はい、なんとなくは」
 「あいつらは、また俺のためにやったんだよ。「花岡」に、俺たちの技がどれだけ通じるのか。また防げるのか、をな。栞を止めて欲しいなんて、あいつらにとっては渡りに船だったわけだ」
 俺は事件以来、「花岡さん」ではなく「栞」と呼ぶようになっていた。
 とてもじゃないが、もう尊敬の念で話せない。

 「俺はそれに気づけなかった。バカな自分が許せん。だからけじめなんだ」
 「……」
 亜紀ちゃんの頭を撫でる。

 「亜紀ちゃんにはあんなに頑張ってもらったのに、こんな落ち込んだ俺で申し訳ないな」
 「いいえ、そんなこと」
 「自分でも驚いているんだよ。フェラーリが、こんなに俺の中で大きなものになっていたなんてな。まあ、お前らとか、他の人間とも、思い出が一杯詰まっていたからなぁ」
 「そうですね」

 亜紀ちゃんも、枝豆を一つ取る。
 いつもならば、もっとペースは早いのだが。

 「それと、栞さんと六花さんのことですが」
 「ああ」
 「もうそろそろ許してあげるわけには行かないでしょうか」
 「六花はともかくな。あいつはのほほんと事態を放っておいたことで怒っているわけだが。問題は栞だ」
 「はい」

 「あいつの嫉妬深さと言うか、子どものようなバカな性格はとにかく許せん。亜紀ちゃんはどう思うよ?」
 「それはまあ」
 「まんまと双子に乗せられやがって。今回のことは、本当に運が良かっただけだ。栞も俺たちも、終わってても不思議じゃねぇ」
 「はい」

 「双子はともかく小学生だ。バカなことは俺の責任だ。だけど、なんなんだ、あのバカ女は!」
 「タカさん」
 「本当に今回だけは愛想が尽きた感じだよ」
 自分で言っておいて、辛かった。

 「タカさんは」
 「なんだよ」
 「栞さんがダメになりそうなことをしたんで、怒ってるんですね」
 「そうだよ、お前らのことを危険にだな」

 「違います! 栞さん自身のことです。あの「花岡」が世間に知られたら、栞さんが大変なことになるって」

 「亜紀ちゃん……」

 「分かります! 私だって栞さんの軽薄な行動には怒ってるんですから。でも、こうやってみんな無事に過ごしてるじゃないですか。だから今回は許してあげてください! お願いします!」
 亜紀ちゃんは、一気に喋った。
 いつの間に、こんなにいい女になったのか。
 俺は少し上気した亜紀ちゃんの顔から眼が離せなくなっていた。

 「一オッパイ」
 「え?」
 「許して欲しいなら、亜紀ちゃんの一オッパイが必要だな」
 「いいですよ! 三オッパイくらいいっときますか!」
 俺は笑って、ゆっくりと胸に触った。
 温かく、柔らかかった。
 亜紀ちゃんは笑って俺を見ていた。

 「じゃあ、しょうがねぇ。許してやるか!」
 「はい!」
 俺たちは笑って、他の話を始めた。
 心の棘が抜けた。
 久しぶりに笑った気がした。
 いい女のお陰だった。






 翌朝、栞に電話しようと戸惑っていると、アビゲイルから連絡が来た。

 「タカトラ、プレゼントがある」
 アビゲイルから、そう言われた。

 「なんだよ、急に。何も欲しいものはないぞ?」
 「いや、こないだは君のフェラーリを譲ってもらったからな。ちょっとはお返しをさせて欲しい」
 「それはこっちが助けてもらったことじゃないか。礼なんか必要ないよ」
 「でも、もう用意してしまったんだ。大使館まで来てくれ」
 「そうか。分かったよ」

 面倒な話だが、本当に世話になったことだ。
 俺は午後にタクシーで大使館を訪れた。
 車は事件以来運転していなかった。

 ゲートで身体検査され、大使館の中に入るとアビゲイルが現われた。
 庭に行く、と案内された。
 なんなのか。
 中庭に通じるドアを開け、外へ出た。

 車が停まっていた。

 



 ランボルギーニ アヴェンタドール LP750-4 スーパーヴェローチェだった。 
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