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顕さんの別荘 Ⅲ

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 「これを見られて、本当に嬉しい。よかった、本当に良かった」
 「顕さんのお陰で実現しました。本当にありがとうございました」
 俺は顕さんに梅酒を作った。
 それを一口飲まれると、多少は落ち着かれた。
 子どもたちの分も作る。
 炭酸水で割るが、亜紀ちゃんはもうストレートで飲みたがった。

 辺りは闇に包まれ、俺たちは幻想的な雰囲気をしばし味わった。
 誰も何も話さない。
 美しい沈黙が流れた。

 「ごめんね。あまりに感動して、自分が抑えられなかったよ」
 顕さんが子どもたちに言う。

 「これで、あの日が甦った。もう、これで満足だ」

 「別荘に来ると、毎晩みんなでここに集まって、俺が話をするんですよ」
 「そうなのか」
 「はい。今日もそれでいいですか?」
 「もちろんだ」
 「じゃあ、今日は顕さんも来ているから、俺の最愛の女性、奈津江の話をしよう」

 俺は亜紀ちゃんに話したことを掻い摘んで、他の三人にも話した。
 出会いのこと、歌舞伎のこと、京都旅行。
 顕さんは、時々涙を拭っていた。

 「ある時、奈津江と「愛」について話したんだ」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 いつも御堂、栞、奈津江、俺の四人で飲むことが多かった。
 ある時、奈津江がたまには二人で飲みに行きたいと言った。
 俺たちは、新宿のルミネの上にあったカフェバーに行った。

 「高虎にしては、いいお店じゃない」
 「そうだろう!」

 広い店内は、贅沢な間隔でテーブルが点在している。
 全体に照明は暗く、小さなスポットライトがテーブルに仄かな明かりをもたらしていた。
 俺たちは気取って、店の雰囲気に合わせてカクテルを頼んだ。
 俺はカクテルはよく知っている。
 高校生の時のバイトでしこたままなんだ。
 奈津江のために飲みやすいカシスソーダを頼み、俺はスクリュードライバーを頼んだ。
 しかし、つまみは強敵だった。
 創作料理らしい独自のメニューの名前から、何が出てくるのかわからない。
 居酒屋しか知らなかった。
 高そうな焼き物の器に、マリネとサラダが来た。
 カクテルに合うかどうかも分からない。

 「ねえ、もっとお腹にたまるものも欲しいよね」
 「おう、頼んでくれ」
 「ちょっと! 高虎が頼んでよ!」
 「お、おう」

 俺はメニューを持って来てもらい、店員さんに「お腹にたまるものってどれですか?」と聞いた。
 奈津江がゲンナリした顔で俺を見た。

 「メニューいらないじゃん」
 店員さんが笑って幾つか教えてくれる。
 俺はそれを全部頼んだ。

 「人間、素直が一番なんだよ」
 「私の彼氏はサイテーです」
 「おい」
  でも、出てきたソテーらしきものや、おしゃれな揚げ物を見て、奈津江は機嫌を直した。

 「それにしても、高虎はよくこんなお店を知ってたよね」
 「うん、顕さんと来た」
 「えぇー!」
 奈津江が俺の腕を叩く。

 「なによ。カワイイ妹とは来ないで、高虎と来たの?」
 「そうだな」
 「帰ったらお兄ちゃんに文句言う」
 そう言う奈津江はかわいらしかった。

 「何で高虎なんかと」
 「そう言うなよ。お前のことが心配で、俺にいろいろ話を聞きたいんだよ」
 「そんなの、私に聞けばいいじゃん」
 「カワイイから聞きにくいんだよ」
 奈津江がちょっと赤くなる。

 「そうなの?」
 「そうだよ。奈津江の裸は見たのかとか、お前には聞けないだろ?」
 腕を殴られた。

 「お兄ちゃんはさ、いつだって私のことを中心にしてくれてるの」
 「うん、そうだよな」
 「でもね、私はお兄ちゃんに自分のことも考えて欲しいな」
 「そうか」
 奈津江はカシスソーダの入ったグラスを見詰めていた。

 「彼女が出来たらさ。私のことを一番にできないからって」
 「うん」
 「それに、私がお兄ちゃんに甘えるのを遠慮するだろうって」
 「そうだよな」
 「今までは私もワガママだったから。でももうお兄ちゃんにも自分のことを考えて欲しいな」

 「俺は顕さんみたいな生き方って好きだけどな」
 「どうしてよ」
 「誰かのために一生懸命になれるなんて、最高の愛の人生じゃないか」

 「……」






 「愛かぁ。愛って、なんなんだろうな」

 奈津江が呟いた。
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