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奈津江 Ⅳ

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 四人で出かける日。
 俺は御堂を紹介し、栞を紹介された。
 栞は俺たちと同じ、医学部だった。
 美しい女性だった。

 上野動物園に出掛けた。

 「ねえ」
 「なんだ?」
 「私たちは付き合ってるんだから、お互いに名前で呼ぶのね」
 「そうなのか」
 「そうなの!」

 付き合うのに必須なことらしい。

 「ねぇ、高虎」
 「なんだ」

 「「なんだ、奈津江」、でしょ!」
 「なんだ、奈津江」

 腕を組んで頷いている。
 カワイイ。

 「何から見に行く?」
 「順路でいいんじゃねぇか?」
 奈津江と栞は相談した。
 猿山に行きたいと言う。

 「あ、一杯いるよ!」

 俺は柵に寄りかかって、猿たちを見た。
 俺を見ている奴がいたので、手を振った。
 猿がリンゴを投げてきた。

 「おい」
 「「「え?」」」

 三人が呆然と見ている。
 
 「奈津江、喰うか?」
 「いらないわよ!」

 「すいませーん! 大丈夫ですかー!」
 下から飼育員の人が声をかけてきた。

 「あいつ、気に入った人に投げる癖があって。大丈夫でしたかー?」
 「はい! これ、戻しますね!」
 俺は飼育員にリンゴを放った。

 「高虎って、猿にもモテるの?」
 「知らねぇよ」
 御堂が腹を抱えて笑っていた。
 栞も笑っている。

 「ちょっと離れて歩いてください!」
 「おい」
 「だって、いろんなもの投げられたら嫌だもん!」
 「……」

 俺たちはブラブラと歩いた。
 シロクマが水浴びをし、フラミンゴが音楽に合わせて行進した。
 奈津江は大喜びでいろいろな動物を見て、栞も楽しそうだった。

 「悪いな、連れ出しちゃって」
 俺は御堂に話しかけた。

 「いや、僕も楽しいよ」

 虎の檻に言った。

 「寝てるね」
 つまらなそうに奈津江が言った。

 「どうしてれば良かったんだよ」
 「うーん、獲物を狩るとか?」
 「それは無理だろう。切り身を喰ってるんじゃないか?」

 「じゃあ、高虎が戦ってくるとか」
 「無茶言うんじゃねぇ!」
 「でも、なんか勝てそうじゃない?」
 「得物があれば、なんとかなるかもな」

 栞の目が輝いた。

 「ナイフとか?」
 「ああ、そうですね。刃渡りが長いものがあれば」
 「ちょっと、ダメよ栞!」
 奈津江が立ち塞がった。

 「付き合って早々に未亡人になりたくない」
 「喰われる前提かよ」
 俺たちは笑った。




 最後に、メインのパンダを見に行った。
 いなかった。

 「詐欺よね、これ!」
 「しょうがねぇだろう」

 俺は子どもの頃の話をした。

 「最初にランランとカンカンが来た時にさ、日本中が大騒ぎだったじゃない」
 「うん」
 「うちは貧乏で行けなかったんだけど、親父が誰かにでかいパンダのぬいぐるみをもらってきたんだよ」
  「へぇー」

 「俺は大して嬉しくもなかったんだけど、近所の奴らが持ってたのが、ずっと小さいものだったのな。だからみんなうちに見に来たわけだよ」
 「そうなんだ」
 「そのうち、俺も大事にするようになってさ。やっぱりみんなが羨ましがるからな。カワイくなってきた。毎晩一緒に寝たりな」
 「なんかイメージじゃない」

 「俺だってカワイイ子ども時代があったんだよ!」
 三人が笑っている。

 「だけどな。ある日学校から帰ったらパンダがいねぇの」
 「どうしたの?」
 「お袋に聞いても知らないって。盗まれたのかと思ったよ」
 「かわいそう」
 「その晩に、新しい枕が出たのな」
 「え?」

 「お袋が、パンダの中身を引っ張り出して、枕に仕立てたんだよ」
 「「「えぇー!」」」
 「優しいお袋だったんだけどなぁ。あの時だけはちょっと怖くて泣いたな」
 三人が大笑いした。

 「あのパンダも中身を抜かれてる最中だったりして」
 「お前、怖いこと言うなよ」
 「泣いちゃう?」
 奈津江がニコニコしていた。

 「パンダって、雑食らしいよ」
 御堂が言った。

 「へぇー。お前何でも知ってるなぁ」
 「それでね。ここじゃ笹とか食べてるじゃない」
 「うん」
 「だから大人しいんだけど、肉をやると狂暴になっていくんだって」
 「お前、肉好きだろ!」

 奈津江が俺の胸を叩いた。
 奈津江が栞に、「付き合ってく自信がない」と言った。

 「じゃあ、私に譲って」







 「絶対にダメ!」

 そう言う奈津江が、本当に愛おしかった。
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