上 下
320 / 2,806

亜紀、温泉へ。

しおりを挟む
 ゴールデンウィークも、残り三日。
 何の予定もない。
 のんびりと、家で寛いでいた。

 「あー、今日は何するかなー」
 俺は朝食を食べ終え、コーヒーを飲みながら呟いた。
 子どもたちは勉強を始めている。

 「響子の顔でも見に行くかな」
 「あれ、響子ちゃんは今日は六花さんのマンションに泊まりに行くんじゃ?」
 亜紀ちゃんが教えてくれた。

 「あー、そうだった!」
 「六花さんの所へ行けばいいじゃないですか」
 「いや、あいつのマンションは蟻地獄と言うか、トラップ・ダンジョンと言うか」
 「?」

 絶対に捕まるに決まってる。
 俺は学習してるんだ。

 「じゃあ、栞さんと出掛けては?」
 「うーん、悪くはないけど、そうじゃないんだよなぁ」
 「じゃあ、峰岸さんとお食事に行くとか」
 「うーん、まあ悪くはないなぁ」

 「いっそ、作ってもらうとか」
 「そうだなぁ。でも、ちょっと違う気が」
 昨日まで一緒にいたからなぁ。

 「いっそ御堂さんの家に遊びに行くとか」
 「それは行きたいけど、やっぱ遠いよなぁ」

 「取り敢えず、映画でも観るかな」
 「あ、いいですね!」
 「ドライブとかもいいな」
 「あ、いいですね!」
 「温泉にでも行こうかな」
 「あ、ステキにいいですね!」

 「?」

 亜紀ちゃんがニコニコしている。

 「どうしたんだよ」
 「どれにします?」
 「ん?」
 「私、どれでもいいですよ!」
 「なんだと?」
 「だって、他の方々がダメなら、いよいよ私の出番かと」

 「……」

 どういうことだか、分からなかった。

 「取り敢えず、温泉、いっときますか!」
 「うん」
 思わず、返事をしてしまった。

 「いや、待て! 俺はお前たちを連れての温泉なんて行きたくねぇぞ」
 「はい。私だけでいいですけど」

 「「「え!」」」
 ニコニコと聞いていた皇紀と双子が驚く。
 亜紀ちゃんは、素早くノートに走り書きをし、破いて皇紀たちに見せた。

 三人の目が輝いた。

 「お姉ちゃん、行ってらっしゃい!」
 「楽しんできてね!」
 「留守番は任せてね!」

 「どういうことだ?」
 「じゃあ、決まりですね!」
 「何も決まってねぇ!」

 亜紀ちゃんがニタリと笑った。

 「いいじゃないですか。一緒にお風呂に入るわけじゃあるまいし」
 「なに?」
 「私とタカさんは、一緒にお風呂には入らないです!」
 「おい」
 「一緒にお風呂に」

 「どこの温泉にしようか?」
 いつの間に、こんな交渉術を。
 星野温泉へ行くことにした。




 まさか、ゴールデンウィークも終わりかけてからの当日予約ができるとは思わなかった。
 軽井沢のアンシェントホテルだ。
 亜紀ちゃんはネットで画像を見て、大喜びだった。
 フェラーリに乗りながら、満面の笑顔で言う。

 「これは、温泉の神が来てますね!」
 俺は笑うしかなかった。

 「ところで、皇紀や双子に何を見せたんだ?」
 あいつらが、遊びに行くのに遠慮するはずがない。

 「ああ、夕飯の献立で可能な食材を書きました」
 亜紀ちゃんはうちの食糧大臣だ。
 亜紀ちゃんが全食材を管理している。

 「和牛肉二十キロ。これで手を打ちました」
 「な、なるほど」

 軽井沢は近い。
 昼食を食べてから出発したが、三時過ぎにはホテルに着いた。
 素晴らしく美しい吹き抜けのロビーが俺たちを迎える。
 チェックインし、「月長石の間」に案内される。
 壁は黒い木材で、ダブルベッドが二つ並んでいる。
 小さなベランダがついており、イスとテーブルが置いてある。
 出てみると、素晴らしい景色だった。

 「素敵なお部屋ですね」
 「そうだなぁ。まあ、将来彼氏と来いよ」
 「今来てます」

 「……」

 亜紀ちゃんがポットで湯を沸かし、紅茶を入れた。
 家から、様々なティーバッグを持って来ている。
 「何もない」ということをコンセプトにしていることを調べていたからだ。
 テレビも無い。
 素晴らしいリゾートホテルだ。

 二人でベランダに出て飲んだ。

 「はぁー、いいですね」
 「そうだな」

 しばし、無言で緑の景色を眺めた。

 「夜になったら、またいいでしょうね」
 「ああ、楽しみだなぁ」
 「タカさん」
 「なんだ?」

 「段々、乗ってきましたね!」
 「ああ、そうだな!」





 二人で散歩しようということになった。
 部屋から出て、亜紀ちゃんはフロントに寄って来ると言った。
 玄関で待っていると、走ってきた。

 「ゆっくり歩けよ。もったいないだろう」
 「そうですね」

 亜紀ちゃんは、嬉しそうに笑い、俺に腕を絡めてきた。
 ホテルは森に囲まれている。
 森の香りを楽しみつつ、散策した。

 ホテルに戻り、バルコニーのテーブルに座り、また景色を楽しんだ。

 「来て良かったですね!」
 「本当だなぁ」
 俺は癒しの空間、とかは大嫌いだった。
 でも、ここはいい。
 慌ただしかった昨日までが、嘘のように感じる。
 数日前に、命の遣り取りをしたことすら、忘れてしまいそうだ。

 早目の夕食を摂った。

 「本当に、こちらの女性に三人前をお出ししてよろしいでしょうか」
 「はい。食べ盛りなもので」
 「アハハハ」
 「……かしこまりました」





 亜紀ちゃんは、いつも通り、溌溂と食事を楽しんだ。
 俺は、ちょっとだけ恥ずかしかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...