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鷹、心に秘めた美。 Ⅱ

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 俺は鷹をフェラーリに乗せ、横浜のベイサイドマリーナへ向かった。

 「休み明けだったから、今週は忙しかったな」
 俺は何げなく話した。

 「そうですね。オペが立て込んでましたよねぇ」
 「お前も、俺以外にも結構入ってたろ?」
 「はい」
 「大丈夫かよ?」
 「ええ。私はサポートですからね。実際に神経を使うのは先生方で」

 鷹は自然に相手を立てる。
 恣意的なものがないので、それが心地よい。

 「そんなことはないだろう。特に鷹なんかは常にオペの流れを読んでくれるんで、非常に助かってるよ」
 「ありがとうございます」

 首都高湾岸線は、暗い海と陸地の灯の間で、幻想的な景色を見せてくれる。

 「石神先生は、よくオペ中で言うじゃないですか」
 「何をだ?」
 「「オイ! オチンチンが痒い! 誰かなんとかしろ!」って」
 二人で大笑いした。

 「ああ、言うな」
 「私、あれで先生のことが大好きになったんですよ」
 「お前、変わってるな!」
 また笑う。

 「私はいつも、オペの先を読まなきゃって気を張っていたんです」
 「そりゃそうだろう」
 「それで石神先生が「オイ!」っておっしゃるから」
 「ああ」
 「何か見落としていたのかってびっくりして」
 「おう」
 「そうしたら「オチンチンが痒い」って言うんですもん。あれは笑いました」
 「そうか」

 「石神先生は、私たちよりもよっぽどオペの全体を見ているんだなぁって。だから肩に力が入りすぎた私たちを、ああやってほぐしてくださるんだと」
 「本当に痒いんだよ」
 大笑いした。

 「ずっと前だけどな。まだ一江や大森も全然で。俺のオペに立ち会ったのな」
 「はい」
 「それで、「オチンチンが痒い」って言ったら、大森が一生懸命にさすって来るんだよ」
 「アハハハハ!」
 「一江が、俺の冗談だって説明して、大森が必死に謝ってきた」
 「アハハハハ!」

 「大森はあんなだけどなぁ、結構純真な奴なんだぞ」
 「あんなって、失礼ですよ」




 鷹は美しい夜景を見ていたが、俺をじっと見詰めていた。

 「そういえば、一江が中心になってる「乙女会議」って知ってるか?」
 「ええ。こないだ花岡先生から誘われました。何か、私の歓迎会をやってくださるって」
 「なに! 鷹、絶対に行くな! 地獄だぞ」
 「えぇー!」
 俺はこれまでの数々の「乙女会議」の無残を語った。

 「それは酷いですねぇ」
 「な、あれは呪われてるんだよ。無事に終わったのは、院長と俺が出席した回だけ。それでも最後に店員が頭から血を吹いたからなぁ」
 「なんか、すごいですね」
 「吐瀉物にウンコに火事だぞ? 段々大事になってやがる。今度あたり、死人がでるぞ、あれは」
 「コワイです」

 「いや、マジなんだよ。ここだけの話な。後から一江に聞いたんだけど、こないだは花見で、地元のヤクザが手足折られて重傷だって。俺、それをテレビで見たよ。もちろん正当防衛だし、あいつらは逃げて無事だけどな」
 「エェッー!」
 「次は誰か死ぬって。だから行くなよ!」
 「分かりましたぁ!」

 ベイサイドマリーナに着いた。
 駐車場にフェラーリを停め、ヨットの係留桟橋へ歩いた。
 ライトに照らされて、数多くのヨットが並んでいる。



 「綺麗ですねぇ」
 「ああ、あの右から三番目のヨットが俺のだ」
 「えぇー! すごい大きさじゃないですかぁ!」
 「いや、冗談だ」
 「えぇー?」
 鷹は俺の腕を掴んで振る。

 「本気にしたじゃないですか!」
 「あんなもの、持てるわけないだろう」
 俺は笑って言う。

 「だって、石神先生ならあり得ますよ」
 「あんなのは、金持ちの道楽だからな。俺は遊びってしないじゃない」
 「そういえば、そうですね」
 「海外旅行もしねぇ。ゴルフもやったこともねぇ。マージャンもパチンコもな。飲みにもほとんど行かないよ。まあ、こうやってドライブくらいかなぁ」
 「最近はバイクですか。あ、セグウェイも! 今度セグウェイ、乗せて下さいよ」
 俺は笑った。

 「ああ、そうだったな。最近は俺もちょっとだけ遊ぶようになったな。まあ、遊び好きなヨメがいるもんでな」
 「アハハハ」
 「まあ、真面目にドライブくらいだけど、ドライブだって本当は遊びじゃないんだ」
 「どういうものなんですか?」
 「ロマンティシズムを求めてのことだからな」
 「あー」
 「あ、お前なんだよ! バカにしてるのか!」

 鷹は笑っていた。

 「石神先生って、本気でロマンティストですよね」
 「まーなー!」
 「アハハハハ!」

 俺たちはベンチに腰かけて、しばらくヨット群を眺めた。

 「まあ、ああいう遊びのものも、見る分にはロマンティシズムだな」
 「そーですねー」
 俺は鷹の頭を撫でた。

 「若い子には、まだ早かったか」
 「そんなことないですよ」
 「そうかぁ?」
 「はい。でも、石神先生と一緒に来れただけで、もう一杯です」
 「随分とベタな口説き文句だな」
 「そんなぁー!」

 鷹が腕を組んで俺に身体を寄せた。

 「本当に一杯なんです」

 「おい」
 「はい」

 「人が寄ってきたらやめるから見張っててくれ」
 「はい?」

 ♪バラの花びら噛むと♪

 俺は井上陽水の『はーばーらいと』を歌った。
 鷹は目を閉じて聴いていた。

 「ステキでした」
 鷹は歌い終わった俺に言った。

 「こないだ亜紀ちゃんに言われたんだ」
 「何をですか?」
 「俺は悲しい歌ばかり歌うってさ。俺はダメだよなぁ」
 「そんなことないです!」

 鷹が俺の唇を塞いだ。



 



 「そんなこと、全然ないです」
 鷹は小さな声で、そう言った。
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