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挿話 一江陽子
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小学校の頃から、勉強は得意だった。
一江の住んでいた北海道では、学校の規模もそれほど大きくはない。
一番でいるのは、まったく苦労もなかった。
中学生でも同じ。
しかし、高校に進学し、全国模試で自分の実力が判明した。
6413位。
一番ではなかった。
一江は猛勉強を始めた。
自分の「一番」の向こうには、とんでもない連中が幾らでもいる。
勉強以外に興味を持たない一江は、クラスの中で孤立していた。
それ自体は何のこともない。
しかし、陰険なイジメが始まった。
一江は負けなかった。
イジメの現場、一江の靴を隠し、机を汚す現場をビデオに収めた。
それを学校に突きつけると共に、ネットにアップした。
最初は穏便に済ませようとした学校も、ネットでの批判が高まり、マスコミが動き出すと、途端に厳しい処分となった。
一江は、ネットの力を知った。
努力の結果、一江は東大医学部に合格する。
そこでも研鑽を弛まず続け、一江は主席で卒業する。
卒業時に、港区の大病院を志望した一江は、難なく通った。
そこで、異様な人物を見た。
いつもナースたちが嬌声を上げ、周囲からの評価が抜群に高く、背が高くていつも高級スーツを着こなし、顔が抜群にカッコイイ。
一江は圧倒された。
自分がどうやっても超えられない人間の存在を知った。
それでも一江は研鑽した。
いつか超えてみたいと思っていた。
無理なことも分かっていた。
ある日、一江がその人の部に誘われた。
「一江さんか。これから俺は今までにない病院改革をしたいんだ。君のような情報分析の才能は是非とも欲しい。どうかな」
石神高虎という眩しい人間が、自分に声を掛けてくれた。
以前に希望して様々なデータを集積し、多変量解析をしてきた実績を見てくれていた人。
上司の治療方針を変えさせるために、データを集めて徹底的に批判し、不遇な時期の自分を拾おうとしてくれる人。
「石神先生、どうか宜しくお願いします!」
「おう、宜しく頼むぞ!」
一江は第一外科部に異動した。
石神部長は一江の働きを評価し、先輩である斎木先生や他の数人を飛び越え、副部長に抜擢してくれた。
そのために、副部長の席を空けておいてくれたことは、あとから知った。
「一江、お前は俺の右腕だ」
そう言ってくれた時、一江は泣き出した。
暴力を振るう人だった。
何度も殴られた。
他の部員もそうだ。
一江が圧倒的に多い。
次いで親友の大森か。
しかし、どんなミスを冒しても、そのことで殴られることは絶対に無かった。
叱責はあっても、ミスを理解すれば、それで終わった。
暴力は、汚いこと、卑しいこと、そして楽を求めて逃げることで喰らった。
力の強い石神部長の殴打は、ダメージも大きい。
一度、石神部長自身が処置室で手当てしてくれた。
以降、一江は自分で処置室に行くようになる。
他の部員もそれに倣うようにした。
「階段落ち」は、処置室を正当に使う合言葉となった。
石神部長は、いつも大量の論文を読んでいる。
その中から、部員に読むようにと、結構な量が回される。
一江は最も分量が多い。
しかし、その論文はすべて役立った。
直接、間接の違いはあったが、医者として活動する上で、非常に有用なものばかりだった。
石神部長のデスクには、論文以外にも様々な書籍が積まれていた。
文学や哲学、歴史や音楽の文献もある。
一江が最も驚いたのは、「教養」の重要性だった。
受験勉強ではまったく関わりの無いそれらを、一江は知らなかった。
一江は石神部長に頼み、読むべき本を指南してもらった。
石神部長の麓に到達できた。
石神部長との打ち合わせは多い。
それは、仕事以外の話も多々されるからだ。
一江が、石神部長が自分に何でも話そうとしていることに気付いた。
「部長、どうして仕事以外の話も私にするんですか?」
ある日、とうとう直言してしまった。
「だってお前、俺に万一があったら困るだろう。院長とのやり取りはもちろんだし、その他の俺が関わってる人間のことなんか、一片には教えられないよ」
「なるほど」
「あいつはこんな性格だ、なんていちいち言葉じゃ無理だしな。俺の話から察して欲しいんだ。俺の右腕なんだからなぁ。俺がいなくなったら、お前がこの部をまとめなきゃならんだろう」
あの日、自分のことを右腕と言ってくれたのは、世辞でもなんでもなかった。
一江は「幸福」を知った。
ある日、自分の高校時代のネットでの攻撃を石神部長に話した。
一江にとって、汚点とも言うべきものだったが、知っておいてもらいたかった。
「お前! 面白いことするな! そうか、やっぱりお前の情報分析能力は抜群だよな!」
予想と違い、大喜びで自分の高校時代の話を次々としてくれた。
はっきり言って、ドン引きだった。
石神先生が大変なオペを引き受けた。
一江は何度も止めたが、聞き入れてはもらえなかった。
万に一つの望みも無い、しかも失敗すれば経歴に多大な傷がつく。
ロックハートの力は、石神の社会的生命を潰せる。
一江は持てる力のすべてを注ぎ込み、手術の準備とロックハートの調査に費やした。
絶望の中で、石神部長は奇跡の勝利を手にした。
一江は自分がこんなにも泣く人間とは知らなかった。
精根尽き果てて倒れる石神部長の姿は、美しく、神々しくさえあった。
ついてきて良かったと心底思った。
他にも、自分たちが毎回失敗する女子会、院長との爆笑の日々、山中家の子どもたちへの愛情、様々な石神部長が大好きだった。
しかし、今回大失態を冒した。
尊敬する石神部長を世間に知って欲しいという安直な行動が、命に関わる事件を引き起こした。
事件が終息したあと、辞表を提出した。
石神部長はそれを食べようとして吐き出した。
相当体調が悪かったんだと思う。
しかし、自分の泣き言に付き合い、慰めてくれた。
その後で倒れた。
目の前で困っていると、「任せろ」と言う人。
「自分は世界で最高の上司を持っています」
本当は、「愛しています」と言いたいが、あの性格はやっぱり自分にはムリ。
一江の住んでいた北海道では、学校の規模もそれほど大きくはない。
一番でいるのは、まったく苦労もなかった。
中学生でも同じ。
しかし、高校に進学し、全国模試で自分の実力が判明した。
6413位。
一番ではなかった。
一江は猛勉強を始めた。
自分の「一番」の向こうには、とんでもない連中が幾らでもいる。
勉強以外に興味を持たない一江は、クラスの中で孤立していた。
それ自体は何のこともない。
しかし、陰険なイジメが始まった。
一江は負けなかった。
イジメの現場、一江の靴を隠し、机を汚す現場をビデオに収めた。
それを学校に突きつけると共に、ネットにアップした。
最初は穏便に済ませようとした学校も、ネットでの批判が高まり、マスコミが動き出すと、途端に厳しい処分となった。
一江は、ネットの力を知った。
努力の結果、一江は東大医学部に合格する。
そこでも研鑽を弛まず続け、一江は主席で卒業する。
卒業時に、港区の大病院を志望した一江は、難なく通った。
そこで、異様な人物を見た。
いつもナースたちが嬌声を上げ、周囲からの評価が抜群に高く、背が高くていつも高級スーツを着こなし、顔が抜群にカッコイイ。
一江は圧倒された。
自分がどうやっても超えられない人間の存在を知った。
それでも一江は研鑽した。
いつか超えてみたいと思っていた。
無理なことも分かっていた。
ある日、一江がその人の部に誘われた。
「一江さんか。これから俺は今までにない病院改革をしたいんだ。君のような情報分析の才能は是非とも欲しい。どうかな」
石神高虎という眩しい人間が、自分に声を掛けてくれた。
以前に希望して様々なデータを集積し、多変量解析をしてきた実績を見てくれていた人。
上司の治療方針を変えさせるために、データを集めて徹底的に批判し、不遇な時期の自分を拾おうとしてくれる人。
「石神先生、どうか宜しくお願いします!」
「おう、宜しく頼むぞ!」
一江は第一外科部に異動した。
石神部長は一江の働きを評価し、先輩である斎木先生や他の数人を飛び越え、副部長に抜擢してくれた。
そのために、副部長の席を空けておいてくれたことは、あとから知った。
「一江、お前は俺の右腕だ」
そう言ってくれた時、一江は泣き出した。
暴力を振るう人だった。
何度も殴られた。
他の部員もそうだ。
一江が圧倒的に多い。
次いで親友の大森か。
しかし、どんなミスを冒しても、そのことで殴られることは絶対に無かった。
叱責はあっても、ミスを理解すれば、それで終わった。
暴力は、汚いこと、卑しいこと、そして楽を求めて逃げることで喰らった。
力の強い石神部長の殴打は、ダメージも大きい。
一度、石神部長自身が処置室で手当てしてくれた。
以降、一江は自分で処置室に行くようになる。
他の部員もそれに倣うようにした。
「階段落ち」は、処置室を正当に使う合言葉となった。
石神部長は、いつも大量の論文を読んでいる。
その中から、部員に読むようにと、結構な量が回される。
一江は最も分量が多い。
しかし、その論文はすべて役立った。
直接、間接の違いはあったが、医者として活動する上で、非常に有用なものばかりだった。
石神部長のデスクには、論文以外にも様々な書籍が積まれていた。
文学や哲学、歴史や音楽の文献もある。
一江が最も驚いたのは、「教養」の重要性だった。
受験勉強ではまったく関わりの無いそれらを、一江は知らなかった。
一江は石神部長に頼み、読むべき本を指南してもらった。
石神部長の麓に到達できた。
石神部長との打ち合わせは多い。
それは、仕事以外の話も多々されるからだ。
一江が、石神部長が自分に何でも話そうとしていることに気付いた。
「部長、どうして仕事以外の話も私にするんですか?」
ある日、とうとう直言してしまった。
「だってお前、俺に万一があったら困るだろう。院長とのやり取りはもちろんだし、その他の俺が関わってる人間のことなんか、一片には教えられないよ」
「なるほど」
「あいつはこんな性格だ、なんていちいち言葉じゃ無理だしな。俺の話から察して欲しいんだ。俺の右腕なんだからなぁ。俺がいなくなったら、お前がこの部をまとめなきゃならんだろう」
あの日、自分のことを右腕と言ってくれたのは、世辞でもなんでもなかった。
一江は「幸福」を知った。
ある日、自分の高校時代のネットでの攻撃を石神部長に話した。
一江にとって、汚点とも言うべきものだったが、知っておいてもらいたかった。
「お前! 面白いことするな! そうか、やっぱりお前の情報分析能力は抜群だよな!」
予想と違い、大喜びで自分の高校時代の話を次々としてくれた。
はっきり言って、ドン引きだった。
石神先生が大変なオペを引き受けた。
一江は何度も止めたが、聞き入れてはもらえなかった。
万に一つの望みも無い、しかも失敗すれば経歴に多大な傷がつく。
ロックハートの力は、石神の社会的生命を潰せる。
一江は持てる力のすべてを注ぎ込み、手術の準備とロックハートの調査に費やした。
絶望の中で、石神部長は奇跡の勝利を手にした。
一江は自分がこんなにも泣く人間とは知らなかった。
精根尽き果てて倒れる石神部長の姿は、美しく、神々しくさえあった。
ついてきて良かったと心底思った。
他にも、自分たちが毎回失敗する女子会、院長との爆笑の日々、山中家の子どもたちへの愛情、様々な石神部長が大好きだった。
しかし、今回大失態を冒した。
尊敬する石神部長を世間に知って欲しいという安直な行動が、命に関わる事件を引き起こした。
事件が終息したあと、辞表を提出した。
石神部長はそれを食べようとして吐き出した。
相当体調が悪かったんだと思う。
しかし、自分の泣き言に付き合い、慰めてくれた。
その後で倒れた。
目の前で困っていると、「任せろ」と言う人。
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