326 / 2,806
鷹、心に秘めた美。
しおりを挟む
一江の報告を聞き、ゴールデンウィーク中も何も問題がなかったことを確認した。
まあ、何かあれば俺の耳に入るわけだが。
「お前は何やってたんだよ」
俺は一江に何げなく聞いた。
本当は、興味は欠片もねぇ。
「一度病院へは来ましたが、あとは大森とぶらぶら。まあ大体夜は飲んでましたね」
「お前ら、本当にド暇だな」
「部長がおかしいんですよ! 毎週バイクで走ったり、子どもたちをどこかに連れてったり。私にはとても真似できません」
「確かに忙しいよな」
俺は一江の頭を撫でるついでに、髪をクシャクシャする。
一江は俺の手を払い、睨んでくる。
「部長、ところで今回はどんな騒ぎを起こしましたか?」
「俺をバカだと思ってるだろう!」
「はい、思ってますが」
「……」
言い返せねぇ。
「いや、今回は何もねぇよ。バイクで遠くまで行ったけど、何もしてねぇ」
「そうですか?」
「なんで疑問形なんだ。ああ、亜紀ちゃんと温泉に行ったな」
「やっぱり!」
「大丈夫だよ。いいとこに泊まったから、ホテルの人間はまともだし、他の客と数人知り合ったけど、紳士淑女の方々だけだ」
「そんなー」
「何かあっても、少なくとも人前では何もねぇな」
「そうですか」
多分、散々一江も調べてきたに違いない。
何も見つからないので、俺に確認したのだろう。
「まあ、とにかくまた今日から頼むな!」
「はい、分かりました」
つまらなそうに一江が出て行った。
しばらく、毎日オペが入っている。
俺は鷹に連絡し、昼食に誘った。
「お誘い、ありがとうございます」
オークラのテラスレストランで食事をする。
「しばらく毎日鷹には付き合ってもらうからな。簡単な打ち合わせがてら、食事をと思ったんだ」
「はい、よろしくお願いいたします」
オペの打ち合わせは、すぐに終わった。
特殊な事例や部分は、それほど多くはない。
他は鷹ならば、なんとでもやってくれるだろう。
話題は、鷹が作ってくれた料理の話になる。
「あれは絶品だったよなぁ。やっぱり素材を把握する力が素晴らしいよな」
「そんな。数をこなしてきただけですよ」
俺があまりにも褒めるので、鷹が俺のために作りましょうと言った。
「いや、そんなつもりじゃないんだ。飯をせがむような言い方で悪かった」
「石神先生のためなら、いつでも喜んで作りますよ」
「困ったな」
「だって、「彼女」ですから!」
笑った鷹は美しかった。
「じゃあ、週末にちょっとお邪魔して、その後でドライブにでも行くか!」
「あ、いいですね! 是非お願いします」
楽しい週末の予定ができた。
一江の顔が一瞬浮かぶ。
「私のマンションでいいですか?」
「ああ、じゃあお邪魔するよ」
オペは問題なくすべてこなし、土曜日の午後。
俺はフェラーリで鷹のマンションへ向かった。
鷹は、淡いグリーンのシャツにベージュのスラックスを履いていた。
「お待ちしてました。どうぞお入り下さい」
黒いスリッパを出してくれる。
俺はダンヒルの麻のスーツを着ていた。
ネクタイは、タイ・ユア・タイの明るいものだ。
若い鷹に合わせた。
上着を鷹が預かってくれ、リヴィングのハンガーにかける。
ソファを勧められ、すぐにコーヒーが出された。
流石に料亭の娘だ。
スムーズに寛がせてくれる。
まだ三時だ。
夕飯には早い。
俺は買ってきた花を、持ってきた花瓶に活けた。
道具も持参している。
鷹はとても喜んでくれた。
テーブルに置いてくれる。
「なんだか気が休まる場所だなぁ」
俺は本当に寛いでいた。
「ありがとうございます。何もありませんが」
「鷹がいるじゃねぇか!」
笑った。
「そうだといいんですが」
「空間っていうのは不思議なものだ。そこにいる人間、置いてあるちょっとした何かで「雰囲気」ができる」
「はぁ」
「この家は、お前の雰囲気だよ。お前が人を寛がせるものを持っているんだよな」
「ありがとうございます」
「うちは知っての通り、騒々しいからなぁ」
二人で笑った。
「食事も、家じゃもう落ち着いて食べられねぇもんな!」
「アハハハ」
「多分さ、俺は医者をダメになっても、飼育員として再出発できると思うんだ」
