上 下
309 / 2,808

奈津江 Ⅵ

しおりを挟む
 「高虎って、いろんな本を読んでるじゃない。愛ってなんなの?」
 「そんな難しいことを聞くなよ」
 「ダメ、言って」
 奈津江はワガママだ。

 「一オッパイ」
 「な、なによそれ!」
 「愛の話をするから、オッパイを一回触らせてください」
 「ダメよ!」

 「……」

 「分かったわよ。ちょっとだけだからね」
 「うん」







 「愛ってさ。そりゃ難しいんだけど、俺は「死ぬ」ことだと思うな」
 「なによ、それ」
 奈津江が口を尖らせる。

 「聖書にさ、「友のために死ぬこと。これ以上の愛はない」ってことが書いてあるんだ」
 「へぇ」
 「それが究極だと思う。家族って大事に決まってる。だけど、そうじゃない他人のために死ぬって、物凄いことなんだと思うよ」
 奈津江は黙って聞いていた。
 
 「でもそれは究極であって、愛っていうのは、要は他人のために損を喜んで引き受けることじゃないかな」
 「お兄ちゃんだ!」
 「そうだよな。顕さんは奈津江のために、どんなことでも喜んでやる人だよ。愛が深いんだよな。自分のことを考えてない。奈津江のことだけじゃない」
 「そうだね」

 奈津江がカシスソーダを飲み終えた。
 次はどうするのかと、二人で話を中断して相談した。
 カシスソーダを頼んだ。
 俺はジントニックにする。

 「俺の勝ちだな!」

 腕を叩かれた。

 「私はお兄ちゃんに甘えてばっかりで。何もしてないな」
 「でも、さっき顕さんに自分の幸せを考えて欲しいって言ってたじゃないか」
 「うん」
 「俺たちは学生なんだから、まあそんなもんじゃないのか? 店で注文も満足にできねぇし」

 腕を叩かれた。


 「高虎は、私のために死んでくれるの?」
 奈津江が何かを待っている。
 俺は正直に答えた。
 奈津江の期待通りの返事は簡単だ。
 でも、それをしたくなかった。

 「おう、って言いたいけどな」
 「ダメなの?」
 奈津江は少し寂しそうに言った。

 「それはさ。実際にそれをやってから言うことだと思うよ」
 「……」
 「口で言うのは簡単だけどな。でも俺は口に出す奴は、違うんじゃないかと思う」
 「そうか、そうだね」




 俺はある漫画の話をした。
 「君のためなら死ねる」、そう言う脇役が出てくる。

 「俺は、あいつは違うと思った。女の気を引きたくて言ってるだけだって」
 「でも分からないじゃない」
 「そうだよ。分からないから言ってはいけないんだ」

 腹が減っていたので、つまみはどんどん無くなった。
 オシャレな店で、量が圧倒的に少なかった。
 追加を頼もうかと話したが、お互いにさっきの注文の名前を憶えていなかった。
 諦めた。
 残ったつまみを大事に食べる。

 「私たちって、何もできないよね」
 奈津江が笑った。

 「今はな。でも俺はどんどんいろんなことを覚えて、できる人間になるぜ!」
 「あ、分からないことを言ってる」
 俺たちは笑った。

 「でもさ。奈津江のために、本当にそうなりたいと思ってる」
 「ありがとう」
 「ほんとだぞ」
 「うん」
 「だからさ」
 「なに?」

 「オッパイ触らせて」

 腕を思い切り叩かれた。

 「折角いい雰囲気だったのにぃ!」




 俺は怒った奈津江のために、つまみをもう一度頼んだ。

 「すいません、名前が分からないので、後から頼んだのをもう一回」
 「ダメ彼氏」
 店員が笑って「分かりました」と言ってくれた。

 つまみが来て、奈津江の機嫌は直った。
 美味しいと言って笑った。

 「でも、愛ってやっぱり難しいよね」
 「そうだよな」
 「口にしてはダメ。それだけは分かった気がする」
 「俺は奈津江を愛してるぞ」
 「ヘッポコ彼氏はダメです」

 奈津江が俺の手を取った。

 周囲を見回してから、自分の胸に俺の手を触れさせた。
 一瞬だった。

 俺は顔を赤くしていたと思う。

 「口にするのはダメだから」
 だから黙ってやったということか。







 ほとんど、何も感じなかった。




 そのことは黙っていた。
 でも、最高に嬉しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...