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美しく、優しかった人。

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 六花は、「もう大丈夫です」と言い、席に座った。

 「これ、美味しいですね」

 にこやかに笑い、そう言った。



 「別に意図していたわけではないけど、ここに来てみんなの話ばかりになってしまったな」

 不思議なことだ。
 本当に俺は話す内容を考えていたわけではない。
 毎回、夜に屋上に上がったときに、話そうと思ったことを話していただけだ。


 山中のことくらいは、最初から話そうとは思っていた。
 だが、響子の静江夫人の話、また六花の話などは、本人に話すつもりはあったが、こうして他の人間の前で話すつもりは無かった。
 何かが来ていたのか。

 俺はそんなことを考えた。




 六花はまた俺と響子と一緒に寝たがった。
 拒むつもりもない。

 俺たちは何も語らず抱き合い、黙って眠りに付くのを待った。





 翌朝、俺たちは別荘の掃除をし、帰り支度をする。

 六花はいつもと変わらない様子だった。
 思うことはいろいろあっただろうが、それを見せようとはしなかった。





 俺は響子を特別仕様車に乗せ、後ろに六花が運転するハマーが付いてくる。

 大量に余った花火は、一部を持ち帰り、あとは中山夫妻に相談して花火大会で使ってもらえることになった。

 大会役員という方が取りに来てくれた。
 「いやぁ、本当に助かりました。もう季節も終わりで、どこにも売ってないんです。先日買いに行こうとしたら、一足先に誰かが全部買い占めてしまったようで。どうにも困っていたんですよ」

 「……」

 どこの誰の仕業だろうか。




 途中のサービスエリアで昼食を取り、三時には家に戻った。
 俺はそのまま病院へ寄り、響子を病室まで送る。
 六花は残りたがったが、無理に帰らせた。
 響子も今日は帰るようにと言っていた。




 その夜、久しぶりに亜紀ちゃんと梅酒会を開く。


 「なんだか、本当に楽しかったのと、やっぱりあの屋上でのお話がずっと残っています」
 「途中、どうにもつまらない話もあったけどな」

 「お願いですから、もう勘弁してください」
 俺は笑って亜紀ちゃんの頭を撫でる。

 「まあ、俺が話しておいて不思議なんだけど、本当に直前まで何も決めていなかったんだよ」
 「そうなんですか?」

 「うん。もちろんみんないつか話すことだっただろうけど、別にあのメンバーが揃ったから話すようなことでもなかったしな。むしろ六花のことなんて、本当は本人以外は知る必要もねぇ」
 「そうですよねぇ」




 「響子の母親とか山中の話はともかくな。やっぱり何か必然があったのかもしれないなぁ」
 「必然ですか」

 「ああ、だから冗談じゃなく、俺の栗の話だって、今後重要な展開になるかもしれんぞ」
 「取り敢えずはタカさんの大好物が知れたので、秋には栗ご飯を一杯作りましょう!」
 俺たちは肩を抱いて「絶対やるぞー!」と言った。

 「響子ちゃんは大丈夫そうでしたか?」
 「ああ。ちょっと六花の話で動揺もあるようだが、身体に影響はないようだよ」
 「良かったです」

 「そういえば、響子は別荘で食欲旺盛だったな」
 「そうでしたか」

 「お前らは自分の「食」に夢中だったからなぁ」
 「すいません」
 亜紀ちゃんは恥ずかしそうにする。



 「でも、本当にいつもよりずっと食べてた。その後も辛そうなことはまったく無かったしな」
 「そうですか」
 「特に最後の晩のバーベキューはよく食べたよ。あれこれ食べた上で、スープを三杯も飲んだからちょっと気にしていたんだけどな」

 本当に不思議だった。
 これまでの響子であれば、少なくともすぐに寝て、体力の平衡をとろうとしていたはずだ。

 「そういえばさ。本当に不思議なことがあったんだ」
 「あの、怖い話じゃないですよね?」
 「大丈夫だよ」
 俺は笑って言う。



 「響子と一緒に昼に寝ていたら、二人で同じ夢を見ていたんだ」
 「そうなんですか」
 「うん。着物を着た美しい女性が出てきたんだよ。その着物の柄が、石楠花の上に蝶が舞っている、というものでな」
 「へぇー、不思議ですね」

 思えば、その後で響子の体調が崩れなくなったように思う。
 なんなのか、ということはもちろん説明できないが。



 「響子ちゃんを守っている人なんですかね?」
 「でも、俺の夢にも出てきたんだぞ」
 「だって、響子ちゃんはタカトラのヨメじゃないですか」
 「そうだったな!」
 二人で笑い、もうしばらく話してからお開きにした。




 
 明日はまだ一日休みだ。
 ゆっくりしようと思っていたが、六花が心配になった。
 ちょっと連絡してみよう。




 六花は寝ているかと思っていたが、ワンコールで出た。

 「おい、今日も日課をこなしていたか!」
 「折角物思いに耽っていましたが、ダイナシです」
 六花は思いもよらずに明るい声で返してきた。


 「遅い時間に悪いな。疲れているだろうとは思ったけど、ちょっと心配になってな」
 「ありがとうございます」

 「あんな話を突然してしまい、悪かった」
 「いいえ。私は石神先生の優しさに打たれたばかりで。本当にありがとうございました」
 「そう言ってもらえると、少しは気が楽だけど。でもお前は大丈夫か?」
 「はい。でも心配してくださるのなら、これからうちへいらして下さい」
 
 「大丈夫そうだな!」



 眠れずにいたのだろう。
 俺は家に寄ったとき、探偵事務所から送られた六花の母親の写真を渡していた。
 大阪時代の、恐らく最後の方に撮られた写真だと思う。
 やつれてはいたが、尚も非常に美しい女性だった。



 「石神先生、一つだけお願いがあるのですが」
 「何でも言ってくれ」

 「こないだ、私の写真の額をプレゼントしてくださったじゃないですか」
 「ああ、あれか」
 「同じ額を買いたいのですが、お店をお教えいただけないでしょうか」

 「分かった。明日一緒に買いに行くか」
 「ありがとうございます」



 「六花」
 「はい、なんでしょうか」
 「お前は本当に綺麗だぞ」
 「はい、ありがとうございます」
 「なんだ、今日は否定しないのか」
 「母は綺麗な人でした」
 「そうか」







 「綺麗で、本当に優しい人でした」
 「そうか」








 俺はしばらく六花の嗚咽を聞き、何も言わずに電話を切った。
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