「そうなったら、私はエサを作る係になりますね」
「おう! よろしくな!」
「私は、石神先生さえいればいいんです」
「嬉しいことを言ってくれるな」
「本当にそうなんです」
「ありがとう」
鷹が俺の隣に座り、抱き着いてきた。
長いキスをした。
「毎日来てください」
「そうなったら、俺は幸せだな」
「本当に」
「ああ、でもな。俺は幸せになるために生きてるわけじゃねぇからな」
「……」
鷹は、俺の肩に頭を乗せた。
「そうですよね」
「つまらん男だろう」
「いいえ。私はそんな石神先生だから好きになったんですもの」
「そうかよ」
「はい、そうです」
「でも、ちょっとは幸せにもなりたいな」
「任せてください!」
俺たちはまたキスをし、しばらくお互いの体温を感じ合った。
鷹の作ってくれた料理は、どれも美味かった。
鯛の西京焼き。
里芋を焼いたものに、抹茶塩のシンプルな皿。
出汁のきいたホタテの煮物には、極薄の花形ニンジンと同じく薄く削いだ銀杏。
エビと千切り大根の酢の物。
辛みのある赤かぶの漬物。
鱧のすまし汁。
そして、俺の大好物の栗ご飯。
季節ではないが、亜紀ちゃんに聞いて、特別に作ってくれたらしい。
「涙が出るほど美味いな」
「出てませんが」
俺たちは笑った。
自然に笑えた。
本当に何もない部屋。
鷹と、鷹が作ってくれた美味い飯しかない部屋。
「お花、ありがとうございます」
「お前もできるんじゃないか?」
「いえ、石神先生のようには、とても」
俺のは我流だ。
基本的なことを本で学び、あとは川瀬敏郎の作品に憧れ、自分なりに追求してきただけだ。
「花は枯れる」
「ええ」
「だからこそ、美しいんだな」
「悲しいですね」
食事が終わり、俺が片づけを手伝おうとすると、笑って鷹に断られた。
「寛いでいて下さい」
俺は洗い物をする鷹を眺めていた。
常に俺のことを思ってくれる、美しい女だった。
まあ、何かあれば俺の耳に入るわけだが。
「お前は何やってたんだよ」
俺は一江に何げなく聞いた。
本当は、興味は欠片もねぇ。
「一度病院へは来ましたが、あとは大森とぶらぶら。まあ大体夜は飲んでましたね」
「お前ら、本当にド暇だな」
「部長がおかしいんですよ! 毎週バイクで走ったり、子どもたちをどこかに連れてったり。私にはとても真似できません」
「確かに忙しいよな」
俺は一江の頭を撫でるついでに、髪をクシャクシャする。
一江は俺の手を払い、睨んでくる。
「部長、ところで今回はどんな騒ぎを起こしましたか?」
「俺をバカだと思ってるだろう!」
「はい、思ってますが」
「……」
言い返せねぇ。
「いや、今回は何もねぇよ。バイクで遠くまで行ったけど、何もしてねぇ」
「そうですか?」
「なんで疑問形なんだ。ああ、亜紀ちゃんと温泉に行ったな」
「やっぱり!」
「大丈夫だよ。いいとこに泊まったから、ホテルの人間はまともだし、他の客と数人知り合ったけど、紳士淑女の方々だけだ」
「そんなー」
「何かあっても、少なくとも人前では何もねぇな」
「そうですか」
多分、散々一江も調べてきたに違いない。
何も見つからないので、俺に確認したのだろう。
「まあ、とにかくまた今日から頼むな!」
「はい、分かりました」
つまらなそうに一江が出て行った。
しばらく、毎日オペが入っている。
俺は鷹に連絡し、昼食に誘った。
「お誘い、ありがとうございます」
オークラのテラスレストランで食事をする。
「しばらく毎日鷹には付き合ってもらうからな。簡単な打ち合わせがてら、食事をと思ったんだ」
「はい、よろしくお願いいたします」
オペの打ち合わせは、すぐに終わった。
特殊な事例や部分は、それほど多くはない。
他は鷹ならば、なんとでもやってくれるだろう。
話題は、鷹が作ってくれた料理の話になる。
「あれは絶品だったよなぁ。やっぱり素材を把握する力が素晴らしいよな」
「そんな。数をこなしてきただけですよ」
俺があまりにも褒めるので、鷹が俺のために作りましょうと言った。
「いや、そんなつもりじゃないんだ。飯をせがむような言い方で悪かった」
「石神先生のためなら、いつでも喜んで作りますよ」
