322 / 2,840
亜紀、温泉へ。 Ⅲ
しおりを挟む
亜紀ちゃんは俺の背中と、髪を洗ってくれた。
髪を洗いながら「ガンバレ」と言ってくれる。
頑張って欲しい。
俺も亜紀ちゃんの髪を洗う。
「人に洗ってもらうと気持ちいいですね」
湯船に入った。
「縁が低いんで、洗ったお湯が入っちゃわないか心配でした」
「ああ、ゆるく傾斜があるのと、常に浴槽の湯は補充されているからな。ずっと溢れているんで入ってこないんだよ」
「なるほど!」
俺の家のものよりも小さい。
しかも、底に段があり、肩まで浸かろうとすると、密着する。
「おい、中でオシッコするなよ」
「しませんよ!」
俺たちは身体をくっつけて、外の景色を眺める。
「亜紀ちゃんは、どうして俺と一緒に風呂に入りたがるんだよ」
「タカさんの身体って綺麗ですから」
「何言ってんだ。気持ち悪いだけだろう」
「そんなことないです!」
「そうかよ」
「スベスベの新品なんかよりも、使い込まれた重厚感と言うか」
「亜紀ちゃんも言うようになったな」
俺たちは笑った。
「タカさん、軽井沢っていいですね」
「そうだな」
「ここにも別荘を建てましょうよ!」
「やだよ。管理がめんどくせぇし、俺だってそうそう遊びには行けないんだからな」
「そうかー」
「大体、金がまたかかるだろう」
「双子のお金とか」
「あれはとっとくもんだ!」
少し暑くなったので、浴槽の段に腰かける。
二人とも、上半身が露わになる。
「一オッパイ、いっときますか!」
「やらねぇよ!」
「じゃあ、一チンチンいきます」
俺が持ち上げて見せると、「やめてくださいー!」と言った。
また湯船に浸かる。
「なんか、なかなかロマンティックにならないですね」
「そうだなー」
俺たちは風呂から出て、部屋に戻った。
ギターを抱えて、外に出る。
火照った身体に風が気持ちいい。
ウッドデッキのテラスのテーブルに座る。
他には誰もいない。
俺は、井上陽水の『ジェラシー』を弾き語りした。
亜紀ちゃんはうっとりと聞いている。
続けて、同じ井上陽水の『リバーサイドホテル』『ハーバーライト』を歌う。
「ステキです」
「そうか」
「タカさんって、明るい曲は歌わないですよね」
♪俺にカレーをくわせろ!♪
「すいませんでした。折角のムードを壊すようなことを」
俺たちは笑った。
俺は『いっそセレナーデ』を歌う。
間奏で口笛を吹く。
小さく手を叩いていた亜紀ちゃんが、「あぁ」と言う。
歌い終わると、亜紀ちゃん以外の拍手がする。
振り返ると、二組の男女が手を叩いていた。
「素晴らしい歌でした!」
初老の夫婦がそう言った。
もう一組は、中年の夫婦だ。
「すいません。うるさかったですか」
「そんなことありません。本当に素晴らしい歌でした」
俺たちは名を名乗り、バーに誘われた。
ガレージ風の空間が面白い。
初老の夫婦はある大きな商会の会長だった。
秋葉原で電気製品を扱っている。
中年の夫婦は大手企業に旦那さんが勤めているそうだ。
みんな酒を、亜紀ちゃんはオレンジのフレッシュジュースを飲む。
「我々はここで仲良くなって、よく一緒に来るんです。石神さんはよくいらっしゃるんですか?」
「いいえ、初めてです。娘が温泉に行きたいと言うので」
「え、お嬢さんでしたか。ああ、そういえばお若い!」
俺と亜紀ちゃんは笑った。
「いや、暗かったのでてっきりご夫婦かと」
亜紀ちゃんが強く俺の腕を叩く。
嬉しそうな顔をしていた。
「タカさん、アレを弾いてくださいよ!」
「アレってなんだよ」
「ほら、こないだ地下で弾いてたスゴイやつ!」
「ああ」
俺はマスターに断って、エスタス・トーネの『The Song of the Golden Dragon』を弾いた。
大きな拍手が沸き、亜紀ちゃんは嬉しそうに笑っていた。
店が閉まる時間になり、俺と亜紀ちゃんはもう少し夜風にあたるので、と言って別れた。
俺たちがウッドデッキに座っていると、先ほどのマスターが飲み物を置きに来てくれた。
「グラスはそこへ置いておいてください。先ほどは楽しゅうございました」
俺たちは礼を言った。
「タカさんって、どこへ行っても人気者ですね」
「そんなことはないよ」
「夫婦だって言われましたよ」
「勘違いだったって言ってただろう」
俺たちは笑った。
≪美わしのテームズ、静かに流れよ、我が歌終わりし時まで。(Sweet Thames, run softly, till I end my Song.)≫
「あ、出た!」
俺は笑いながら、エドマンド・スペンサー『詩集』(祝婚礼前歌)の言葉だと言った。
「今夜にピッタリですね!」
「だから俺が言ったんだろう!」
俺は亜紀ちゃんの頭を小突いた。
「タカさんは何でも知ってる」
「俺はどこでもなんでも人間じゃねぇ」
二人で笑った。
夜の森は深く、闇の向こうも美しかった。
「タカさん、好きです」
「無理にムードっぽいことを言われてもなぁ」
「もう! 折角いい雰囲気の中でと思ったのに!」
「何言ってんだ! 俺が美しい言葉で締めくくろうとしたのに! このバカ娘!」
「ひどい!」
俺たちは大笑いした。
腕を組んで部屋へ戻った。
一緒のベッドで寝ていいかと亜紀ちゃんが言った。
俺たちは一緒に眠った。
亜紀ちゃんは幸せそうな寝顔だった。
髪を洗いながら「ガンバレ」と言ってくれる。
頑張って欲しい。
俺も亜紀ちゃんの髪を洗う。
「人に洗ってもらうと気持ちいいですね」
湯船に入った。
「縁が低いんで、洗ったお湯が入っちゃわないか心配でした」
「ああ、ゆるく傾斜があるのと、常に浴槽の湯は補充されているからな。ずっと溢れているんで入ってこないんだよ」
「なるほど!」
俺の家のものよりも小さい。
しかも、底に段があり、肩まで浸かろうとすると、密着する。
「おい、中でオシッコするなよ」
「しませんよ!」
俺たちは身体をくっつけて、外の景色を眺める。
「亜紀ちゃんは、どうして俺と一緒に風呂に入りたがるんだよ」
「タカさんの身体って綺麗ですから」
「何言ってんだ。気持ち悪いだけだろう」
「そんなことないです!」
「そうかよ」
「スベスベの新品なんかよりも、使い込まれた重厚感と言うか」
「亜紀ちゃんも言うようになったな」
俺たちは笑った。
「タカさん、軽井沢っていいですね」
「そうだな」
「ここにも別荘を建てましょうよ!」
「やだよ。管理がめんどくせぇし、俺だってそうそう遊びには行けないんだからな」
「そうかー」
「大体、金がまたかかるだろう」
「双子のお金とか」
「あれはとっとくもんだ!」
少し暑くなったので、浴槽の段に腰かける。
二人とも、上半身が露わになる。
「一オッパイ、いっときますか!」
「やらねぇよ!」
「じゃあ、一チンチンいきます」
俺が持ち上げて見せると、「やめてくださいー!」と言った。
また湯船に浸かる。
「なんか、なかなかロマンティックにならないですね」
「そうだなー」
俺たちは風呂から出て、部屋に戻った。
ギターを抱えて、外に出る。
火照った身体に風が気持ちいい。
ウッドデッキのテラスのテーブルに座る。
他には誰もいない。
俺は、井上陽水の『ジェラシー』を弾き語りした。
亜紀ちゃんはうっとりと聞いている。
続けて、同じ井上陽水の『リバーサイドホテル』『ハーバーライト』を歌う。
「ステキです」
「そうか」
「タカさんって、明るい曲は歌わないですよね」
♪俺にカレーをくわせろ!♪
「すいませんでした。折角のムードを壊すようなことを」
俺たちは笑った。
俺は『いっそセレナーデ』を歌う。
間奏で口笛を吹く。
小さく手を叩いていた亜紀ちゃんが、「あぁ」と言う。
歌い終わると、亜紀ちゃん以外の拍手がする。
振り返ると、二組の男女が手を叩いていた。
「素晴らしい歌でした!」
初老の夫婦がそう言った。
もう一組は、中年の夫婦だ。
「すいません。うるさかったですか」
「そんなことありません。本当に素晴らしい歌でした」
俺たちは名を名乗り、バーに誘われた。
ガレージ風の空間が面白い。
初老の夫婦はある大きな商会の会長だった。
秋葉原で電気製品を扱っている。
中年の夫婦は大手企業に旦那さんが勤めているそうだ。
みんな酒を、亜紀ちゃんはオレンジのフレッシュジュースを飲む。
「我々はここで仲良くなって、よく一緒に来るんです。石神さんはよくいらっしゃるんですか?」
「いいえ、初めてです。娘が温泉に行きたいと言うので」
「え、お嬢さんでしたか。ああ、そういえばお若い!」
俺と亜紀ちゃんは笑った。
「いや、暗かったのでてっきりご夫婦かと」
亜紀ちゃんが強く俺の腕を叩く。
嬉しそうな顔をしていた。
「タカさん、アレを弾いてくださいよ!」
「アレってなんだよ」
「ほら、こないだ地下で弾いてたスゴイやつ!」
「ああ」
俺はマスターに断って、エスタス・トーネの『The Song of the Golden Dragon』を弾いた。
大きな拍手が沸き、亜紀ちゃんは嬉しそうに笑っていた。
店が閉まる時間になり、俺と亜紀ちゃんはもう少し夜風にあたるので、と言って別れた。
俺たちがウッドデッキに座っていると、先ほどのマスターが飲み物を置きに来てくれた。
「グラスはそこへ置いておいてください。先ほどは楽しゅうございました」
俺たちは礼を言った。
「タカさんって、どこへ行っても人気者ですね」
「そんなことはないよ」
「夫婦だって言われましたよ」
「勘違いだったって言ってただろう」
俺たちは笑った。
≪美わしのテームズ、静かに流れよ、我が歌終わりし時まで。(Sweet Thames, run softly, till I end my Song.)≫
「あ、出た!」
俺は笑いながら、エドマンド・スペンサー『詩集』(祝婚礼前歌)の言葉だと言った。
「今夜にピッタリですね!」
「だから俺が言ったんだろう!」
俺は亜紀ちゃんの頭を小突いた。
「タカさんは何でも知ってる」
「俺はどこでもなんでも人間じゃねぇ」
二人で笑った。
夜の森は深く、闇の向こうも美しかった。
「タカさん、好きです」
「無理にムードっぽいことを言われてもなぁ」
「もう! 折角いい雰囲気の中でと思ったのに!」
「何言ってんだ! 俺が美しい言葉で締めくくろうとしたのに! このバカ娘!」
「ひどい!」
俺たちは大笑いした。
腕を組んで部屋へ戻った。
一緒のベッドで寝ていいかと亜紀ちゃんが言った。
俺たちは一緒に眠った。
亜紀ちゃんは幸せそうな寝顔だった。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる