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亜紀、温泉へ。 Ⅲ

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 亜紀ちゃんは俺の背中と、髪を洗ってくれた。
 髪を洗いながら「ガンバレ」と言ってくれる。
 頑張って欲しい。
 俺も亜紀ちゃんの髪を洗う。

 「人に洗ってもらうと気持ちいいですね」
 湯船に入った。

 「縁が低いんで、洗ったお湯が入っちゃわないか心配でした」
 「ああ、ゆるく傾斜があるのと、常に浴槽の湯は補充されているからな。ずっと溢れているんで入ってこないんだよ」
 「なるほど!」
 俺の家のものよりも小さい。
 しかも、底に段があり、肩まで浸かろうとすると、密着する。

 「おい、中でオシッコするなよ」
 「しませんよ!」
 俺たちは身体をくっつけて、外の景色を眺める。

 「亜紀ちゃんは、どうして俺と一緒に風呂に入りたがるんだよ」
 「タカさんの身体って綺麗ですから」
 「何言ってんだ。気持ち悪いだけだろう」
 「そんなことないです!」
 「そうかよ」

 「スベスベの新品なんかよりも、使い込まれた重厚感と言うか」
 「亜紀ちゃんも言うようになったな」
 俺たちは笑った。

 「タカさん、軽井沢っていいですね」
 「そうだな」
 「ここにも別荘を建てましょうよ!」
 「やだよ。管理がめんどくせぇし、俺だってそうそう遊びには行けないんだからな」
 「そうかー」

 「大体、金がまたかかるだろう」
 「双子のお金とか」
 「あれはとっとくもんだ!」
 少し暑くなったので、浴槽の段に腰かける。
 二人とも、上半身が露わになる。

 「一オッパイ、いっときますか!」
 「やらねぇよ!」
 「じゃあ、一チンチンいきます」
 俺が持ち上げて見せると、「やめてくださいー!」と言った。
 また湯船に浸かる。

 「なんか、なかなかロマンティックにならないですね」
 「そうだなー」





 俺たちは風呂から出て、部屋に戻った。
 ギターを抱えて、外に出る。
 火照った身体に風が気持ちいい。
 ウッドデッキのテラスのテーブルに座る。
 他には誰もいない。

 俺は、井上陽水の『ジェラシー』を弾き語りした。
 亜紀ちゃんはうっとりと聞いている。
 続けて、同じ井上陽水の『リバーサイドホテル』『ハーバーライト』を歌う。

 「ステキです」
 「そうか」
 「タカさんって、明るい曲は歌わないですよね」

 ♪俺にカレーをくわせろ!♪

 「すいませんでした。折角のムードを壊すようなことを」
 俺たちは笑った。
 俺は『いっそセレナーデ』を歌う。
 間奏で口笛を吹く。
 小さく手を叩いていた亜紀ちゃんが、「あぁ」と言う。

 歌い終わると、亜紀ちゃん以外の拍手がする。
 振り返ると、二組の男女が手を叩いていた。

 「素晴らしい歌でした!」

 初老の夫婦がそう言った。
 もう一組は、中年の夫婦だ。

 「すいません。うるさかったですか」
 「そんなことありません。本当に素晴らしい歌でした」
 俺たちは名を名乗り、バーに誘われた。
 ガレージ風の空間が面白い。

 初老の夫婦はある大きな商会の会長だった。
 秋葉原で電気製品を扱っている。
 中年の夫婦は大手企業に旦那さんが勤めているそうだ。
 みんな酒を、亜紀ちゃんはオレンジのフレッシュジュースを飲む。

 「我々はここで仲良くなって、よく一緒に来るんです。石神さんはよくいらっしゃるんですか?」
 「いいえ、初めてです。娘が温泉に行きたいと言うので」
 「え、お嬢さんでしたか。ああ、そういえばお若い!」
 俺と亜紀ちゃんは笑った。

 「いや、暗かったのでてっきりご夫婦かと」
 亜紀ちゃんが強く俺の腕を叩く。
 嬉しそうな顔をしていた。

 「タカさん、アレを弾いてくださいよ!」
 「アレってなんだよ」
 「ほら、こないだ地下で弾いてたスゴイやつ!」
 「ああ」

 俺はマスターに断って、エスタス・トーネの『The Song of the Golden Dragon』を弾いた。
 大きな拍手が沸き、亜紀ちゃんは嬉しそうに笑っていた。
 店が閉まる時間になり、俺と亜紀ちゃんはもう少し夜風にあたるので、と言って別れた。

 俺たちがウッドデッキに座っていると、先ほどのマスターが飲み物を置きに来てくれた。

 「グラスはそこへ置いておいてください。先ほどは楽しゅうございました」
 俺たちは礼を言った。

 「タカさんって、どこへ行っても人気者ですね」
 「そんなことはないよ」

 「夫婦だって言われましたよ」
 「勘違いだったって言ってただろう」
 俺たちは笑った。



 ≪美わしのテームズ、静かに流れよ、我が歌終わりし時まで。(Sweet Thames, run softly, till I end my Song.)≫



 「あ、出た!」
 俺は笑いながら、エドマンド・スペンサー『詩集』(祝婚礼前歌)の言葉だと言った。

 「今夜にピッタリですね!」
 「だから俺が言ったんだろう!」
 俺は亜紀ちゃんの頭を小突いた。

 「タカさんは何でも知ってる」
 「俺はどこでもなんでも人間じゃねぇ」
 二人で笑った。
 夜の森は深く、闇の向こうも美しかった。





 「タカさん、好きです」
 「無理にムードっぽいことを言われてもなぁ」
 「もう! 折角いい雰囲気の中でと思ったのに!」
 「何言ってんだ! 俺が美しい言葉で締めくくろうとしたのに! このバカ娘!」
 「ひどい!」

 俺たちは大笑いした。
 腕を組んで部屋へ戻った。



 一緒のベッドで寝ていいかと亜紀ちゃんが言った。
 俺たちは一緒に眠った。
 亜紀ちゃんは幸せそうな寝顔だった。
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