「困ったな」
「だって、「彼女」ですから!」
笑った鷹は美しかった。
「じゃあ、週末にちょっとお邪魔して、その後でドライブにでも行くか!」
「あ、いいですね! 是非お願いします」
楽しい週末の予定ができた。
一江の顔が一瞬浮かぶ。
「私のマンションでいいですか?」
「ああ、じゃあお邪魔するよ」
オペは問題なくすべてこなし、土曜日の午後。
俺はフェラーリで鷹のマンションへ向かった。
鷹は、淡いグリーンのシャツにベージュのスラックスを履いていた。
「お待ちしてました。どうぞお入り下さい」
黒いスリッパを出してくれる。
俺はダンヒルの麻のスーツを着ていた。
ネクタイは、タイ・ユア・タイの明るいものだ。
若い鷹に合わせた。
上着を鷹が預かってくれ、リヴィングのハンガーにかける。
ソファを勧められ、すぐにコーヒーが出された。
流石に料亭の娘だ。
スムーズに寛がせてくれる。
まだ三時だ。
夕飯には早い。
俺は買ってきた花を、持ってきた花瓶に活けた。
道具も持参している。
鷹はとても喜んでくれた。
テーブルに置いてくれる。
「なんだか気が休まる場所だなぁ」
俺は本当に寛いでいた。
「ありがとうございます。何もありませんが」
「鷹がいるじゃねぇか!」
笑った。
「そうだといいんですが」
「空間っていうのは不思議なものだ。そこにいる人間、置いてあるちょっとした何かで「雰囲気」ができる」
「はぁ」
「この家は、お前の雰囲気だよ。お前が人を寛がせるものを持っているんだよな」
「ありがとうございます」
「うちは知っての通り、騒々しいからなぁ」
二人で笑った。
「食事も、家じゃもう落ち着いて食べられねぇもんな!」
「アハハハ」
「多分さ、俺は医者をダメになっても、飼育員として再出発できると思うんだ」
「そうなったら、私はエサを作る係になりますね」
「おう! よろしくな!」
「私は、石神先生さえいればいいんです」
「嬉しいことを言ってくれるな」
「本当にそうなんです」
「ありがとう」
鷹が俺の隣に座り、抱き着いてきた。
長いキスをした。
「毎日来てください」
「そうなったら、俺は幸せだな」
「本当に」
「ああ、でもな。俺は幸せになるために生きてるわけじゃねぇからな」
「……」
鷹は、俺の肩に頭を乗せた。
「そうですよね」
「つまらん男だろう」
「いいえ。私はそんな石神先生だから好きになったんですもの」
「そうかよ」
「はい、そうです」
「でも、ちょっとは幸せにもなりたいな」
「任せてください!」
俺たちはまたキスをし、しばらくお互いの体温を感じ合った。
鷹の作ってくれた料理は、どれも美味かった。
鯛の西京焼き。
里芋を焼いたものに、抹茶塩のシンプルな皿。
出汁のきいたホタテの煮物には、極薄の花形ニンジンと同じく薄く削いだ銀杏。
エビと千切り大根の酢の物。
辛みのある赤かぶの漬物。
鱧のすまし汁。
そして、俺の大好物の栗ご飯。
季節ではないが、亜紀ちゃんに聞いて、特別に作ってくれたらしい。
「涙が出るほど美味いな」
「出てませんが」
俺たちは笑った。
自然に笑えた。
本当に何もない部屋。
鷹と、鷹が作ってくれた美味い飯しかない部屋。
「お花、ありがとうございます」
「お前もできるんじゃないか?」
「いえ、石神先生のようには、とても」
俺のは我流だ。
基本的なことを本で学び、あとは川瀬敏郎の作品に憧れ、自分なりに追求してきただけだ。
「花は枯れる」
「ええ」
「だからこそ、美しいんだな」
「悲しいですね」
食事が終わり、俺が片づけを手伝おうとすると、笑って鷹に断られた。
「寛いでいて下さい」
俺は洗い物をする鷹を眺めていた。
常に俺のことを思ってくれる、美しい女だった。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、
ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、
私のおにいちゃんは↓
泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる