289 / 2,840
奈津江 Ⅳ
しおりを挟む
四人で出かける日。
俺は御堂を紹介し、栞を紹介された。
栞は俺たちと同じ、医学部だった。
美しい女性だった。
上野動物園に出掛けた。
「ねえ」
「なんだ?」
「私たちは付き合ってるんだから、お互いに名前で呼ぶのね」
「そうなのか」
「そうなの!」
付き合うのに必須なことらしい。
「ねぇ、高虎」
「なんだ」
「「なんだ、奈津江」、でしょ!」
「なんだ、奈津江」
腕を組んで頷いている。
カワイイ。
「何から見に行く?」
「順路でいいんじゃねぇか?」
奈津江と栞は相談した。
猿山に行きたいと言う。
「あ、一杯いるよ!」
俺は柵に寄りかかって、猿たちを見た。
俺を見ている奴がいたので、手を振った。
猿がリンゴを投げてきた。
「おい」
「「「え?」」」
三人が呆然と見ている。
「奈津江、喰うか?」
「いらないわよ!」
「すいませーん! 大丈夫ですかー!」
下から飼育員の人が声をかけてきた。
「あいつ、気に入った人に投げる癖があって。大丈夫でしたかー?」
「はい! これ、戻しますね!」
俺は飼育員にリンゴを放った。
「高虎って、猿にもモテるの?」
「知らねぇよ」
御堂が腹を抱えて笑っていた。
栞も笑っている。
「ちょっと離れて歩いてください!」
「おい」
「だって、いろんなもの投げられたら嫌だもん!」
「……」
俺たちはブラブラと歩いた。
シロクマが水浴びをし、フラミンゴが音楽に合わせて行進した。
奈津江は大喜びでいろいろな動物を見て、栞も楽しそうだった。
「悪いな、連れ出しちゃって」
俺は御堂に話しかけた。
「いや、僕も楽しいよ」
虎の檻に言った。
「寝てるね」
つまらなそうに奈津江が言った。
「どうしてれば良かったんだよ」
「うーん、獲物を狩るとか?」
「それは無理だろう。切り身を喰ってるんじゃないか?」
「じゃあ、高虎が戦ってくるとか」
「無茶言うんじゃねぇ!」
「でも、なんか勝てそうじゃない?」
「得物があれば、なんとかなるかもな」
栞の目が輝いた。
「ナイフとか?」
「ああ、そうですね。刃渡りが長いものがあれば」
「ちょっと、ダメよ栞!」
奈津江が立ち塞がった。
「付き合って早々に未亡人になりたくない」
「喰われる前提かよ」
俺たちは笑った。
最後に、メインのパンダを見に行った。
いなかった。
「詐欺よね、これ!」
「しょうがねぇだろう」
俺は子どもの頃の話をした。
「最初にランランとカンカンが来た時にさ、日本中が大騒ぎだったじゃない」
「うん」
「うちは貧乏で行けなかったんだけど、親父が誰かにでかいパンダのぬいぐるみをもらってきたんだよ」
「へぇー」
「俺は大して嬉しくもなかったんだけど、近所の奴らが持ってたのが、ずっと小さいものだったのな。だからみんなうちに見に来たわけだよ」
「そうなんだ」
「そのうち、俺も大事にするようになってさ。やっぱりみんなが羨ましがるからな。カワイくなってきた。毎晩一緒に寝たりな」
「なんかイメージじゃない」
「俺だってカワイイ子ども時代があったんだよ!」
三人が笑っている。
「だけどな。ある日学校から帰ったらパンダがいねぇの」
「どうしたの?」
「お袋に聞いても知らないって。盗まれたのかと思ったよ」
「かわいそう」
「その晩に、新しい枕が出たのな」
「え?」
「お袋が、パンダの中身を引っ張り出して、枕に仕立てたんだよ」
「「「えぇー!」」」
「優しいお袋だったんだけどなぁ。あの時だけはちょっと怖くて泣いたな」
三人が大笑いした。
「あのパンダも中身を抜かれてる最中だったりして」
「お前、怖いこと言うなよ」
「泣いちゃう?」
奈津江がニコニコしていた。
「パンダって、雑食らしいよ」
御堂が言った。
「へぇー。お前何でも知ってるなぁ」
「それでね。ここじゃ笹とか食べてるじゃない」
「うん」
「だから大人しいんだけど、肉をやると狂暴になっていくんだって」
「お前、肉好きだろ!」
奈津江が俺の胸を叩いた。
奈津江が栞に、「付き合ってく自信がない」と言った。
「じゃあ、私に譲って」
「絶対にダメ!」
そう言う奈津江が、本当に愛おしかった。
俺は御堂を紹介し、栞を紹介された。
栞は俺たちと同じ、医学部だった。
美しい女性だった。
上野動物園に出掛けた。
「ねえ」
「なんだ?」
「私たちは付き合ってるんだから、お互いに名前で呼ぶのね」
「そうなのか」
「そうなの!」
付き合うのに必須なことらしい。
「ねぇ、高虎」
「なんだ」
「「なんだ、奈津江」、でしょ!」
「なんだ、奈津江」
腕を組んで頷いている。
カワイイ。
「何から見に行く?」
「順路でいいんじゃねぇか?」
奈津江と栞は相談した。
猿山に行きたいと言う。
「あ、一杯いるよ!」
俺は柵に寄りかかって、猿たちを見た。
俺を見ている奴がいたので、手を振った。
猿がリンゴを投げてきた。
「おい」
「「「え?」」」
三人が呆然と見ている。
「奈津江、喰うか?」
「いらないわよ!」
「すいませーん! 大丈夫ですかー!」
下から飼育員の人が声をかけてきた。
「あいつ、気に入った人に投げる癖があって。大丈夫でしたかー?」
「はい! これ、戻しますね!」
俺は飼育員にリンゴを放った。
「高虎って、猿にもモテるの?」
「知らねぇよ」
御堂が腹を抱えて笑っていた。
栞も笑っている。
「ちょっと離れて歩いてください!」
「おい」
「だって、いろんなもの投げられたら嫌だもん!」
「……」
俺たちはブラブラと歩いた。
シロクマが水浴びをし、フラミンゴが音楽に合わせて行進した。
奈津江は大喜びでいろいろな動物を見て、栞も楽しそうだった。
「悪いな、連れ出しちゃって」
俺は御堂に話しかけた。
「いや、僕も楽しいよ」
虎の檻に言った。
「寝てるね」
つまらなそうに奈津江が言った。
「どうしてれば良かったんだよ」
「うーん、獲物を狩るとか?」
「それは無理だろう。切り身を喰ってるんじゃないか?」
「じゃあ、高虎が戦ってくるとか」
「無茶言うんじゃねぇ!」
「でも、なんか勝てそうじゃない?」
「得物があれば、なんとかなるかもな」
栞の目が輝いた。
「ナイフとか?」
「ああ、そうですね。刃渡りが長いものがあれば」
「ちょっと、ダメよ栞!」
奈津江が立ち塞がった。
「付き合って早々に未亡人になりたくない」
「喰われる前提かよ」
俺たちは笑った。
最後に、メインのパンダを見に行った。
いなかった。
「詐欺よね、これ!」
「しょうがねぇだろう」
俺は子どもの頃の話をした。
「最初にランランとカンカンが来た時にさ、日本中が大騒ぎだったじゃない」
「うん」
「うちは貧乏で行けなかったんだけど、親父が誰かにでかいパンダのぬいぐるみをもらってきたんだよ」
「へぇー」
「俺は大して嬉しくもなかったんだけど、近所の奴らが持ってたのが、ずっと小さいものだったのな。だからみんなうちに見に来たわけだよ」
「そうなんだ」
「そのうち、俺も大事にするようになってさ。やっぱりみんなが羨ましがるからな。カワイくなってきた。毎晩一緒に寝たりな」
「なんかイメージじゃない」
「俺だってカワイイ子ども時代があったんだよ!」
三人が笑っている。
「だけどな。ある日学校から帰ったらパンダがいねぇの」
「どうしたの?」
「お袋に聞いても知らないって。盗まれたのかと思ったよ」
「かわいそう」
「その晩に、新しい枕が出たのな」
「え?」
「お袋が、パンダの中身を引っ張り出して、枕に仕立てたんだよ」
「「「えぇー!」」」
「優しいお袋だったんだけどなぁ。あの時だけはちょっと怖くて泣いたな」
三人が大笑いした。
「あのパンダも中身を抜かれてる最中だったりして」
「お前、怖いこと言うなよ」
「泣いちゃう?」
奈津江がニコニコしていた。
「パンダって、雑食らしいよ」
御堂が言った。
「へぇー。お前何でも知ってるなぁ」
「それでね。ここじゃ笹とか食べてるじゃない」
「うん」
「だから大人しいんだけど、肉をやると狂暴になっていくんだって」
「お前、肉好きだろ!」
奈津江が俺の胸を叩いた。
奈津江が栞に、「付き合ってく自信がない」と言った。
「じゃあ、私に譲って」
「絶対にダメ!」
そう言う奈津江が、本当に愛おしかった。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる