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別荘の日々 XX
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「今日話すのは、俺がまったく面識のない女性だ。だけど、どうしても調べたくて何人かの探偵を雇って調べたことだ」
子どもたちは、どういうことなのか理解できないでいた。
当然だ。
「まあ、聞いてくれ」
俺は話し出した。
「その女性は外国人の方だ。母国で事情があって暮らせなくなり、日本へ来た。でも、日本で知り合いもいないし、日本語も話せないし、大変な苦労をされた」
「最初は北海道で暮らしていたようだが、キリスト教の教会で世話になり、日本語を勉強しながら働いて生活していた。だけど、そこも出なければならなくなった」
「どうしてですか?」
亜紀ちゃんが聞く。
「その女性は、あまりにも綺麗過ぎたんだよ。北海道のある権力者が女性に言い寄り、逃げるしかなかったんだ」
「可愛そうに」
「そうだな。美人になりたがる人は多いけど、美人がみんな幸せになるわけじゃない。女性はまた何も知らない土地へ移るしかなかった」
六花は、ウォッカ・トニックを美味しいと言って飲んだ。
子どもたちはジュースを一口飲んだだけで、俺の話を聞いている。
「ある地方でようやくスーパーのレジ打ちの職につけた。給料は本当に安かったけど、寮で生活できたので、何とかなった」
「そのうち親しい人間もできてきて、女性は少しずつ明るさを取り戻していったようだ。当時の友人だったという人の話が聞けた。最初は見慣れない外国人で親しめなかったけど、真面目に働く姿や、ちょっと親切にしてもらうと本当に美しく笑っていたそうだ。優しい人だったんだな」
月が雲に隠れ、辺りは急に暗くなっていく。
照明を絞った空間が、別な世界に入ったかのように見えた。
「また女性に夢中になった男がいた。そのスーパーの店長だった。最初は食事に誘ったりという程度だったけど、そのうちに自分と付き合うことを強要し、拒む女性を今度は仕事で冷遇するようになった。小さなミスを大げさに叱り、シフトを減らして給料がほとんど出なくなるようにした。ひどい嫌がらせだったそうだ」
子どもたちは暗い顔で聞いている。
「その店長は女性に関係を求め、力づくで女性に迫った。その時に、スーパーの店員だった男性が止めに入り、店長を思わず殴ってしまったそうだ。その男性と女性は一緒にクビになってしまった」
「女性は行く所もない。男性が自分のアパートに誘い、そのまま二人は一緒に住むようになった。女性は男性のことが好きではなかったが、どうしようもない。でも、二人の間に子どもが生まれた頃には、ずい分と仲良くなっていたそうだ」
子どもたちは、何の話なのか分からないが、真剣に聞いていた。
「男性はその町の木工所兼建築業といった会社で働くようになっていたが、作業の中で腰を痛めてしまった。仕事に行けない日が次第に増えていった」
六花が俺を見ている。
「男性は酒に溺れ、徐々に暴力を振るうようになった。明るかった家庭が重苦しいものに変わって行った。子どもは女の子で、小学二年生になっていた。女性はそれ以上の暴力に耐え切れずに家を出た」
六花が涙を流しているのを亜紀ちゃんが見つけた。
「六花さん! どうしたんですか?」
「そうだよ、お前のお母さんの話だ、六花」
「「「「!!!」」」」
「お前のお父さんの葬儀に行っただろう。それからどうしても気になって、お前のお母さんのことを調べたんだ。今日まで黙っていて本当に済まない。勝手なことをして、申し訳ない!」
俺は立ち上がって頭を下げた。
「でもな。お前が会いたいかは別にして、俺は会わせてやりたかったんだよ。お前は本当にいい奴だ。俺が信頼する数少ない人間の一人だ。それに俺はお前のことが大好きだ。お前を愛している。だから調べた。すまない!」
六花は涙を絶え間なく流し、俺に抱き付いてきた。
言葉は出ない。
「みんなそのまま聞いてくれ。六花のお母さん、アレクサンドラ・アシュケナージというのが本名だ。六花の父親とは籍は入れていないから、そのままの名前だったんだな」
「いえ、母はサーシャという名前でした」
「「サーシャ」というのは、「アレクサンドラ」の愛称なんだよ。家の中では、だから「サーシャ」で通していたんだろうな」
「六花を連れては行けなかった。自分には本当に頼れる人は一人もいなかったから、お前を置いて行くしかなかった。さぞ辛い決断だったと思うぞ。六花が許せないと思うのは当然だけど、俺にはそのお母さんの悲しみは分かる」
「わ、わたしも……」
「その後のことだけどな。大阪まで移動して、そこで水商売で数年働いたようだ。でも亡くなってしまわれた」
「!」
「当時の寮で相部屋だった方の話では、寮でいつもお前の写真を眺めていたそうだよ。みんな事情がある女性ばかりだから、詳しい話は聞かなかったと言っていた。でも、悲しそうな顔でずっと見ているのは本当に辛かったと言っていた」
「六花、お前には正直に言う。亜紀ちゃんたちも、一緒に聞いてくれ」
「六花のお母さんは自殺された」
「「「「「!」」」」」
「お前を置いて出てきてしまったことが、ずっと許せなかったんだろう。いい話を聞かせてやりたかったんだが、申し訳ない。お前を泣かせるだけになってしまった」
「いいえ、石神先生……」
「ただな。お母さんは大阪である男性と親しくなった。その男性の子どもを産んでいることが分かった。残念ながら、その子は認知されずに、施設で育っている。今は中学を卒業して、働いているんだよ」
「六花、お前には妹がいるぞ」
「!」
「居場所は分かっている。お前のことも人を通して話してある。今はショックで一杯だろうが、そのことだけは話しておきたかった」
六花は俺から離れない。
響子は俺たちをじっと見つめていた。
「本当は話すつもりは無かったんだ。お母さんが亡くなられているのが分かったからな。でも、妹がいることが分かったから。迷ったんだが話すことにした」
「はい」
六花はそれだけを言った。
「こんな子どもたちの前で話してしまって済まない。でも、お前や響子はもう俺の家族だからな。一緒に聞いてもらいたかった。許してくれ」
「そんな……」
亜紀ちゃんが六花に抱きついた。他の三人も六花に擦り寄る。
「六花さん、私たちはずっと一緒ですから!」
子どもたちが次々に同じようなことを言い、六花を慰めようとする。
響子は六花の足にすがりつき、俺が抱き上げて、六花の顔に埋めさせてやる。
「お前、こないだ『竹田の子守唄』を歌っただろ?」
「はい」
「お前のお父さんが九州の竹田の生まれだったらしいな。だからお母さんはお父さんに教わったんだろうよ」
「そうだったんですね」
「大阪で相部屋だったという人な。その人から聞いた話だけど、お前の写真を見ながら時々歌っていたそうだよ」
「!」
「もう、それしか出来なかったんだよな」
「……」
「六花」
「はい」
「お前、強くなれよ!」
「は、はい!」
美しい顔を、美しい腕で拭った。
人生はどうしようもなく悲しい。
だけど、俺たちは泣いてばかりはいられないのだ。
それが「明日」というものだ。
子どもたちは、どういうことなのか理解できないでいた。
当然だ。
「まあ、聞いてくれ」
俺は話し出した。
「その女性は外国人の方だ。母国で事情があって暮らせなくなり、日本へ来た。でも、日本で知り合いもいないし、日本語も話せないし、大変な苦労をされた」
「最初は北海道で暮らしていたようだが、キリスト教の教会で世話になり、日本語を勉強しながら働いて生活していた。だけど、そこも出なければならなくなった」
「どうしてですか?」
亜紀ちゃんが聞く。
「その女性は、あまりにも綺麗過ぎたんだよ。北海道のある権力者が女性に言い寄り、逃げるしかなかったんだ」
「可愛そうに」
「そうだな。美人になりたがる人は多いけど、美人がみんな幸せになるわけじゃない。女性はまた何も知らない土地へ移るしかなかった」
六花は、ウォッカ・トニックを美味しいと言って飲んだ。
子どもたちはジュースを一口飲んだだけで、俺の話を聞いている。
「ある地方でようやくスーパーのレジ打ちの職につけた。給料は本当に安かったけど、寮で生活できたので、何とかなった」
「そのうち親しい人間もできてきて、女性は少しずつ明るさを取り戻していったようだ。当時の友人だったという人の話が聞けた。最初は見慣れない外国人で親しめなかったけど、真面目に働く姿や、ちょっと親切にしてもらうと本当に美しく笑っていたそうだ。優しい人だったんだな」
月が雲に隠れ、辺りは急に暗くなっていく。
照明を絞った空間が、別な世界に入ったかのように見えた。
「また女性に夢中になった男がいた。そのスーパーの店長だった。最初は食事に誘ったりという程度だったけど、そのうちに自分と付き合うことを強要し、拒む女性を今度は仕事で冷遇するようになった。小さなミスを大げさに叱り、シフトを減らして給料がほとんど出なくなるようにした。ひどい嫌がらせだったそうだ」
子どもたちは暗い顔で聞いている。
「その店長は女性に関係を求め、力づくで女性に迫った。その時に、スーパーの店員だった男性が止めに入り、店長を思わず殴ってしまったそうだ。その男性と女性は一緒にクビになってしまった」
「女性は行く所もない。男性が自分のアパートに誘い、そのまま二人は一緒に住むようになった。女性は男性のことが好きではなかったが、どうしようもない。でも、二人の間に子どもが生まれた頃には、ずい分と仲良くなっていたそうだ」
子どもたちは、何の話なのか分からないが、真剣に聞いていた。
「男性はその町の木工所兼建築業といった会社で働くようになっていたが、作業の中で腰を痛めてしまった。仕事に行けない日が次第に増えていった」
六花が俺を見ている。
「男性は酒に溺れ、徐々に暴力を振るうようになった。明るかった家庭が重苦しいものに変わって行った。子どもは女の子で、小学二年生になっていた。女性はそれ以上の暴力に耐え切れずに家を出た」
六花が涙を流しているのを亜紀ちゃんが見つけた。
「六花さん! どうしたんですか?」
「そうだよ、お前のお母さんの話だ、六花」
「「「「!!!」」」」
「お前のお父さんの葬儀に行っただろう。それからどうしても気になって、お前のお母さんのことを調べたんだ。今日まで黙っていて本当に済まない。勝手なことをして、申し訳ない!」
俺は立ち上がって頭を下げた。
「でもな。お前が会いたいかは別にして、俺は会わせてやりたかったんだよ。お前は本当にいい奴だ。俺が信頼する数少ない人間の一人だ。それに俺はお前のことが大好きだ。お前を愛している。だから調べた。すまない!」
六花は涙を絶え間なく流し、俺に抱き付いてきた。
言葉は出ない。
「みんなそのまま聞いてくれ。六花のお母さん、アレクサンドラ・アシュケナージというのが本名だ。六花の父親とは籍は入れていないから、そのままの名前だったんだな」
「いえ、母はサーシャという名前でした」
「「サーシャ」というのは、「アレクサンドラ」の愛称なんだよ。家の中では、だから「サーシャ」で通していたんだろうな」
「六花を連れては行けなかった。自分には本当に頼れる人は一人もいなかったから、お前を置いて行くしかなかった。さぞ辛い決断だったと思うぞ。六花が許せないと思うのは当然だけど、俺にはそのお母さんの悲しみは分かる」
「わ、わたしも……」
「その後のことだけどな。大阪まで移動して、そこで水商売で数年働いたようだ。でも亡くなってしまわれた」
「!」
「当時の寮で相部屋だった方の話では、寮でいつもお前の写真を眺めていたそうだよ。みんな事情がある女性ばかりだから、詳しい話は聞かなかったと言っていた。でも、悲しそうな顔でずっと見ているのは本当に辛かったと言っていた」
「六花、お前には正直に言う。亜紀ちゃんたちも、一緒に聞いてくれ」
「六花のお母さんは自殺された」
「「「「「!」」」」」
「お前を置いて出てきてしまったことが、ずっと許せなかったんだろう。いい話を聞かせてやりたかったんだが、申し訳ない。お前を泣かせるだけになってしまった」
「いいえ、石神先生……」
「ただな。お母さんは大阪である男性と親しくなった。その男性の子どもを産んでいることが分かった。残念ながら、その子は認知されずに、施設で育っている。今は中学を卒業して、働いているんだよ」
「六花、お前には妹がいるぞ」
「!」
「居場所は分かっている。お前のことも人を通して話してある。今はショックで一杯だろうが、そのことだけは話しておきたかった」
六花は俺から離れない。
響子は俺たちをじっと見つめていた。
「本当は話すつもりは無かったんだ。お母さんが亡くなられているのが分かったからな。でも、妹がいることが分かったから。迷ったんだが話すことにした」
「はい」
六花はそれだけを言った。
「こんな子どもたちの前で話してしまって済まない。でも、お前や響子はもう俺の家族だからな。一緒に聞いてもらいたかった。許してくれ」
「そんな……」
亜紀ちゃんが六花に抱きついた。他の三人も六花に擦り寄る。
「六花さん、私たちはずっと一緒ですから!」
子どもたちが次々に同じようなことを言い、六花を慰めようとする。
響子は六花の足にすがりつき、俺が抱き上げて、六花の顔に埋めさせてやる。
「お前、こないだ『竹田の子守唄』を歌っただろ?」
「はい」
「お前のお父さんが九州の竹田の生まれだったらしいな。だからお母さんはお父さんに教わったんだろうよ」
「そうだったんですね」
「大阪で相部屋だったという人な。その人から聞いた話だけど、お前の写真を見ながら時々歌っていたそうだよ」
「!」
「もう、それしか出来なかったんだよな」
「……」
「六花」
「はい」
「お前、強くなれよ!」
「は、はい!」
美しい顔を、美しい腕で拭った。
人生はどうしようもなく悲しい。
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